国際卓越研究大学認定校
東北大学 大学院経済学研究科・経済学部 川名 洋教授(西欧経済史)

Prof. Yoh Kawana(Ph.D. University of Leicester)


経済史のキーワード

近世
Early Modern


 

はじめに

 経済史の講義では、16〜18世紀を近世と呼び、それ以前の時代を中世、その後の時代を近代とし、時代区分を定めています。もちろん、このような時代区分が常に妥当なわけではありません。しかし、西洋経済史に関する限り違和感は少なく、研究者の間でもコンセンサスが得られやすいでしょう。

 例えば、西ヨーロッパの総人口が増加に転じる時期や、宗教改革をきっかけに始まる国家形成の開始時期、また、長期のインフレーションのタイミングを踏まえれば、16世紀を近世最初の世紀と考えても不自然とはいえません。一方、18世紀後期から19世紀初めにかけて西欧は政治的にも、経済的にも変革期を迎えます。産業革命の時期でもあります。

 1500年頃に西欧が工業化の中心地域になることを想像した者は誰もいなかったでしょう。しかし、1800年頃に生きた人々にとってそれは確信に変わりつつあったはずです。かくして、16〜18世紀の約300年間は、西洋経済史上、特別な時代であったと考えられるのです。2024.09.29
【比較】江戸時代

変化と歴史的連続性

  近世は、「初期近代」(early modern)と言い換えることもできます。近代的法制度と価値観の萌芽は、近世ヨーロッパにおいてすでに確認できるからです。また、名誉革命やフランス革命など、この時代の歴史用語に「革命」が多いのも、決して偶然ではありません。経済史の分野では、価格革命、勤勉革命、財政革命など、経済社会の変革を示す用語が広く知られています。

 一方、16〜18世紀に変革期が訪れることがわかれば、当然、そのわけを知りたくなります。すると今度は、一つ前の中世という時代に着目する意味を認識できるようになるのです。

制度史の面で言えば、西欧特有の制度は、中世から近代にかけて継承されていたと見る解釈も成り立ちます。例えば、著名な法制史学者のH・J・バーマンによれば、国家、教会、大学などヨーロッパの基本的な諸制度は、11〜12世紀に登場したというのです。「教皇改革」と称される大変革です(Berman:1983)。また、激しい人口移動や農民層の階層化、自治都市の成長なども、中世から近世に受けつがれる経済的、社会的ダイナミズムです。

 かくして、西欧近世は、変化と連続性が混在する時代であったことがわかります。大切なのは、その最終局面において、産業革命という近現代の誕生を決定づける「結果」をもたらした時代と認識することです。近世という約300年間の歴史を新たな人類史の序章と考えても決して大袈裟ではないからです。
2025.05.29【比較】律令制、幕藩体制

参考文献

  • Berman, H.J.(1983), Law and revolution: the formation of the Western legal tradition.〔訳書

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