はじめに |
はじめに 家族・世帯は、最も小さい社会集団を意味する古くからある概念ですが、その定義が難しい事情は、今も変わりません。例えば、イギリスでは、世帯と訳される "household" が、同じ屋根の下で暮らし、働く人々を指す用語として14世紀の後半には使われるようになったとされています。その用語には、家という特定の場所において、飲食を共にする人々の存在が含意されていました(Kowaleski and Goldberg: 2008)。また、家族には、その成員の生活や教育、収入などを守り、維持する目的もあったでしょう。このように、家族と世帯には、特定の空間、人間関係、機能が想定されていたと考えられます。そうした事情は、現在と変わるところはありません。 家族・世帯の構造的・機能的多様性ところが、家族や世帯の成員とは誰のことか問われると、とたんに難しくなります。血族や親族を想定するのは自然ですが、血縁などない他人が、実際には、一定期間、あるいは、一時期だけ同居する例は、歴史上、数多く見られたからです(Laslett and Wall: 1972)。例えば、イギリス都市史を紐解くと、徒弟や使用人、居候、逗留者らが、主人と共に同じ屋根の下で暮らすことは珍しくなかったことがわかります。 家族や世帯の構成は、各成員のライフサイクル上、当然、変化します。課税記録には、単身者や寡婦も世帯主として記録されました。 かくして、家族及び世帯の本質は、簡単には定まりません。ましてや、特定の構造を想定することも難しいでしょう(Berkner: 1975)。同じ屋根の下で暮らすとはいえ、成員同士は必ずしも血縁や親族関係にあったわけではなく、成員の数も増減したことから、大きさも一定ではありませんでした(Tadmor: 1996)。家族の機能を定める主体は男性世帯主とは限らず、その考えが妻や子供の家族観と一致するとも限りません。また、課税や統治を目的に為政者の間では、家族・世帯構成を公に定めることが当然視されていたでしょう。 確実に言えることは、こうした事情をもとに築かれる家族観は、一義的ではあり得ないということです。しかし、それでも家族や世帯が経済史のキーワードとなるのは、人口増加のメカニズムや工業化の歴史、女性史や若者の活躍、そして、公私混在の経済社会の成立など、欧米の経済成長の質を捉える効果的な概念であることがわかっているからです。 参考文献
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