はじめに近世に入ると西欧諸国の商人らは、ヨーロッパ以外の商業圏へ積極的に進出するようになりました。そのために各国において種々の貿易会社が設立され、ビジネスに必要な資金調達が可能となる金融市場も動き出すことになります。こうした独創的なビジネスの形やそれに伴う制度変化によって、西欧諸国の影響は、全世界へと及ぶようになりました。中世後期から近世にかけて顕著になるこうした現象を指して、商業革命と呼ばれることがあります (Polanyi: 1944)。 中世ヨーロッパの国際商業史しかし、歴史の変化と連続性を冷静に捉えることも大切です。まず、ヨーロッパの商業は、大航海時代以前から「国際的」であった点は重要です。地中海と北海・バルト海それぞれの商業圏を結ぶ遠隔地貿易が伸びていたからです。商業革命という用語は、当初、13世紀後半から14世紀前半にかけてその遠隔地商業に革新的変化をもたらしたイタリア商人らのビジネスの手法を指して用いられました。すなわち、イタリア商人らは、為替取引や簿記の技術などを活用し、複数の外国商人らとの安定したパートナーシップを基盤に、地元を離れることなくビジネスを組織することができるようになったというのです (De Roover: 1942; Sangster: 2025)。 イギリス経済史に目を向けると、そこに登場するステープル商人や冒険商人のカンパニー史が示すように、同国において商人層の組織化が進むのは、13〜15世紀前半であったことがわかります。 また、大航海時代に商業革命を位置づけるにしても、その後すぐに西欧諸国が世界を相手に貿易立国になったわけではない点にも注意が必要です。例えば、近世においてイギリス商人らによるアジア、アフリカ、アメリカ貿易の総量は、ヨーロッパ内の従来の貿易量と比べれば、まだ限られていました。 さらに、商業革命後のヨーロッパの経済発展の行方には、西欧諸国の間で大きな違いがあった点も見逃せません。大航海時代を最初に切り拓いた国々が、当時の経済先進地域、南欧諸国であった事実に不思議はありません。では、肝心の産業革命は、なぜ北西ヨーロッパのイギリスで起こったのでしょうか。商業革命が注目されるのは、この謎解きを始めるきっかけとなるキーワードでもあるからです。
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