|
はじめに |
はじめに高度な専門性を要する仕事は、いつの時代にも存在します。また、あらゆる職業には何らかの専門性が備わっているとも言えるでしょう。専門職の歴史を紐解くにあたっては、まず「専門職とは何か」という定義、そして「なぜ特定の時代に専門職が重視されるようになるのか」という背景を考察する必要があります。 ヨーロッパでは、近世に専門職の役割が重視されるようになります (Stone: 1966)。国家形成に合わせて起こった法と司法、税制、軍制の改革の影響が大きかったと考えられます。その影響により、情報の管理の重要性が高まっていたからです (Higgs: 2004)。教会委員会の会計簿から国王裁判所の裁判記録に至るまで、公式な文書の作成もあらゆる組織に欠かせない業務となりました。 法と司法文書作成は民間でも大事な仕事になりました。商業化と都市化の影響が大きかったと考えられます。この点は、中世に栄えた地中海商業圏でも見られた現象ですが (Sangster; 2025)、近世には特別な事情がありました。法と司法の発達により、訴訟件数が増加していたのです。 当時の裁判記録の調査から、農民や手工業者、女性が原告になることも少なくなかったことがわかります (Stretton: 1998; Brooks; 2008)。こうした事情は、貸借を伴う取引の活性化により、債権債務をめぐるトラブルが多発していた事実に関連していたと考えられます (Muldrew: 1998)。また、この時期に大量に残された証文や賃貸記録からは、地代・賃貸の管理業務の重要性も高まっていたことがわかります。それは、裁判所に持ち込まれる係争の多くが、不動産の譲渡や相続をめぐる争いであったことから納得できます。一般の人々の間で法と司法が身近なものになりつつあった事実は、法曹の役割が大きくなることを示唆する重要な社会変化として注目されます。 このような状況下で、識字率の向上が見られたことは不思議ではありません。それは、近世ヨーロッパの労働市場において知識集約型の職種の価値が上昇していたことを示しています (Stone: 1966; Cressy: 1980)。法曹の存在感をこの時期の職業構造に目立つようになるのはそのためです。 専門職の資格化近世における専門的職業人の活躍によって、仕事の意味も大きく変わりました。どのような職種であれ、労働に見合った対価が得られることは重要でしょう。しかし、専門職を特別視しうるのは、収入と同じくらい業務にかかわる倫理観と献身性が重視されるようになったからです。この時期の専門的職業人に非営利の聖職者が含まれていた事実は、そのことをよく示しています (O’Day: 2000)。 仕事の意味を変えた専門職の影響はそれだけではありません。職務上の知識と技能が、どの地でも同じように評価されるようになったことも、画期的と言えるでしょう。例えば、近世前半に進む法律業務の専門化・資格化はその経緯をよく表しています (Brooks: 2008; 川名: 2024, 第4章)。 新興のエリート層もちろん、どの職業にも専門性は欠かせません。ゆえに、専門職という用語には、職の専門性以外に他の職にはない政治的、経済的、社会的価値が含意されていたことを認識する必要があります。とくに、専門的職業人が近世という時代に活躍し始めたことから、その時代背景 ー 国家形成や公共圏の形成、 消費革命 ー を無視するわけにはいきません。中間層の人々が新興のエリート層として目立つようになる点は、これらに関連して起こる社会変化の一つです。 職の資格化によって、職選びにおける世襲の論理は弱まります。医師、弁護士、聖職者を目指す若者に地主層の次三男に混ざって中間層の子弟が目立つようになるのはそのためです。 かくして、近世ヨーロッパ都市の職業構造に専門職という重要なカテゴリーが加わりました。それは、多くの若者にとって職業選択の幅が広がることを意味しました。専門職は近世ヨーロッパにおいて、経済成長に不可欠な社会的流動性を高める触媒の効果を発揮することになるのです。 労働意欲と消費パターン ところで、17〜18世紀のヨーロッパでは、消費財の購入を目当てに余暇よりも仕事を優先する人々が目立ち始めたとされています。家計収入を極大化するためです(勤勉革命)。一方、専門的職業人の例で強調されたのは、専門職に相応しい働き方と消費のスタイルでした。専門的職業人と賃金労働者は、勤勉さや旺盛な消費意欲においては共通していましたが、仕事の意味や消費の目的については大きな違いがあったと考えられるのです 【参考 中間層】。 参考文献
|
