自治都市
近代経済は、消費財の購入から人生設計に至るまで、個人に幅広い選択肢を保障する自由な社会の中で動いています。イギリス経済史 の研究成果から、一千年近い歴史を有する自治都市の歴史との繋がりが見えてきました(川名:2024) 。
封建制 の下でも領主の支配が及ばない独立した都市共同体のイメージが強い用語ですが、自治都市の強みは、市場中心地に適したルールづくり(制度蓄積)にありました。都市では、職選びや人選び、取引や移住など、様々な場面で選択が必要になりますが(Schooler:1990) 、ともすると自由を必要以上に制約しかねない制度の存在にもかかわらず、自治都市では「個人の選択」が妨げられることは少なかったことがわかってきたのです。 職探しの面では、市内で営業権を得るために、農村からやってきた若者は、まず師匠となる親方を選ぶ必要がありました。徒弟制度と呼ばれています。それは、個人の選択に基づいて機能する自治都市特有の制度の好例と言えるでしょう。 しかし、多くの場合、人々は制度の働き以前に自ら個人の選択力を行使していたのです。例えば、自治都市には徒弟のような公式な職の機会以外にも、よそ者を雇い入れる非公式な職がいくつもありました。徒弟になることをあえて選ばなかった若者も数多くいたはずです。また、住まいの面でも、市内には、生活水準や利便性が異なる街路社会が存在したので、そこには当然、転入者にとって幅広いオプションがありました。しかもその多くは、2〜3年で他の地へ転出していたこともわかっています(川名:2024,第1章) 。 取引の場は公に指定された市場いちば や店舗に限らず、道端や個人経営の飲食店が利用されることも珍しくありませんでした。とくに、住居内のプライベートな空間で、売買や商談、債権債務関係が成立していた例(家内取引)は、新たな発見です(川名:2024,第2章) 。
自治都市が、市場経済に法と秩序をもたらしていたことは間違いありません。興味深いのは、それでもそこには、公には想定されない多様な生き方の選択肢が、定住者はもとより、出入りの激しいよそ者らのためにも用意されていた事実です。たとえ統治に必要なルールであっても、その働きによって個人の選択が妨げられることが思いの外少なかった事情に、自治都市の特徴が現れたと言えるのです。 近世イギリスの自治都市には、市場の働きが活発になり、経済に対する規制の動きがどんなに強化されようとも、個人の選択力は決して衰えない社会、すなわち、公私混在の経済社会を支える原理が働いていたと考えられるのです。
そのような自治都市が、中世から近世にかけて都市ヒエラルキーの上位を占め、やがて産業革命 を導くことになる市場経済の歯車となって動いていた歴史的事実は注目に値します。というのも、自治都市に内在するそのような社会原理は、持続的経済成長に不可欠な自由で民主的な国家運営にも通用するようになるからです。2024.11.07関連項目 都市化
参考文献
川名 洋 (2024)『公私混在の経済社会』 日本経済評論社.
Schooler, C.(1990), 'Individualism and the historical and social-structural determinants of people's concerns over self-directedness and efficacy', in J. Rodin et al ., eds., Self-directedness: cause and effects throughout the life course . NJ.
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Last updated :2024/09/30
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