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はじめに |
はじめに19世紀に入るとイギリス産業革命の成功を他の西欧諸国とアメリカ合衆国が追いかけることになります。その結果、20世紀には欧米諸国と他の国々との間の所得格差が広がる結果となりました。大分岐と呼ばれる現象です (Pomeranz: 2000)。 西欧諸国が地理的にも近いイギリスにすぐに追いつくことができたのはわかりますが、アメリカ合衆国の成功も、貿易及び資金面ではイギリス経済に依存し続けていたことを考えればそう不思議ではありません。 ならば、そもそもどうしてイギリス経済が最初に伸びたのか、歴史的経緯について知りたくなります。 量的膨張と質的解離?これまでの研究によって、イギリス経済が産業革命よりも何百年も前から持続的経済成長のフェーズに突入していた様子が見えてきました (Maddison: 2007; Broadberry: 2015)。近世における重商主義の実践や財政=軍事国家の形成など国をあげての対外政策が功を奏したように見えますが、これらの政策がうまくいった背景には、国内経済がどこよりも安定的に伸びていた事情があったのです。 その象徴的現象が、産業革命に至る約300年間(16〜18世紀)に着実に進んだイギリス社会の都市化でした。消費社会の誕生、農業生産性の向上、高賃金経済の定着など、どれも持続的都市化に伴って発生した内国経済の成長要因です。ポイントはむしろ、これらは政府が計画したものではなかったという点です。だからこそ再現が難しく、後発工業国や発展途上国の例が示すように、他の地で試そうとしても、社会は思わぬ方向へ動いてしまうのです。 「大分岐」の様子は各国間の所得水準の比較などによってまず統計的に説明されます。ところがその背後には最初の経済成長が、いつ、どの国で、どのようにして始まり、それゆえにその後の世界はどう変わったのかを示す、決して数だけでは表せない大切な真実が隠れています。それらを理解してはじめて大分岐の本当の意味に気づくことができるのです。 2024.05.29 統合と収斂近代史において、欧米諸国とそれ以外の国々の間の所得格差の広がりを強調する論点は、決して「大分岐」が初めてではありません。しかし、グローバル・ヒストリーの視点に立てば、経済の二極化に拘る歴史観が主流であるとは言えません。なぜなら、産業革命以降の経済史における前例のない現象の一つは、各国経済の「統合」にあったからです (Conrad: 2016)。 例えば、市場経済の原理が日本をはじめ、非ヨーロッパ諸国へ浸透し、国際機関や国際法が設けられたことにより、取引・投資のコストが低減した経緯を無視するわけにはいきません。また、科学技術や医療の発達の恩恵は、地球規模の改善につながっています。現在、最貧国における生活及び教育の水準も上昇傾向にあることは、疑う余地がありません。これらの事実を踏まえれば、長期のグローバル経済史を読み解くキーワードは、「分岐」ではなく、むしろ「統合」、あるいは、「収斂」にある、という見方もあり得るのです。 参考文献
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