| はじめに | 
| はじめに 組織の数とスケールは、経済成長に合わせて大きくなっていきます。西洋では、その組織に特別な意味を授ける法人という概念が適用されました。ゆえに、法人という概念は、経済史の重要なキーワードになります。その意味とは、組織にも一人の人間と同じように権利と義務があることを想定し、組織がその想定に沿って動くことを公式に認める法的擬制のことです。当然、間違いを犯せば、組織として責任を追及され、組織の権利が侵害されれば、訴訟を起こすことも認められるようになります。法人組織の権利と義務の中身は、時代によって少しずつ異なります。したがって、法人を一律に定義するのは困難です。しかし、確実なことは、そのような組織のあり方が、ルールに基づく豊かな市場経済を実現する上で極めて効果的であったということです。法人は、今や全世界で通用する概念となりました。 都市法人−都市的制度の蓄積−法人の意味を理解するには、まず、いかにして組織の権利は保障されるようになるのかを歴史的に考察するのが早道です。イギリス都市史を例に考えてみましょう。 イギリス中部の主要都市レスターでは、公開市場の開催に加え、都市裁判所(the portman moot)の開廷、主に地元の商工業者で構成されるカンパニー (the guild merchant) の設立が認められていました。これら諸権利の他にも、都市住民は都市的土地保有を認められ、また、都市のエリート層は、王権に代わり市内の徴税を請負う権限を付与されました。こうした諸権利を蓄積していた都市は、特権都市(borough)と総称されています。他の特権の中には、市長を選出する権限や都市固有の共同印璽を使用する権利も含まれました。同市では、その間、裁判機能と行政機能が同一の都市支配層のもとに整備され、都市自治体に相応しい統治構造が整いつつあったのです (川名: 2010)。  実践面を見ると、14世紀においてレスター市が領主のレスター公爵と市場税の徴収をめぐって協議した記録が残されています (Simmons: 1974)。また、24名の市参事会員、48名の市会議員による都市政府の形が、1488年の国王勅許状と1489年の議会制定法によってレスター市に正式に認められました。その結果、フリーメン登録制を基礎に、都市自治体の構成員を定める制度が整えられ、都市住民は、市政運営に参加できるフリーメンとその資格を持たない非フリーメンに区別されるようになったのです (川名: 2010)。 都市法人の増加組織に与えられた諸権利は、人の場合と同じように、当然、法的に守られなければ安定しません。その意味では、中世末に至っても、レスター市の法的位置づけは曖昧なままでした。というのは、領主や他の都市など外部勢力との利害対立が起こった際に、それまで長期にわたり集積された都市の諸権利の正当性が確実に認定されるかどうかは不確定な状態にあったからです。ここでは、封建制下の都市の内外に領主層の勢力が常に存在した当時の政治状況を想起する必要があります。法人格の取得には、都市に蓄積された諸権利の正当性を、法律的に明確にする意味があったのです。 とくに、近世前期(16〜17世紀)のイギリスにおいて多くの自治都市に法人格が付与された背景には、都市と政府双方にとってそれが有利に働く事情がありました。都市の側では、例えば、1530年代の修道院解散後に修道院領が売却され、土地取引が活発になった結果、都市政府が担う不動産の監督業務が重要になっていた事実を挙げることができるでしょう (Tittler: 1998)。また、都市人口が増加し、都市経済が活発になった結果、都市支配層にとって都市の権利と義務を法的に明確にする必要性は益々大きくなっていたのです。 折しも、イギリスでは国王裁判所や四季裁判所の機能が重視されるようになり、封建制に代わる法による支配が進みつつありました。法的裏付けのない都市の諸権利は、いつ影響力ある領主らによって侵されてもおかしくない状況にあったのです。  一方、自治都市に求められ法人格を付与する政府の側では、行政革命以降、代理権授与の制度が積極的に活用されるようになる中、地方における良好な統治と安定した税収の実現を、都市政府に託すことによるコスト面での利点が益々大きくなっていたと考えられます。 法人化と「公私混在の経済社会」中世都市における制度蓄積が注目されるのは、市場経済の発達に合わせて経済の組織化と制度化が、都市に集中的に起こっていたことをよく示しているからです。興味深いのは、その結果、都市には行政と司法が支配する「公式な領域」の一方で、「非公式な領域」も存在していたことが明確になる点です。その点は、フリーメンに混ざって市民権を持たない非フリーメンが多数生活していた事実から明らかになるでしょう (川名: 2010)。しかも、自治都市に法人格が付与された後も、そのような経済社会の特徴が大きく変わることはなかったのです。  この点は重要です。なぜなら、実証研究から、イギリスの自治都市は「非公式な領域」を残したまま法人化されたことの歴史的意義がわかってきたからです。つまり、都市法人の成立は、都市経済が公私混在の社会原理をもとに動いていたことを浮き彫りにする歴史的プロセスであったと言えるのです公私混在の経済社会)。(川名: 2024)。 参考文献
 
 
 
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