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はじめに |
はじめに 中世・近世の農業経済史の講義でよく用いられる土地利用にかかわる用語です。この用語は、時の権力者(王権や領主)から土地を与えられるものの、その利用方法にいくつもの条件があらかじめ定められ、場合によっては返上することが義務付けられるニュアンスを含みます【参考 封建制】。イギリスでは近世初期の16世紀までに、土地を貸す側と借りる側双方にとってより柔軟な契約条件の締結が可能になる定期借地権が認められるようになりますが、それまで広く用いられていた土地制度に関する用語です。 慣習的土地保有 Customary Tenure中でも領主と農民との間で個別に結ばれた条件が、地元の領主裁判所に登録されるようになる謄本土地保有 (copyhold tenure) は広く知られています。その名称は、登録の際、土地保有の条件が記された裁判記録の謄本が保有者へ発行される手続きに由来します。その条件の中には、収穫の一部を領主に納めたり、一定期間、領主の直営地で働いたりする義務が含まれました。国境付近では、王権によって国防の義務が課されることもありました (Morrin: 2013)。このように、土地保有の条件が領地ごとに異なる慣習によって決まっていたことから、総称して「慣習的土地保有」と呼ばれます。 しかし、土地保有の条件を義務ばかりに着目して説明すべきではありません。実際には、農地を相続したり、他者へ貸したり、譲渡したりする例も多かったことが明らかになっているからです。 農民らが自発的に都市への移住を選択することも珍しくありませんでした。そのため、土地の利用や処分の仕方が保有者の主体的選択に委ねられる「自由土地保有」 (freehold) の増加を見極めることが重要になります。公開市場付近の土地や新規に開拓された土地に多く認められたことから、商業が活発になり人口増加が続いた結果、このような保有地も増えていたと考えられます。 また、イギリスでは13世紀頃に条件が緩和され、領主への金納を条件に商業や手工業、サービス業を営むことが許される、都市生活に適した土地保有が新旧の都市に目立ち始めました(Britnell: 1993)。「都市的土地保有」と呼ばれます。 このように、経済的自由の定着が商業化及び都市化と併走して進む現象を、土地保有の歴史に見出すことができるのです。そうした現象が封建制下の農業経済を特徴づけていた点に重要な歴史的意義があります。なぜなら、それによって、中世封建社会が市場経済の論理を内包していたイギリス経済史の実情を確認することができるからです。 都市的土地保有 Burgage Tenure中世イングランドにおいて、領主に一定の貨幣地代を納めることを条件に、土地の譲渡や貸借、商売のための自由な土地利用が許される保有地が市場付近に設けられました。それは、商人や手工業者のみならず領主にとっても好ましい土地の利用方法でした。なぜなら、そのような土地では、個人の能力と選択力が最大限活かされるようになり、地代収入の増加が見込まれ、総じて市場経済も活発化することが期待されたからです。(Ballard: 1913; Reynolds: 1977)。 都市では、領主経済の慣習により賦役労働を義務付けられ、自由に土地を処分できない農村の慣習的土地保有に対し、こうした土地保有(都市的土地保有)の割合が高くなりました。土地の形状は一般に街路から奥へ伸びた長方形であることが多く、街路に面した住居正面は店舗スペースとして利用されていました。都市的土地保有のクラスターは、やがて司法的・行政的特権を得ることになる市民(フリーメン)らの経済及び生活基盤となるのです。 都市独特の土地保有が注目されるのは、「公私混在」を是とするその後の都市的制度のあり方を規定する要因をそこに見出すことができるからです。それは、個人主義、選択の自由、市場原理といった概念が市場経済の思想的基盤となる西洋経済の歴史的特徴の一つと考えられるのです。 参考文献
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