国際卓越研究大学認定校
東北大学 大学院経済学研究科・経済学部 川名 洋教授(西欧経済史)

Prof. Yoh Kawana(Ph.D. University of Leicester)


経済史のキーワード

チャリティ−
Charity


 

はじめに

 西洋史が注目されるのは、西欧特有の長期の経済発展が、やがて人類の生き方を大きく変えることになるという意味で、他の歴史とは大きく異なるからです。そこには、市場経済の伸びが弱者救済の思想と常に結びつくという他の地域にはない特徴がありました。古代オリエントに起源を持つキリスト教の影響が大きかったと考えられます。

 西欧経済には、「経済成長」の歴史よりもはるかに長い「富の分配」の歴史がありました。それは、福祉経済の歴史を近代史の枠内に留めることができない理由でもあります。

 現代社会には、様々な慈善団体が存在しますが、西欧中世においても事情は同じでした。例えば、修道院やそこから派生した施療院・救貧院の存在は広く知られています(川名:2024, 第6章)。都市には他にも、ギルドやフラタニティと呼ばれる組織が構成員の福祉を目的にいくつも誕生しました。
2025.06.24

慈善活動の非公式性

  「チャリティー」は、ラテン語訳聖書の中の"caritas"を語源とし、隣人愛を指す用語として、また、後には社会的弱者の救済を目的とする活動の総称として用いられるようになりました(McIntosh:2012)。富の分配機能を有するいくつもの慈善団体が、世俗の社会組織や福祉制度に先行して設けられ、その後も存続する経緯に、西洋経済史の特徴が現れます。西欧では、中世においては封建制が、また、近世に入ると救貧法が成立しますが、チャリティーは、いずれの制度とも異なる独特の論理をもとに早くから西欧社会に定着しました。そこには、生産・消費と並んで、富を活用する個人の選択肢を広げる意味がありました。
2025.06.25

慈善事業の公式性

 寄付と遺贈に基づくチャリティーが、主に富裕層の魂の救済を目的としていたことは間違いないでしょう。中世・近世を通じて救貧介護施設やギルド、学寮などの慈善組織には、領主層や都市支配層らの資金と関心が集まっていたことがわかっています(川名:2024, 第6章)

 しかし、チャリティーを貧富の格差の象徴と捉えるのは一面的でしょう。当時の人々が、遺贈者の魂と貧困者の両方を救済する行為に違和感を覚えることはなかったと考えられます(Maddern:2015)

 一方、慈善団体は、プライベートな組織でありながら社会のエリート層が運営に深く関与したために、慈善活動が公共善と結びつく理屈を社会に定着させる機能を果たしたと解釈することもできます。例えば、ホスピタルと総称された施療院・救貧院は、市議会による監督の下で法人格を付与され、地域ではよく知られた救貧介護施設として運営されるようになりました(川名:2024, 第7章)
2025.06.26


参考文献

  • 川名 洋 (2024)『公私混在の経済社会ー近世イギリスにおける個人と都市法人ー』 日本経済評論社.
  • Maddern, P.(2015) ‘A market for charitable performances?: bequests to the poor and their recipients in fifteenth-century Norwich wills’, in A. M. Scott, Experiences of charity, 1250-1650. Farnham.
  • McIntosh, M. K. (2012), Poor relief in England 1350-1600. Cambridge.

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