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はじめに 産業政策の効果 ** |
はじめに経済学では、経済成長の要因として投資量の増大や技術革新が重視されます。西洋経済史の知見を踏まえれば、そこに、移住を加えることもできるでしょう。技術移転は、専門的職業人や職人らが国境を越えて移動することによって促進されました。近世ヨーロッパでは、各国間の競争を背景にそのような好条件が整っていたことがわかっています。その要因は、中世以来の遠隔地商業の伝統や、諸国家併存体制に探ることができるでしょう。 産業革命によって綿織物の増産が始まる100年以上前に、ヨーロッパ市場に広く出回った新商品、新毛織物の歴史は、そのことをよく示す経済史の主要テーマです。 近世ヨーロッパに内在する経済成長基盤イギリス製の新毛織物は、近世前半期においてヨーロッパ市場向けの主力商品となりました。その結果、近世イギリスの織物工業部門では、新旧二種類の毛織物が生産されるようになりました。新毛織物の輸出の伸びは16世紀後半に始まり、17世紀前期までには織物にかかる輸出関税全体の23%を占め、1640年までには42%へ増加したと推計されています。もともとイギリス産毛織物は、ヨーロッパ北部や中央ヨーロッパの市場に向けて輸出されていました。新毛織物の導入により、イギリスの織物業者らは、温暖なスペイン、アフリカを含む地中海地域の新市場に向けて生産活動を活発化させたのです (Goose: 2005)。 近世のイギリス経済史では、東インド会社などアジア物産の輸入貿易の拡大を重視する見方があります。しかし、やがて産業革命に結びつくことになる近世経済成長の条件は、植民地主義より先に、織物工業の発展というヨーロッパ内の歴史的文脈において整えられていました (坂巻: 2009)。新毛織物の歴史が注目されるのはそのためです。
近世におけるプロダクト・イノベーション梳毛糸に絹やリネン糸を混ぜて生産される新毛織物は、軽さと肌触りの良さ、多彩な色彩とデザインの面で伝統的な広幅毛織物よりも優れていました。 16世紀半ば以前、フランドルにおいて開発された新毛織物の生産技術は、その後、オランダ、フランス、ドイツの諸地域に広がりました。イギリスにその技術を伝えた最初の移民は、まずイギリス東部のイースト・アングリア地方の自治都市ノリッジに定住し、その技術は、同市を起点にやがてイギリス南東部の都市と農村にも伝えられました。新毛織物の生産拠点は、17世紀前期までには、同地域以外にも形づくられるようになったのです (Goose: 2005)。 参考文献
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