はじめに
時代劇の中で農民や町人が、日本や日本人に言及する台詞は聞いたことがありません。庶民にとって国や国籍が重要と思えるようになる時代背景には、暮らしの中で外国を意識せざるを得なくなるグローバル化の流れがあったことを歴史の授業で学びます。その時代とは、19〜20世紀のことです。
西洋において国家の機能が高まる時代背景にも、グローバル化の兆候を見出すことができます。商業革命が起こり、重商主義政策が浮上し、植民地主義も目立つようになります。その一方で、政治面では行政革命が起こり、やがて個人の存在も重視されるようになるという、アジアにはない国内史の潮流も目に入ります (川名: 2024)。その時代とは、16〜17世紀のことです。イギリス経済史上では、国家形成の時代とされています (Hindle: 2000; Braddick: 2000; 川名: 2007)。
2024.09.26
諸国家併存体制
The European State System
ところで、西洋経済史において領域国家の形成は重要なテーマです。なぜなら、ローマ帝国崩壊後に西欧において形作られる政体の中で、近現代に最も重要な効果を発揮するのが領域国家だからです。
西欧には、歴史上、様々な規模の政体が発生しました。マナー、都市法人(自治都市)、都市国家、都市同盟や神聖ローマ帝国などが知られています。一方、ローマ帝国が滅びた後、ヨーロッパ全域を支配するような大帝国が長期にわたり成立することはありませんでした。
中でも、最も効果的統治を実現したのが国家という行政単位でした。西欧は、いくつもの比較的小さな領域国家によって構成され、その特徴は19世紀以降の工業化の時代においても維持されました。E.Jonesは、『ヨーロッパの奇跡』という著書において、このような地政学的特徴を諸国家併存体制として積極的に捉えました (Jones: 2003)。
諸国家併存体制の経済的優位性は、二つの点から説明することができます。一つ目は、国家間の競争を促す効果です。それは、産業革命を起こした最初の工業国が、商業的権益をめぐる国際的競争を経て誕生したことからも説明できます。二つ目は、技術移転の効果です。一国において政治的・宗教的迫害を受けた人々が、その国の知識と技術を携えて隣国へ移住することができたからです。Jones によれば、移民の受入は、経済停滞に対する保険の作用を国家にもたらしたというのです。
西欧における諸国家併存体制のもう一つの特徴は、各国が競合する一方で、共通の文化が存在したことです。例えば、キリスト教会はもとより、他にも時間や暦、金融・取引のルール、封建制や言語(ラテン語)などがありました。こうした事情から、ある国で発生する運動が、瞬く間にヨーロッパ全土に広がる現象も納得できます。ルネサンスや宗教改革、科学革命やフランス革命などが想起されます。イギリス産業革命の後、西欧各国の経済が圧倒的速さで伸びたのも、こうした前例を踏まえれば決して不自然とは言えないでしょう。2025.05.21
【比較】アジア経済史
【関連時事】EU連合 移民政策 西欧文化
参考文献
Braddick, M. J. (2000), State formation in early modern England c.1550-1700. Cambridge.
Jones, E. L. (2003), The European miracle, environments, economies and geopolitics in the history of Europe and Asia. 3rd ed. Cambridge.〔訳書〕
Hindle, S. (2000), The State and Social Change in Early Modern England, c.1550-1640. London.
川名 洋「『長い17世紀』のイングランドにおける国家形成―公権力と市民性をめぐる研究動向―」, 『社会経済史学』, 2007年.〔J-Stage〕
Redding, B.W.D. (2022), The English and French navies 1500-1650: expansion, organisation and state-building. Woodbridge.