はじめに ― 都市史研究の基盤づくり ―
イギリスにおける都市史研究は、1870年以降に活発になります。その動きは、自治都市への関心が強まっていたことと無関係ではありません。工業化の影響により広域行政の要請が高まる中、地方に対する中央政府の影響がそれまでになく強まっていたからです。歴史家の関心は、まず初期の都市化の起点となった中世都市の動向に向かいました。当時の法制史について論じた F.W.Maitland や地方都市の行政史料編纂に尽力した M.Bateson らが活躍し、戦後の都市史研究への足掛かりが築かれたのです。 2024.06.06
【関連時事】地方自治
経済成長の定性分析
各国間の経済力を比較できるようになるのは、ある期間内の経済成長率を割り出すことができるからです。ところが、その間の社会変化を分析するのは容易ではありません。経済成長に合わせて社会がどう変わるのかがわからなければ、各国間の社会の質を比較することもできません。
都市史には、取引量の経年変化からは把握しづらい「社会の変化」を考察できる利点があります。その結果、経済変化の「社会的意味」を具体的に把握できるようになります。ここに都市史研究の意義があるのです。
そこでまず経済成長が激しくなる近現代の都市に関心が集まるわけですが、ヨーロッパの経済史を調べてみると、遅くとも近世には成長の軌道に乗り始めたことがわかるようになります。近世都市の動向が注目されるのはそのためです。
2025.07.12
都市史 ― 近代社会の源流を辿る ―
イギリスの近世(16〜18世紀)は、近代経済の胎動が感じられる都市化の時代です。産業革命へ向かうこの肝心な時期に、イギリスの都市化率は、ヨーロッパにおいて最も安定して増加していたことがわかっています(Wrigley: 1985)。そのトレンドを先導した首都ロンドンは、この間、世界有数の巨大都市へと成長しました。地方の自治都市においても、豊かな知識と先進的科学技術、上品な振る舞いと景観を大切にする文化が開花したのです (Borsay: 1989)。
一方、イギリスの都市史が注目されるのは、近世における都市化のプロセスがプロト・デモクラシー定着の歴史と重なるからです。そして、その歴史を先導したのも、中世以来、農村の規範とは異なる経済的、社会的、政治的論理を実践する場となった自治都市でした。そこでは選挙によって選ばれた市長と、市民(フリーメン)により構成された市議会が中心となって自治組織がつくられ、その多くは法人格を付与され都市法人 (civic corporation) となりました (川名: 2010, 序章)。
肝心なのは、都市行政の運営主体が国やその役人ではなく、市場取引と社会的分業によって潤うビジネス・コミュニティーの構成員であったという事実です。国家形成期に強まる統治論ではなく、個々の商工業者やサービス業者、専門的職業人(中間層)、とりわけこの時期に影響力を増す消費者らの経済論理(消費革命)が優先され、そうした傾向が強まっていた点に、後の歴史を規定するイギリス近世都市の歴史的意義を読みとることができるのです。
公権力が強まる時代にもかかわらず、個人の選択力が生かされる公私混在の経済社会。そのような都市のあり方は、決して普遍的とはいえません。近世イギリスに現れるその先例は、西洋特有の市場経済の発展に不可欠な社会原理となってやがて世界へ広まることになるのです。2024.05.31
【参照】都市化 「イギリス都市史の歴史的文脈」
【関連時事】政令指定都市
市議会 ― 都市の「公式な領域」 ―
イギリス都市史の研究分野では、統治構造や産業組織など都市特有の諸制度に関する基礎知識が整いつつあります。都市の制度史に関心が集まる理由は、制度に関する史料が最も手に入りやすいという実践的な事情によるものですが、もう一つの理由は、民主主義社会のルーツを辿る上で示唆に富んでいるからです。代議制と多数決のルールに基づく統治が、中世の時代から今日まで途切れず続いている歴史は、他に類を見ません。
実はそのイギリスでも、名誉革命前夜の数年間、自治権剥奪の危機がありました。しかし、結局のところ、王権の野望が実を結ぶことはなかったのです。この点は、同じ西欧社会でも、絶対王政の優位が文字通り成り立ったフランスとの大きな違いです (坂巻: 2024)。
市議会の歴史は、都市毎に少しずつ異なりますが、欠員が出るためにフリーメンの中から選ばれる48名の市会議員、そこから選ばれる24名の市参事会員、そして、市参事会員の中から毎年選出される市長により構成される例がわかりやすいでしょう。
市会議員は、主に徒弟制度を経て市民権の資格を得た成人男性で、その地位につくまでにはギルド(カンパニー)の要職につき、教区の治安官となり、公開市場において検査役をこなすなどのキャリアトラックがありました。それぞれの職業を持ちながら、ほぼ無償で自発的に市政に参加する人々によって社会が成り立っていた点に都市自治の特徴がありました 【参考 中間層の結束力】。
都市のリーダーたちは、定期的に市庁舎に集まり議会を開き、都市財政、法律の導入、宗教問題や外部勢力への対応にかかわる幅広い意思決定を行い (川名: 2010, 第1章)、市長や市長経験者らは判事として、都市で開廷される都市特権裁判所や四季裁判所の裁判手続きを主宰する責を負いました。市民の代表者が、司法サービスの提供にも関わっていた点は、西欧の都市史において見過ごされがちな重要なポイントです (川名: 2024, 第4章)。2024.09.25
【参照】都市の「公式な領域」
【関連時事】地方自治
都市と市場
幅広い財とサービスを求めて集まる不特定多数の売り手と買い手にとって、都市は最適な居場所を提供しました。ゆえに、都市化は、市場経済の成立と不可分の歴史的経緯であったと言えます。
もちろん、全ての都市が初めから市場中心地として発達したわけではありません。また、公開市場は農村でも開催されていたことも広く知られています。しかし、中世及び近世を通じで、都市の経済的価値が、市場の働きに深く依存するようになったことは間違いないでしょう。とりわけ、主要な自治都市では、大規模な公開市場が週に数回、開催されるようになりました。
不特定多数の売り手と買い手がルールをもとに取引を行うには、高度な行政及び司法機能が不可欠です。統治力に優れた自治都市は、その意味で理想的な市場開催地であったと言えるでしょう。
しかし、取引が自治都市に集中する理屈を、自治の観点から論じるだけでは限界があることもわかってきました。都市の「非公式な領域」が注目されるのはそのためです (川名 洋: 2010; 川名: 2024, 第4章)。
2025.12.25
参考文献
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Borsay, P.(1989) , The English Urban Renaissance: Culture and Society in the Provincial Town, 1660-1770. Oxford.
坂巻 清 (2024),「後期スチュアート王権のロンドン支配―特許状没収期(1683年〜1688年)をめぐって―」, 『社会経済史学』第90巻1号, 43-66.
Trinder, B. (2023), Georgian Banbury. Banbury.
Wrigley, E. A.(1985), "Urban Growth and Agricultural Change: England and the Continent in the Early Modern Period", Journal of Interdisciplinary History, vol. 15, pp.683-728.
近世イギリス自治都市の研究
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Exeter エクセター市
安元 稔 『イギリスの人口と経済発展 ― 歴史人口学的接近 ― 』 ミネルヴァ書房, 1982年
London ロンドン市
坂巻 清 『イギリス・ギルド崩壊史の研究 ― 都市史の底流 ― 』 有斐閣, 1987年
Norwich ノリッジ市
唐澤達之 『イギリス近世都市の研究』 三嶺書房, 1988年
York ヨーク市
酒田利夫 『イギリス中世都市の研究』 有斐閣, 1991年
Newcastle-upon-Tyne ニューカスル・アポン・タイン市
中野 忠 『イギリス近世都市の展開 ― 社会経済史的研究 ― 』 創文社, 1995年
Leicester レスター市
川名 洋 『イギリス近世都市の「公式」と「非公式」』 創文社, 2010年
King’s Lynn キングス・リン市
小西恵美『長い18世紀イギリスの都市化: 成熟する地方都市キングス・リン 』日本経済評論社, 2015年
Chester チェスター市
川名 洋 『公私混在の経済社会 ― 近世イギリスにおける個人と都市法人』 日本経済評論社, 2024年