はじめに A. J. Toynbee が産業革命と名付けた、18世紀後半から19世紀前半のイギリスにおける経済史上の奇跡は、近年、地球温暖化の元凶とみなされることが増え、評価が分かれるようになりました。しかし、論争は今に始まったわけではありません。社会科学の諸課題の中で、経済成長や市場のメカニズム、地方財政、貧困問題などのように、産業革命期における生産技術の革新の後に主たる研究対象となったテーマは少なくありません。もちろんこれら全てが産業革命によって発生したとは言えません。しかし、社会科学が、産業革命後に浮上した諸課題に対し学問的に向き合う方法になったことは間違いないでしょう。産業革命の歴史から目が離せないのはそのためです。 イギリス産業革命 ー 近年の研究動向 ー「なぜ産業革命はイギリスで起こったのか」という問いに対し、これまで多くの学者が優れた答えを出してきました。その結果、産業革命に至る経済史は驚くほど豊かになりました。 1760-1840年に飛躍的に伸びたとされるイギリス経済の成長率及び生産性は、実は過大評価であったことが N. Crafts によって指摘されて以来、産業革命の歴史的位置づけは見直されるようになりました。産業の近代化を生産要素別に調べてみると、総生産量増加の説明要因として、資本、労働、土地それぞれの生産性に目立った向上は見られなかったというのです (Dean and Cole: 1962;Crafts:1985)。 機械化と工場制導入による生産構造の変化が起こった例は、綿織物業や鉄鋼業など一部の産業と職種に限られ、経済全体を俯瞰すれば、伝統的手工業が勢いよく後退することはなかったことがわかります。また、この時期の工業化では、地域差が顕著であったことも指摘されているのです 【参考 産業地域】。 かくして、1930〜1940年代に著名な経済史家 J. H. Clapham が主張したように、産業革命期の経済変化は漸次的な現象であったことが、戦後になって実証される結果となったのです (Hudson: 1992)。
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