国際卓越研究大学 UREX 1
東北大学 大学院経済学研究科 川名 洋教授(西欧経済史)

Prof. Yoh Kawana(Ph.D. University of Leicester)


経済史のキーワード

市民権
Citizenship

 
   
    

はじめに

フリーメン

公私混在の制度的前提

§参考文献§

はじめに

 ヨーロッパ都市史の文脈を踏まえると、市民権は、主に2つの特権から成り立っていたと言えます。市内の営業権にかかわる経済的権利と都市の参政権にかかわる政治的権利です。いずれの特権も、封建領主による支配から解放された都市民の自由を表しています。また、これらには、西洋社会特有の価値観を育てる歴史的意義もありました。独立自営の精神やボランティア精神など、経済的自由を維持するために欠かせない価値観です。西洋経済史について解説する際に、中世・近世都市化が重視されるのはそのためです。
2025.10.11【参考】イギリス都市史


フリーメン Freemen

自治都市と農村共同体の違いの一つは、都市では経済的特権を有する者とそうでない者の共生が成り立っていたことです。都市は他者感覚を養うのに適した地でもあったのです。さらに、こうした制度上の区別の一方で、両者は経済的に相互依存の関係にあったこともわかってきました (川名: 2024, 第5章)。前者がフリーメンと称されたことから、後者は非フリーメンと呼ぶのが適当でしょう。

 フリーメンの資格は都市民に与えられた特権ですが、自由度はまだ限られていたのも事実です。例えば、王領地の市民は、封建領主から独立することができても、王権から解放されたわけではありません。また、父親がフリーメンであれば、息子はその資格を引き継ぐことができる一方で、家父長制から逃れられたとは言えません。さらに、地元では通用する営業権や免税の特権も、他の都市で通用するとは限りませんでした (Britnell: 1993)

 権利には義務が伴いました。フリーメンは、無償で治安官など不人気な役に就く責任を負い、当然、市内に定住することを強いられたのです。

 フリーメンの資格を取得する方法からあることに気がつきます。そこでは個人による選択が重んじられていたということです。フリーメンの資格を得るには、徒弟制度に沿って親方になることが条件でした。地元の若者の多くは、父親の職業を継ぎましたが、外からやってくる者は、自ら職を選択する必要があったのです。もちろん徒弟となる費用を支払う親の意見は無視できなかったと考えられますが、数ある職種の中から個々に仕事を選ぶことができたことには変わりありませんでした。どの若者も、フリーメンの資格を得るには、当人による宣誓を必要としたことから、やはり制度上、個人の選択に基づいていたと言えるでしょう。

  かつて M. Weber は西洋都市の特徴として、都市民が自由を大切にしたことに加え、都市が移住者に開かれていたことを強調しました。その自由とは、フリーメンに課される義務と制約を受け入れることによりはじめて得られるものでした。つまり、都市は自由を認めていたものの、それを受けるかどうかはあくまで個人による選択の問題であったと考えられるのです (Weber: 1958)
2025.10.18


公私混在の制度的前提

 ところで、都市に「公式な領域」「非公式な領域」を想定した上でフリーメンについて考察すると、あることに気づかされます。

 中世及び近世都市の政府には、一部の住民だけを優遇する戦略があったことに間違いはないでしょう。そうすることにより、市長や下院議員選挙の結果を調整しやすくなりますし、経済利益を確保することにも繋がります。フリーメンの資格は個々の職業と結びついていたので、都市支配層の間では、その資格を利用して職種ごとの人数を調整する暗黙の了解があったとされています。そのために、例えばイギリス北東部のヨーク市では、フリーメンの数が住民数の増減に影響されることさえなかったというのです (Dobson: 1973)。かくして、フリーメンの歴史には、都市の「公式な領域」の論理がはっきりと現れます。

  一方、都市には多数の非フリーメンが暮らしていました。それは、ある意味、フリーメンの資格取得が個人の選択に委ねられたことの論理的帰結と言えるでしょう。ここに都市の「非公式な領域」の特徴を見出すことができるのです。実際、自治都市に暮らす住民の半数以上は、非フリーメンでした。これらの人々は、ギルドやカンパニーに属さず、公式な営業権も持っていませんでした。非フリーメンの多くは職を転々とし、当然、移住者の数も多かったでしょう 参考 移住と自由。実際、非フリーメンのうち数年で市外へ移動する者の割合は高かったことが明らかになっています (川名: 2024, 第1章)

 同じ市内にフリーメンと非フリーメンが共生する都市社会の歴史的意義はあまり注目されることはありません。しかし、それは、近世都市の重要な社会構造と見ることができます。これまで何人もの歴史家 (Tittler: 1998; Barry: 2000; Withington: 2005) がそうしてきたように、都市史はフリーメンを中心に論じられることが多いわけですが、自治都市を、特権を有する男性定住者中心の政治的共同体と捉える見方は一面的でしょう。なぜなら、自治都市の経済的価値は、カンパニー(ギルド)に属さない人々や、フリーメンの資格を持たない女性や若者、移住者の活躍によって高められていたことが明らかになりつつあるからです(公私混在の経済社会)。2025.10.20
【参照】「女性史」

参考文献

      Barry, J. (2000) 'Civility and Civic Culture in Early Modern England: The Meaning of Urban Freedom', in P. Burke, B. Harrison, and P. Slack, eds., Civil Histories: Essays Presented to Sir Keith Thomas. Oxford.
      Dobson, R. B. (1973), 'Admission to the freedom of the city of York in the late middle ages', Economic History Review, 2nd ser., pp.1-22.
        川名 洋 (2010)『近世イギリスの「公式」と「非公式」』 創文社/講談社.
        川名 洋 (2024)『公私混在の経済社会ー近世ギリスにおける個人と都市法人』 日本経済評論社.
        Simmons, J. (1974), Leicester: Past and Present. Volme One: Ancient Borough. London.
        Tittler, R. (1998), The Reformation and the Towns in England. Oxford.
        Weber, M. (New York, 1958), The City. New York
      Withington, P. (2005), The politics of commonwealth: citizens and freemen in early modern England. Cambridge.

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