16.経済的成功の秘訣は意外と目立たないところにある?
アメリカに渡り大活躍している二刀流の日本人選手。野球界に「革命」を起こしたと考えられています。一方、それ以前に、母国(日本)において本人による地道な努力と幸運な巡り合わせがあったことは見過ごされがち。後から見れば、「革命」を起こすことになる成長はそこですでに始まっていたのです。
現在では有名になったこの物語の展開は、経済の歴史とよく似ていて面白い。産業革命はイギリスを世界の舞台に押し上げましたが、その国の経済成長は、それ以前から始まっていたことが最新の研究でわかってきたからです。やがて世界経済を大きく変えることになるイギリスの底力は、「革命」の前から蓄えられていたのです(イギリス経済史)。
二刀流は果たしてどのようにして生み出されたのか。同じように、近世(16〜18世紀)のヨーロッパでは何が起こっていたのかどうしても知りたくなるのです。2023.04.29
15. 学問(経済学)が好きになる秘訣は何?
どの学問もそのルーツを探れば、そのツールや方法がとくに必要になった時代にたどり着きます。経済学で言えば、近世(16〜18世紀)の西ヨーロッパがその時代にあたるでしょう。教科書で習う科学革命や宗教改革をきっかけに西欧の人々は主体的に世の動きを理解するようになり、その結果、自然災害や病と同じように、経済についてもそのメカニズムがわかれば不安は払拭されると考えるようになったからです。
折しも世界進出を目論む西欧諸国はそれまで以上に国力を競い合うようになり、それに合わせて国富増大(経済成長)のノウハウを説く経済学のニーズも、とくに為政者の間で、高まることになりました。
ところがこのお話には「落ち」があって、国よりも「商売繁盛」と卓上に並ぶおいしいパンと肉を想う「個々人」をまずは大事にすることが先、という予想外の結論に至ります(アダム・スミス)。こうして経済学は世の関心をも集めることになるのです。
経済学について学びたいなら、近世ヨーロッパ社会に起こる思想的ドラマの思わぬ展開について知っておくとよいでしょう。するとどうしてもその「つづき」が知りたくなるし、果たしていつ完結するのかと想像するおもしろさも生まれるからです。 2022.10.24
14. 経済学は「世界史入門」といえるのはどうして?
経済学の魅力は、経済の秘密に迫る様々なアプローチについて幅広く学ぶことができるところにあります(Fischer,2017)。ミクロ・マクロ経済学は有名ですが他にも世の中のルールを重視する制度派や人の心理を読み解く行動経済学、近年注目される生態経済学などなど。幅広く学ぶのは最後に「これらに共通する考えは何か」、自分なりの答えを見出すためです。人の性格は様々でも人体のメカニズムは共通であることを納得するのと似ています。そして経済学の「DNA」が見つかれば、この数世紀の間、世界がどう変わったのか知らずにはいられなくなる。経済学の発生は、実は16〜17世紀には加速し始める西洋の経済史と深く関係しているからです。
2022.01.27
13. 質の高い歴史は世の平和にも役立つのはなぜ?
経済の歴史について研究するとき、なぜ史料に忠実であることが大事なのか学生の間で議論になりました。歴史は大昔から書かれてきましたが、史料に忠実に書くことが今ほど強調される時代はないからです。歴史の本を書くときに誰もがこのことを重視するわけではありません。むしろ多くの場合、自分が満足するように書いたり、恩師や時の為政者に忖度したり、それに本の売れ行きを想像したりせずにはいられない。
結局、「戦争にならないようにするため」という予想外の結論になりました。自由に歴史を書くのは素晴らしいことですが、史料と証拠に基づいて論理的に書く研究方法に最大の価値を置くのは、その方法が世界のスタンダードになれば、異なる国や地域の人々の間でも互いに納得しやすくなるからです。
2021.12.11
12. マクロからミクロを想像できないのはなぜ?
職場と家庭があるように「公式な場」と「非公式な場」の区別は大学にとっても大事。大勢が参加する「講義」とは違って少人数の「演習(ゼミナール)」では人間関係が深まります。
「講義」では一般論が中心。一方、「演習」では教員の思想や性格がにじみ出ることも珍しくありません。そこで、今流行りの大学ランキングだけでなく、大学は個性溢れる個々の教員で成り立っていることも考えてみましょう。森を見るより一本一本の木に触れる感覚です。すると世間の評判と学生一人ひとりの実体験は、必ずしも一致しないという真実に気づくことになります。
公の場で働く父母を見直すことがあるのは、社会の規範(平均値)に合わせて頑張っているから。でも個性はやはり家の中で現れることが多い。
2021.11.29
11. 物事の性質を決める要因は案外「内」よりも「外」にある
若者の人生に影響を及ぼす大人は両親や祖父母、あるいは、学校や習い事の先生かもしれません。チームスポーツなら監督交代によって選手の実力が発揮される。ビジネスの世界でも社長が交代すると社内の雰囲気が変わることもある。このように物事の性質は、案外、その外側にある力に左右されることが多いのです。国や社会も同じこと。国内で起こっていることや活躍する人々も大事ですが、それと同じくらい、どの外国(人)に影響を受けるかが、実は肝心なのです。
さて、ここ数百年、アジアに影響を及ぼした国々はどこでしょう。その国々のことをしっかり理解すれば、自国についてもよくわかるようになります。人物評は本人よりも親や先輩を調べるとうまくいくことが多い。律令制や文明開化について歴史の授業で学ぶのも、国の形は、案外、他国の設計図を参考に組み立てられている現実を認識してほしいからです。欧米先進国についてよく知ることは、私たちの社会について知ることにもつながります。
(香港が激変する2021年6月)
10. 最早「危機」を無視して経済については語れまい
2008年の金融危機から12年。また予期せぬ出来事により経済は壊れてしまいました。経済について学ぶ際、ウイルスの蔓延など想定外と考える者は多いかもしれませんが、この世界的パンデミックが始まる1年前に「疫病の歴史」を卒業研究に選んだ経済学部生が現れました。実は西洋の経済史を学ぶ者にとって、疫病を視野に入れることはそう不自然ではないのです。それもそのはずで、今では経済に決定的影響を及ぼすことが広く理解されるようになった「人口変動」の主たる要因は疫病だったからです。しかも変わるのは人の数だけではありません。人口が激減する度に、賃金や物価、生活環境や福祉政策、それから、政治的リーダーシップや弱者を救う意味など多岐にわたる。
それにしても、まずできることといえば隔離することとマスクをすること。意外にも一国のリーダーが勧める技は、中世においてさえ実践できるシンプルなものであることに気付く。
(新型コロナウイルスの衝撃)2020.04.18
9. 留学生から教えられたこと
大学で経済史を学ぶためによく勉強しておいた方がよい科目は何でしょう。世界史や日本史、政治経済がすぐに思い浮かびますが、国語や地理も大切な科目です。では英語はどうでしょう。学部生向けに英語講義を提供している大学は未だごく少数。ならば要らないのではと思いきや、実は全くそうではありません。
大学における学びの特徴にヒントがあります。学ぶ範囲が決まっている学校教育とは異なり大学の教育は青天井だからです。必要最低限の学習で満足する学生よりも、人や社会の本質についてとことん探究する学生を大事にしたいというのが大学人の心意気です。水準の高い英語の文献を読みこなさなければ前へは進めない。
表面上、すぐには気付かないこの大学教育の特質。実は、地上に和書を、地下に洋書を所蔵する大学図書館のつくりにもよく現れています。でも「せっかく高校で学んだ英語を、大学でも使えるようにしないのはなぜ?」と留学生から問われると、地上階に洋書をもう少し増やすのも悪くないと思うようになる。
8. 学べば見える、見えざる真実
氷が溶けると「水になる」という答えには、情緒が発達すれば「春になる」という答えも加わります。同じように、交通が発達すると「便利になる」と思う人は少なくないはずが、歴史を学べば違う答えもあることに気がつくようになります。
地球上を動き回ることが容易になったのはもちろん、船舶や航空機などの技術進歩があったからです。道路も舗装され、立体化され、速く効率よく移動できるようになりました。この歴史がどこで最初に起こったかを重く見ることが大切。つまり、人と物が自由に行き交うことを良しとする「移動の自由」という普遍的価値観がどこよりも早く定着し始めた欧米で最初に起こったという事実です。自由に対する思想は国や地域によって様々。利便性を高める技術がどの地域で発展し広まるかによってそれは後世の価値観までも定めることになる。
こうして交通が発達すると「自由になる」という答えが加わります。当たり前の話も実は、案外、他の地の歴史に影響されているという真実を知ることになる。
2019.11.13
7. そう単純ではないからこそやりがいがある
経済について歴史を通して深く学ぶ利点は、今の経済社会が偶然と想定外の出来事によって形作られ、誰の計画にもよらないという当たり前の事実を素直に受けとめることができるようになるところにあります。世界史で学ぶように、中世に活躍したイタリア商人たちは、まさか将来、ヨーロッパ北西部にある小さな島国とその派生国が世界の経済覇権を握り、貿易を通じて遠いアジアの人たちの暮らしにも大きな影響を与え続けるようになるとは夢にも思わなかったはず。
産業革命がなぜイギリスに起こったのか後からよく調べれば、地理や気候はもとより、信仰のあり方や結婚の仕方に至るまで思いもよらない数々の要因が潜んでいたことがわかってきます。肝心なのは、経済を左右する要因はあまりにも複雑で、将来のことなどそう簡単には予想できないと納得できるようになる点です。実はだからこそ、誰からも邪魔されず独自に将来を展望する自由の大切さを自覚することができる。なぜならそうする者が数多くいれば、根拠が薄い論理の弱点を見抜くのも容易になるからです。ここに大学での学びを楽しむヒントがありそうです。
2019. 9.30
6. 科学のようで科学ではない理由
いわゆる文系に区分される人文社会科学の世界。文字や芸術作品、数といったツールを駆使して人間性と人間社会の豊かさを読み解き、納得し、他者へ考えを伝える作業です。どのツールを用いるにしても、その作業は携わる個人の思いや感性、アイデンティティや世界観に深く基づいていて、それゆえに独創性が期待されます。一方、どの作業も批評や反論に晒されるわけは、時代に埋没する個人の思いが強い分だけ偏見や誤解から逃れられないから。それにより、新たな考えを生むきっかけにもなるし、当然、やがてその信憑性は時間とともに薄まっていきます。
成長や増加を好み、停滞や減少を嫌う。得意なものに執着し不得意なものを遠ざける。そんな偏った経済感覚を顧みずにいれば、気候変動や金融危機に対応できるはずがない。経済について学ぶ前によく知っておきたい学問の事情です。
2019.9.15
5. 大学で学ぶ英語と英語の威力
学問の世界でもビジネスの分野でも英語力が益々重要になっています。グローバル化の進展がその大きな理由とされています。欧米経済の歴史(西洋経済史)について学ぶ際も事情は同じです。20世紀には国づくりや一国の経済政策を進めるために、国ごとの歴史を母語で研究する方法が主流でしたが、主要な課題を最早一国では解決できない21世紀にはより広い視野がどうしても必要になるからです。
実はこの発想をどこよりも早く上手に取り入れたのが英米を中心とする英語圏の国々です。近世から近現代にかけてこの地域に暮らす人々が地球規模の市場圏形成にいち早く着手したことと関係があります。現在でも、定評のあるグローバル経済史が主に英語圏の学者によって英語で研究され出版されている事情もその延長線上にあると言えます。
「国際化」という抽象的な表現の裏に秘められた英語の威力について考えてみるのも悪くない。そうすれば、今後、それをマスターするために多くのお金と時間を費やすことになる意味について考えるきっかけにもなるからです。
2019.8. 26
4. 個性的な講義が提供される深いわけ
講義の雰囲気を実体験できるオープンキャンパスの模擬授業。実感してもらいたい大事なことが一つあります。それは、進学を希望する中高生向けの授業とは全く異なる前提で開講される授業を体験できるという事です。つまり、大学の授業は当然、大学生を対象にしたもので、文系の場合その多くは進学ではなく就職をして納税者になる人達だという点です。
中学・高校で学ぶ内容が一定なのは多くの生徒が進学するために受験するからですが、多様な意見を持ち立場も異なる納税者を育てる大学では、学ぶ内容も学び方すら一定ではありません。だから各大学の「大学案内」に載っている科目の名称は同じでも、授業の内容は同じになるとは限らないのです。実際、それぞれの教員自身が全て初めから自由に決めてよいことになっています。実はそのこと自体、まだ答えが見つからない課題を設け、独創的な研究に挑んでいるという証でもあります。
「経済史」の場合、主に近現代の歴史に焦点を当てる授業があれば、もっと古い時代に遡るものもある。扱う地域も欧米が中心になる場合もあれば、アジア人の視点で解説されることもある。
ではもし大学の授業が全国共通の教科書を使い、どこでも同じような内容になったら社会はどう変わるでしょう。模擬授業を思い出しながら夏休み中に考えてみると、大学で学ぶ意味がもっとよくわかるようになるかもしれません。
2019.07.18
3. 経済理論を支える思いもよらぬ経済史の作用
経済発展には暮らしの安全と秩序を保つ社会共通のルールが必要になります。この当たり前の条件をどこよりも早く整備し経済成長につなげたところに、欧米先進諸国の歴史的優位性があります。例えば、西欧の国々では、封建制の下、まずマナー(領主の荘園)や都市が現れ、次に市場やギルドなどの諸制度が定着し、数百年かけて民富の蓄積が進みました。その中でいち早く議会制と法制を整備し国制(国家のルール)の基礎を整えた国が近代経済の発達を先導することになります。同じ欧米の国々の間にも変化のスピードには違いがあり、その微妙な違いは、社会の質の差となって、後に国際経済秩序が成立する際に政治的対立の要因になりました。戦後は価値の共有が図られ、幸いにもこれまで平和が保たれています。
さて西欧発のこの国制。共同社会のルールでありながら個人の自由が保障されているという点でアジアの国々にはない特質があります。しかも地球上で最も高い技術と所得を生み出し続けてきました。ところが、これらを可能にした経済の歴史には、個人本位の近代経済学に対する信用を知らず知らずのうちに高める作用があることに気付いている人は案外少ないのです。つまり、「これまで成功しているのだから、その理論は正しいに違いない」というこの歴史の論理こそ、たとえわかりにくい仮説であっても通用するゆえんなのです。もし疑うのなら、近い将来、経済覇権が西(西洋)から東(東洋)へ移り、欧米先進諸国の歴史が経済史の中心テーマにならなくなった時のことを想像してみましょう。個人主義を前提とする今主流の仮説の正しさを説くハードルはますます高くなりそうです。
2019. 06. 17
2. 経済問題も結局最後は話し合い
経済問題を科学的方法で解決することは、現在のところできません。なぜなら、市場という肝心要の制度をどう扱って良いか、経済の専門家の間でも全く定まっていないからです。つまり、日々の買物や取引に、当事者ではない人々(政府や中央銀行など)は、「なるべく口を出さない方がよい」という考えと、ほっておくと怒る人や悲しむ人が増えるので「手取り足取り指導し、金銭的に補助するのがよい」という考えとが混在し、これらの間にも様々な見方がありうるからです。そこで、最終的には議会(国会)という政治の場で決着がつきます。
経済に関する知識は、将来の勤め先で必ず役に立つわけではありませんが、よく勉強すれば、この真実にいち早く気付くチャンスは増えるはず。それに、人の幸不幸は、案外、他人が決めているという感覚を掴むことができるようになります。
2019.05.26
「観光業には旅行割より経営改革の支援を」(社説)(日本経済新聞 2022年10月9日)
1. リーダーに求められる経済学的羅針盤
「現在の社会では、『儲けられること』が経済学に求められているように私は感じる。・・・しかし私はそこから一歩引き、『万人が人間的に生きていくこと』を考える必要があるように思う。」これは、「何のために経済学を学ぶのか」という問いに答えた1年生の成績優秀者の意見です。多くが目先の就職のことで頭が一杯になっている中、大学で得る知識の真価は、その後、組織のリーダーになった時に試されるという真実を見通しているところが頼もしい。数百年前の著名な経済学者たちも「人間的に生きること」に関心を抱いていたという偶然の一致も興味深い。卒業すれば、当然、儲けに対する要求は否応なしに増えるでしょうから、その前に「人間的に生きる」とはどういうことか自分なりの答えを見つけることができるよう、この4年間に期待したいものです。
2019.02.17
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Last updated : 2024/08/15
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