国際卓越研究大学認定校
東北大学 大学院経済学研究科・経済学部 川名 洋教授(西欧経済史)

Prof. Yoh Kawana(Ph.D. University of Leicester)

食料供給
Food Supply


 
 

はじめに

 いかなる時代においても、人口増加が持続するための条件は、人々が生きていくために必要な食料が十分に供給される状態を維持することでした。そこで、経済史の研究では、各国において食料供給が安定し始めるタイミングを探ることになります。食料輸入が一般的になるには、海運効率が飛躍的に向上する19世紀を待つ必要があったので、その前の時代においては、国内の高度な農業生産力に頼るしかありませんでした。現代の物差しで表現すれば、高い「食料自給率」の維持が、持続的人口増加の条件であったと言えるでしょう。
【参照】「農業生産性の高さが光る工業国家の歴史的前提」

  しかし、食料供給は単なる生産力の問題ではない点に注意が必要です。

 食料供給の善し悪しを判断する際、いかなる時も農産物が身近に存在するかどうかを問うことが重要になります。そのように考えると、市場経済や都市化は、食料供給の点では必ずしも有利ではないことに気がつきます。そこで注目されるのが、農民と消費者との間に介在する流通のシステムや中間業者の存在になるわけです。つまり、安定した食料供給は、そもそも農業から離れて暮らす大多数にとって、農産物を身近なものにするための制度や政策の問題でもあるのです。
2025.03.06

公開市場 The Open Market

 都市に住む人々にとって、農産物が身近なものと感じられるようにする制度とは何か。それを端的に示すのが、市場いちばの歴史です。都市や農村で定期的に開かれた市場いちばの目的の一つは、生存に必要な農産物やその加工品が、貧困層に行き渡るように流通のあり方を監視することにありました。例えば、主食のパンや水の代わりに消費されたエールには法定価格が設定されました。価格の高騰を招かないよう毎年の小麦の収穫量に応じて価格を調整するためです。買い占め、転売、独占を禁じることも公設市場を開催する重要な狙いでした。2025.03.07

穀物法 The Corn Laws

 自由貿易の是非をめぐる19世紀の政策的・思想的論争を想起しがちですが、穀物の輸出入を規制する穀物法は、中世に導入され始めた重要な食料政策の一つです。生存に必要な食料が人々に行き渡らない状態を避けるため講じられた政策でした。

 穀物の輸出入には、国内農業従事者の保護と消費者利益の増進という二つの目的が内在しています。しかし、当時、食料供給は人々の生存率を高める最も重要な要件であったため、後者の消費者利益、特に食料へのアクセス可能性を確保する視点が重視されたとしても不自然ではないでしょう(Gras:1915)
2025.03.05

参考文献

  • Gras, N.S.B.(1915), The Evolution of the English corn market from the twelfth to the eighteenth century. Cambridge, Mass.

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