|
はじめに 中世の労働市場 ** 労働者規制法の影響 ** 高賃金の遠因 ** |
はじめに自由で活発な労働市場の存在は、近代経済成長の必要条件です。それゆえ、労働市場を、人間の尊厳を損なう概念として消極的に捉える見方は説得力を欠くでしょう。人類の歴史において職業選択の自由は、農奴制や身分制のような制度・慣習による縛りはもとより、移動手段の乏しさや情報不足などの理由により、制約される状況が長く続きました。 しかし、個人が自由に仕事を選ぶことができなければ、労働市場は成り立ちません。その意味で、労働市場の発生は、人々が不自由な状態から解放される歴史と捉えることができます。その歴史は、西洋経済史の見所でもあるのです。 経済成長の誘因 ― 高賃金の経済 ―イギリス産業革命は、イギリス経済史特有の歴史的文脈に沿って起こりました。例えば、R. Allen が提唱する高賃金の経済はそのことを示すキーワードの一つです。高賃金の状態が慢性的に続く社会では、生産コストを削減する合理化の意義が鮮明になるため、科学的発明とそれを産業に応用する技術革新が強く促されることになったというのです(Mokyr: 2002; Allen: 2009)。 最初の産業革命をもたらすそのような理屈は、近代経済の母斑になったと言えます。なぜなら、その理屈は、歴史上、その後も繰り返され、経済成長を導く鍵と解されるようになるからです。 アメリカ合衆国の戦後史はその好例と言えるでしょう。同国における戦後の飛躍的経済成長は、慢性的に続く高賃金の状態に対する合理化の帰結であったというのです。近世イギリスの状況と違うのは、高賃金の要因が政策にあった点です。1930年代の大恐慌と大戦による混乱期の時期を通じて、市場経済に介入する政府の役割が大きくなっていたからです (Gordon: 2016)。 働く者にとって高賃金が理想であることは言うまでもありません。しかし、その一方で、それはどの国の経営者にとっても解決すべき深刻な課題でもあります。産業革命の歴史を知る意義は、高賃金の状態が長く続けば、やがて労働力の合理化が起こる近代経済の必然性について、いち早く納得できるようになる点にあるのです。
2025.11.23 参考文献
|
