はじめに
「経済史」の世界へようこそ。といっても何を学ぶことになるのかわからない学生の皆さんは多いと思います。歴史の勉強といえば、ある時代の大事件や偉人の活躍などを思い浮かべますし、「経済の歴史」と言われてもあまりピンとこないのは当然です。
経済史について学ぶ際、「歴史」というよりは、「経済」に関する勉強という認識に立つことがまず大事になります。「史」という文字が使われていますが、あくまで経済について理解を深めることに主眼が置かれます。経済学には、関数や方程式を用いる数学的方法などがありますが、ここでは過去の出来事や事例、不思議な現象について調べる歴史学の方法を用いるというわけです。
「経済史入門」では、数百年という時間の流れを遡り、先人たちが編み出した見方や考え方についてわかりやすく解説していきます。視点を変えれば違って見える経済の本質へ徐々に近づくのがねらいです。すると意外にも、ものづくりや商売、生活にまつわる人々の多様な価値観や世界観が見えてくるはずです。
注意すべきは、異なる見方を比べ安易に優劣をつけないこと。それぞれの見方には強みと弱みがあり、どの見方が優れているかは「時と場合」によるからです。地域別(日本経済や西洋の経済など)、時代別(中世、近世、近代など)に説明されるのはそのためです。実は経済に関する知識の正しさは、そうした歴史的文脈ぬきには語れないことが多いのです。それは経済学の知識が物理や化学のような実験科学の知識とは原理的に異なる理由でもあります。
ところで、経済史入門を履修する学生の中には、経済学以外の学問を専攻したい方もいるでしょう。ここでは「経済こそ最も重要」などと主張するつもりは全くありません。しかし、経済史を学んで是非理解してほしいのは、経済の動きが、経済以外の人間の営み(科学、文化、政治など)と実は深く結びついているという真実です。そうした結び目も歴史の産物ですから、当然、経済史の重要なテーマとなります。そこから、経済的現実から逃れることのできない人間存在について関心を深めてもらいたいと考えています。
政治と経済
現代社会は、個人の論理と公共の論理のせめぎ合いにより成りたっています。商売にしても消費活動にしても、経済は元々は生存するための私的(家族的)営みが中心でした。ところが、近世前半期の西欧では17世紀になると軍拡とそのための財政運営など公の色彩が濃くなっていきます。その結果、個人の興味関心や好奇心、冒険心などを何よりも大事にしたい人々と、公共の福祉を重視する人々とが経済社会の中で共生するようになったのです。近代化の始まりです。「公私混在の経済社会」と見ることもできます。
ここで注目されるのは、いかに公共の論理が重視されようとも、経済を動かす論理は個人のそれへと回帰することになった17〜18世紀の歴史的経緯です。イギリス経済史からその経緯を学ぶことができます。
財政革命、消費革命、そして、産業革命など、18世紀後半までに近代経済の基礎となる変化とイノベーションが次々に起こります。「革命」という言葉通り、これらはどれもあらかじめ計画された政策の成果ではありません。個人や一部の人たちのアイデアと行動が先にあり、後になって公に認められ、知らぬ間に近代的経済成長という、その後何十億人もの人々の生活水準を高める人類史上類を見ない現象が生み出されたのです。民間の人々が自由に活躍することにより公共の福祉が達成される成り行きは、その後の歴史でも繰り返されることになります。
「経済史入門」の最初のテーマ、「政治と経済」では、こうした内容について詳しく解説していきます。
課題例
Q. 「議会政治において統計データは、政策を有利に進める目的で収集され、加工される。」 17世紀後半の政治算術を中心にこの見解について論述しなさい。
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*1 2023年度より「経済史・経営史」へ名称変更
*2 全学教育科目