東北大学大学院経済学研究科・経済学部 西欧経済史研究室 川名 洋教授

西洋経済史 Q&A

 


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Q9経済状況の善し悪しは、結局、頭数で決まる?≫ New !
Q8 西欧中世の封建制について学ぶ意味は何?≫
Q7
経済だけでなく国や社会についても学ぶのはなぜ?≫

Q6 西洋人が最初に世界市場を開拓したのはなぜ?≫

Q5 技術とはいったい誰のもの?≫
Q4 「移動」が経済のキーワードになるのはなぜ?≫

Q3 経済について学ぶ際、「地理」が大事なのはどうして?≫

Q2 経済を知るには、その文脈(背景や筋道)について学ぶ必要があるのはなぜ?≫
Q1 経済について知るには「経済史」が大切になるのはなぜ?≫




Q9 経済状況の善し悪しは、結局、頭数で決まる?New !
A 個人の意思がものを言う婚姻と出生という聖域
 飢饉や疫病の蔓延、戦争が原因の大量死をどの程度抑制できるか。それは、経済史上、豊かさをはかるわかりやすい目安になります。西洋経済史は、人口増が食料供給量に追いつかないために起こるこれらの出来事の繰り返しでした。それは、近現代に至るまで続いた貧困化との闘いの歴史とも言えるでしょう。
 イギリスの経済学者T.R.マルサスの人口論のおもしろさは、悲劇的ともいえるこの西欧の歴史的事情を、人類史上、必然的に繰り返される長期の経済トレンドとして理性的に捉えた点にあります。できることと言えば、最悪の事態を避けるために出生率を抑制する以外にはないというのです。婚姻や出生を決める個々の判断を重視し、当時、主流であった社会政策の非効率性を鋭く指摘した点が世の耳目をひきました。
 一見冷徹に思える結論ですが、真理を突いてる。貧困化の根本原因は、最初の工業国家イギリスにおいて200年以上も前に示されていたことをそこから学ぶことができるのです。 2023年2月22日

Q8 西欧中世の封建制について学ぶ意味は何?
A 社会も人生のように昔起こった出来事に規定されている.
 世界ではこれまで、自由で民主的な政治システムを確立するため試行錯誤が繰り返されてきました。欧米諸国が近代経済を先導することになった歴史的事情です。うまくいった国もあれば、思わぬ政治体制を生み出した国もある。そうした違いの要因は遠い昔にあったという見方があります。中世封建制のあり方がその後の運命を分けたというのです。

 スポーツや音楽に親しむ人なら誰でもわかるように上手い下手を左右するのは「基礎練習」の量と質です。それを怠れば伸び悩み、秀でた技術水準に到達するのは困難になります。

 ある社会が「経済」をうまく動かせるかどうかも、実は「基礎練習」の内容にかかっていると見ることができます。経済社会を長く安定させるには、それなりの制度(技術)を巧みに操る必要があるからです。

 「基礎練習」の成果となる「財政国家」の形成が始まる時期は英仏では1600年前後、一方、多くの国々では1850年以降です。こうした差の要因は、そこに到達するまで続いた封建制の質と経済変化にあったというわけです。市場経済に適応するためのいわば社会的基礎練習の期間です。

 20世紀に入りいざ御しがたい近代経済の威力に直面したある国では、為政者も人々も、十分な「基礎練」なしに本番に挑まなければならなくなりました。まさに上級者のコンテストに初級者・中級者として勝負せざるを得なくなったのです。

 そこで封建制の歴史についてどうしても詳しく知りたくなる。西欧のそれは、市場と都市経済を動力源に伸びる遠隔地商業と、組織だった国際市場向け農業という経済的基礎の上に築かれました。約500年近く続いたこの独特の歴史社会について深く学ぶ理由は、西欧と異なる過去を持つ国々が同じ土俵で相撲を取る難しさについて、妙に納得できるようになるからです。そして、一度は経済面で勝者になったとしても、政治や外交を含め総合力が問われるようになると勝ち続けることが難しくなる理由についても。
2022年11月5日 (円安が止まらない2022年)

Q7 経済だけでなく国や社会の成り立ちについても学ぶのはなぜ?
A 技術とスタイルはそう簡単には切り離せない.
 ある国で誕生した技術が国境を越えて広がり、やがて世界中で親しまれ公共財となる。芸術やスポーツはそのよい例です。おもしろいのは、文化が異なる他の地で技術が広まる際、もともと使用されていた服装やルール、言葉なども温存される事実。クラシック音楽のコンサートや柔道の試合などを観ればすぐにわかりますね。
 西洋経済史を学ぶ際、このことを思い出す必要がある。というのも、先進国の技術がどのように模倣され、他の地で如何にしてイノベーションが起こり、生産性が高まり、生活水準が向上するのかを主に研究することになるからです。 
 経済発展を促す技術にも、当然、その発祥の地独特の「スタイル」があって、その中身は言葉やルールだけでなく、働き方や取引の方法、個々の生き方や為政者の価値観なども含まれます。技術を向上させたいなら、スタイルも真似ざるをえない。ところが演奏会や試合なら終わればもとの暮らしに戻ることができますが、経済の場合にはそうはいかない。スタイルの重要性に気づき社会に取り入れるようになれば国柄も徐々に変わっていくからです。
 だからこそ西洋経済史を西洋以外の国で学ぶ意味がある。技術とその発祥の地のスタイルはそう簡単には切り離せない真実をどう受け止めるべきか。経済史研究では自ずと、技術の移転元と移転先それぞれの国とその社会のあり方を問うことになる。
(自由と人権の水準が問われる21世紀 2022年9月1日)

Q6 西洋人が最初に世界市場を開拓したのはなぜ?
A「偶然」も後から思えば「必然」と思える.
 欲深いという人間の性質はどの国や地域でも変わらないはず。昔読んだ外国の逸話や童話を楽しむことができるのは、人としての価値観を共有できるからです。ところが、命がけで食料や日用品を探し求めた近世ヨーロッパの人々は他の人々と何が違うのか未だにはっきりしません。技術や知識の面だけなら他の文明の方がよほど豊かだったかもしれないので、なおさら不思議になる。
 実はここに西洋経済史について研究する面白さがあります。その疑問が解ければ、私たちが今住む世界の真の原動力は何か理解できるし、その答えが経済以外の要因によるとすれば、経済について学ぶ際に視野を広げる意味もはっきりするからです。
2021年10月1日


Q5 技術とはいったい誰のもの?
A 「欲」と「気配り」はどちらも大事.
 インターネット(WWW)の普及の裏に、自らの画期的発明を誰でも無料で利用できるようにしたイギリス人T. J. Berners-Lee卿の英断があったことはよく知られています。もし使用料を要求していれば億万長者になれたはず。でも公共善を優先したところに美談が生まれるわけです。
 ところが、せっかくの新しいアイデアもその考案者個人の得(または徳)にならない世の中なら、努力する人は減り、せっかくのアイデアも日の目を見ることはなくなってしまう。中世ヨーロッパ都市で定着していた徒弟制度が興味深いのは、そんな人間の性を見越してか、技術を媒介に私と社会との間の仲介機能を果たしていた点。
現在のような特許制度がない時代に親方は7年以上、弟子の生活をまる抱えで世話をし誰にもまねできない技の伝承を行っていました。弟子は弟子でその修行を経れば都市で一人前の親方として正式に商売することができました。一方、その修行は、都市の市民権を手に入れ市政参加の権利を得るための条件でもありました。個人の技の伝承には「市民」を育てる社会的意味もあったのです。
 才能をいかしてある特定の「技術」の習得に打ち込む若者は多い。それが巨万の富に直結するゆえに競争が激しくなれば、技の鍛錬に費やす時間は長くなり社会性を育む時間は益々短くなる。技術と社会の両立が求められるこの世の課題は、スポーツや芸術の世界から科学やAIの世界まで共通していておもしろい。

(横綱が注目される2017年末)

Q4 「移動」が経済のキーワードになるのはなぜ?
A いつの時代にも動きたい人、動かしたくない人がいる.
 14世紀半ばに中世ヨーロッパを襲ったペストの蔓延は有名。あまり知られていないのは、人口が激減し多くの村で人手不足となったために、よりよい収入を求めて移動する農民の収入はかえって上向くようになったこと。一方、領主や村のリーダーたちは村を守るため何とかして移住を阻止しようとします。あげくの果てに移動を制限したり、一定以上の賃金は払わないようにしたりできる法律をつくって、住む場所を変えれば損をする制度を導入しました。それでも、人の移動は止まらない。やがて移住は当たり前の選択肢となり、移住民の影響は宗教や福祉の分野でも波紋を広げていきます。
 移動の自由が保障されている今では考えられないと思うかもしれませんが、実は世界を見渡すとこの自由を大事にしている国は未だにそれほど多くない。国境を越える移動の自由を公式に認めるヨーロッパ連合が画期的に思えるのはそのため。その他の国では、出入国を厳しく管理したり、定住することに様々な特権を与えたりして、「なるべくなら動かないで」というメッセージを発し続ける。言葉の違いや家族のあり方、学校のクラブやサークルの運営など、文化や慣習を視野に入れれば、居場所を変えたい人を妨げる思いは案外大きいことがわかる。
 でも科学やビジネスの発展を真剣に考えれば考えるほど、移動の自由は無視しえない。あちらたてればこちらがたたぬ経済では、結局、動きたい人、動きたくない人、そして、動かしたくない人の間の終わりなき駆け引きが続いていることに気づく。

(人口が減り働き手が不足する2017年)
「東京23区内の大学定員規制の撤廃 都が国に緊急要望」 日本経済新聞  2022年10月18日≫

Q3 経済について学ぶ際、「地理」が大事なのはどうして?
A 生産や取引のほとんどは必ずどこかの土地で行われる.
 土地の理に即して人々が暮らしている様子を学校で習います。地理といいます。国や都市、山、河、海の名称を覚えるのは、人間一人ひとり固有の名前があるように土地により異なる理がある世の成立ちを大事にしたいから。ところが、経済や社会に法則を見つけようとすると、必然的にこの理屈を軽んじるか、無視せざるをえなくなる。「場所によるでしょう」では科学にならないからです。特効薬がどの土地の人間にも効くように、地球上、どこにでも適用できる理屈があればすばらしい。でも歴史から見えるのは、場所が違えばうまくいかなかったり、不都合になったりする経済の理屈です。経済史学では、人間の暮らしが長いこと逃れたくても逃れられない「土地の理」に適応することで成り立ってきた事実を明らかにしていきます。そうすれば、全世界共通のルールを決めるのがどれほど難しいかよくわかるし、うんと背伸びをしないと何も決められない現実を直視できる。学校で習った「地理」の勉強は、実はこの現実を理解するための最初の一歩であったことにも改めて気づくことになる。
(国連の役割が問われる2017年)

Q2 経済を知るには、その文脈(背景や筋道)について学ぶ必要があるのはなぜ?
A 人も会社も国も、お金を遣う理由は様々.
 肉まん一個100円、同じ価格の解熱剤一箱と一冊の本があるとします。手持ちの300円を遣うならどのような組み合わせでも300円を失うことには変わりはない。あるお客が同じ品を300円分買うなら、空腹なのか、病気なのか、それとも退屈なのか、その客の事情はなんとなく想像がつく。ところが、空腹な客が、あえて薬や本を買ったなら、なぜそのような買い物をしたのか、訳を知りたくなる。そこで、お客の真意や置かれている状況、性格などに配慮してその背景についてじっくり調べなければなりません。お客のポケットから300円がなくなることは小学生でもわかりますが、買い物の訳について深く知るには長い人生経験が必要になりますね。
 この当たり前の理屈は、経済について知ろうとする際、案外大切になる。対象が一人の消費者ではなく国や地域、政府や企業の「買い物」ならば、その背後にある政治や文化、歴史に関する広い知識がどうしても必要。背景事情が見えない経済事象はおもしろみに欠ける。試しに端午の節句に屏風なしで兜を飾ってみるとその意味がよくわかる。
2017年5月1日

Q1 経済について知るには「経済史」が大切なのはなぜ?
A 時代が移ると衣替えする経済の学び方.
 野球やサッカーチームの監督が交代するとスタメンの顔ぶれも変わる。どの監督にも独自の哲学や戦術があるからです。では国を治める者が変われば各分野のキープレーヤも変わるでしょうか。歴史教科書で習うビスマルクやレーニン、サッチャーが今の日本に登場したとしましょう。各人の哲学や思想は全く違うので、政策立案のために雇われる識者の好みも変わるはず。でもだからといってインフルエンザ特効薬の効き目や、航空機が飛んだりスマートフォンが機能したりする理屈は変わるわけではないので、それらの研究に携わる人たちの「二軍落ち」はありそうにない。変わりやすいのは、政治や経済など「社会」のあり方とその原理を説くリーダーたちです。
 なぜなら統治者の理想に合うように政治や経済について説明しなければ、うまく国を治めることができなくなるから。そうはいっても「本当にそうかしら」と疑う人もたくさんいるはず。だからそのことを確かめるために、統治者が変わるとどのようにして政治も変化し経済の理屈も変わっていくのか、経済の歴史を丹念に調べ納得する必要がある。むしろそうしないと、経済に関する知識の「正しさ」は、薬の効き方や、飛行機やスマートフォンの機能の「正しさ」と同じだとつい勘違いしてしまう。侍ジャパンのスタメンは、誰が監督になっても変わらないと言い張る人がいればきっと恥ずかしい思いをすることになる。

 (2017年WBCでの活躍に期待)
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Last updated : 2023/07/27

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