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はじめに 定住法制定の背景 ** ** campus-only |
はじめに 移動の自由が経済的にも人権の面でも尊重される近現代の常識から見れば、近世の前半期、1662年にイギリスにおいて制定された定住法は、悪法の誹りを免れないでしょう。その約半世紀前、救貧法の導入によって、働けない弱者と健康で働ける者をうまく区別する試みがなされるようになりましたが、給付と雇用機会の偏在によって人々が移住を繰り返す事態に対処できないという課題が残されました。定住法は、そうした課題への最初の公式な対策であったと言えるでしょう。一部の教区に救貧の負荷が集中しないよう、貧困者の移動に対する取り締まりが強化されたのです。2025.01.25 定住法の実効性このように定住法制定の背景から、同法の制定は、取り締まるべき貧困者をそれまでよりも明確に定義する必要性への対応であったことがわかります。その後の法改正では、正当な移住を認める努力がなされました。1662年の定住法に基づき、教区の役人は、年間の賃貸料が10ポンド未満の借家に居住する者に対して、その居住地から元の住所地への移送を命じることができました。しかし、1697年以降、許可証を所持する者や自由土地保有及び謄本土地保有を認められた者は、この規制の対象から除外されることとなったのです (Landau: 1995)。 とはいえ、市場やエールハウス、宿屋など市内の至る所で、よそ者に目を光らせていた治安官や貧民監督官の仕事が、同法によって楽になったとはいえません。各教区における社会的事情は異なり、教区のリーダー達や治安判事らの間でも移住者に対する見方には依然として幅があったからです。とくに、近年の研究により、移住者は、都市の「非公式な領域」において、欠かせない存在であったことが明らかになりつつあります (川名:2024)。近世イギリスでは、定住法をもってしても、移住、あるいは、定住の正当性を同じ物差しで一律に判断できるようにはならなかったのです (Styles:1978)。 参考文献
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