消費社会の誕生年齢にかかわらず、私たち人間が経験する最も身近な経済行為は消費です。人生の質を決定する大事な選択を伴う経済行為でもあります。19世紀後期における経済思想史上の変化により、経済学者の目線が生産(労働価値説)から消費(効用理論)へ移行したことは広く知られています。それから約100年後、イギリス経済史の研究領域においても、供給側の変化(産業革命)から、それ以前に拡大する内需の大きさへと視点が移り、人々の購買意欲の高まりに注目が集まりました。「消費社会の誕生」、あるいは、「消費革命」と呼ばれることもあります(Gilboy: 1932; Thirsk: 1978; McKendrick: 1989)。 思想史と経済史それぞれの領域は異なっていても、経済において個人の選択が重視されるようになる点では共通しています。18世紀の啓蒙主義以来の思想的伝統が、断続的に頭をもたげるイギリスらしさと解することもできそうです。 ところで、ここでいう個人とは誰のことでしょう。購買力を有する地主層や中間層の人々が想起されます。現在、消費革命をめぐる議論で問われているのは、所得の低い人々がどの程度、近世イギリスにおいて消費革命の恩恵を享受したのかという問題です。しかし、当時の人々の消費パターンの解明は、記録が少なく分析が難しいテーマの一つです。とくに都市の下層民の消費行動は、未だ解明できていない歴史学的課題の一つです。 そうした中、17世紀前半には都市の消費市場に、多様な消費財が出回るようになっていたことがわかってきました(川名: 2024, 第2章,第5章)。貧富の差に応じて購買力が異なるのは当然ですが、貧しいからといって欲求も弱いとは言えませんので、多くの人々にとって都市の消費市場の魅力は、その頃から高まっていたとしても不思議ではありません。 消費革命は、良い意味でも(経済成長)、悪い意味でも(地球温暖化)経済史の分岐点になりうる画期的現象の一つです。近世ヨーロッパから目が離せない理由でもあります。2024.06.30 参考文献 |