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はじめに 衒示的消費の中心地 ** ** campus-only |
はじめに イギリスの首都ロンドンの経済史は、一国史に相当するおもしろさがあります。近代に成立する国際的金融街のイメージが強い巨大都市ですが、世界の名だたる首都の中で、一千年の間、同じ場所で地名も変えず首都機能を維持し続けた都市はそう多くはないからです。中世以来の長期の発展に導かれ現在まで続くイギリス経済史を象徴する都市と言えるでしょう。 ヨーロッパ史のロンドンと世界史のロンドン首都ロンドンの人口は、16世紀半ばから17世紀半ばにかけて急増しました。強国スペインから制海権を奪取したこの時期のイギリスの商人らは、数々の特許会社に加え、特に東インド会社の設立を機にアジア市場へも目を向けるようになりました。このことから、近世ロンドンの急成長を、後に世界市場を席巻するイギリス経済の勢いを念頭に世界史的な文脈で捉えることもできるでしょう。 しかし、ロンドンの歴史を正確に理解するには、当該時期におけるヨーロッパの政治と経済やイギリスの社会事情についてもよく知る必要があります (Kawana: 1999)。 国際的流通拠点近世ロンドンの繁栄は、中世以来の西欧経済史とイギリスの経済成長の歴史的文脈に沿って理解する必要があるでしょう。ロンドンがイギリスの主要な貿易拠点となった背景には、16世紀前半に大陸ヨーロッパ市場の玄関口であったアントワープとの取引が活発化したことが挙げられます。羊毛生産の優位性により、中世後期においてイギリスの毛織物工業は拡大傾向にありました。1570年代にスペインが低地諸邦を支配下に置くまでは、イギリス製の毛織物はロンドンからアントワープへ輸出されていました (Davis: 1973)。ロンドン経済は、全国の輸出品が集まる毛織物専門の卸売市場であるブラックウェル・ホールを中心に活況を呈していたのです (Barron: 2000)。 注目されるのは貿易だけではありません。当時のイギリスでは、農村工業の広がりを背景に安価な消費財の流通量が増加し、人口増加による食料品需要の拡大に伴い農産物の流通量も増加傾向にありました (Chartres: 1977; Thirsk: 1978)。こうした国内市場の活性化に伴い、首都ロンドンの経済機能はさらに重要になっていたのです。
2025.08.06 参考文献
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