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人口移動 ** 中世における人口移動 ** ** 受講者のみ |
移住の選択近世イギリスにおける高賃金経済や農業生産性の向上は、農村から他の農村へ、また農村から都市へ移住する農民が多かったことによって達成されたと言えます。そうした傾向をいつの時代にまで遡り特定できるか。その解明が、経済史研究の重要な課題となっています。都市化のタイミングに注目が集まるのもそのためです。 移住は、変わりゆく経済状況に適応しようとする人々の単なる受動的な行動ではなく、いつ、どこへ、どのように移り住むかを個人がそれぞれの都合をもとに判断する主体的な選択であったことがわかってきました (川名: 2010, 第4章; 川名:2024, 第1章)。例えば、近世イギリスのヨーク市に関する実証研究によれば、プッシュ要因が強かったとされる近世前半期においても人々は、経済状況を見ながら移住すべきか否かを主体的に判断していたというのです (Galley:1998)。 そこで、移住の歴史的考察では、そうした個々の選択に対するハードルの高さを調べることが重要になります。移動には、当然、海や山などの自然環境による制約があります。しかし、肝心なのは、移住を妨げる慣習や制度の存在を明らかにすることです。というのは、移住に対する制約が少ない程、市場経済は活発化すると考えられるからです。2024.12.21 移住と自由個人の活躍に注目する歴史的視点に立てば、移住は、人々が共同体的制約から解放された歴史を捉える上で重要なテーマとなります。また、移動の自由は、マクロ経済学における労働市場のモデルが成立するために必須の社会条件でもあります。 為政者は、常に経済をコントロールしようと試みます。しかし、個人の選択の方が、その数と頻度によって社会に対しより大きなインパクトを与えるという真実を、移住の歴史から学ぶことができます。例えば、都市の特徴が人口移動により決まる様子は、そうしたインパクトの大きさを具体的に把握することができる好例と言えるでしょう。 近世イギリス都市において世帯主の多くは、わずか数年で住まいを変える移住者であったことが最近の研究からわかってきました。こうした発見は、自治都市の経済が市民権を有する定住者の論理によって動いていたという従来の印象を大きく変えることになるでしょう。激しい人口移動は、「公私混在の経済社会」が成り立つための必要条件でもあったのです (川名:2024, 第1章)。 参考文献
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