はじめに
中世都市に住む商人らにより組織された職能別組合は、商人ギルドという名で広く知られています。一方、都市の商人の中には、外国市場に出向いて取引を行う者もいたので、取引量の増加に合わせてそのような商人らも、やがて独自のアソシエーションを組織するようになりました。中でも羊毛商人以外の商人らは、マーチャント・アドヴェンチャラーズ(冒険商人)と呼ばれ、ステープル商人らと区別されるようになります。例えば、15世紀前半においてノルウェー、スペイン、プロシア、オランダの市場に出入りしていたイギリス商人らは、世紀後半には低地諸邦に活躍の場を集中させるようになりました。やがてこれらの商人らは、イングランドの冒険商人(the Merchant Adventurers of England)と呼ばれるようになったのです (Carus-Wilson: 1954; 川名: 2012)。
冒険商人カンパニー The Company of Merchant Adventurers
中世イギリスの冒険商人らは、すぐに正式なカンパニーを組織したわけではありません。当初、冒険商人らがつくるアソシエーションは、特定の都市に本部を設けていたわけではなく、メンバーとなった商人らの拠点都市も全国に広がっていました。もちろん、ロンドン商人らは有力でしたが、16世紀前期に国王勅許状により冒険商人カンパニーとして正式に認定されるようになってからも、地方都市の商人らは同カンパニーの構成員であったとはいえ、同僚のロンドン商人らと常に利害を同じくするとは限らなかったのです (Carus-Wilson: 1954)。
17世紀前半になると冒険商人カンパニーによるロビー活動が活発になります。同カンパニーから献金を受け取っていた政府関係者には、財務長官、バッキンガム公爵、カンタベリー大司教、国務長官らが含まれていました。1643年に、冒険商人カンパニーへの入会時に支払う科料の大幅な引き上げと、違反者に対する厳しい罰則がイギリス議会により法制化されたのも、同カンパニーから議会へ三万ポンドの大金が渡ったからでした (Cawston: 1896)。
最新の議会史研究によれば、こうしたロビー活動が活発化した背景には、当時の商人や職人らがイギリス議会を、それぞれの職業的利益を保護しうる重要な機関として重視するようになった17世紀前期の政治的潮流があったとされています。議会が過去の議会資料を着実に保管し効果的に活用するようになった結果、彼らはその影響力を巧みに利用するようになったというのです (Paterson: 2026)。
参考文献
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Carus-Wilson, E. M. (1933), 'The origins and early development of the merchant adventurers’ organization in London as shown in their own medieval records', Economic History Review, vol. 4.
Cawston, G., and Keane, A. H. (1896), The early chartered companies (A.D. 1296-1858). New York.
川名 洋 (2012) 「中世・近世イングランドの商業化―都市史の視点―」, 中野 忠他編, 『一八世紀イギリスの都市空間を探る―「都市ルネサンス論」再考』 刀水書房.
Paterson, E. (2026), 'Contemporary Parliamentary History and Petitioners in the Long Parliament, c. 1640-1642', Historical Journal, vol.69, pp.245-265.
Leng, T. (2020), Fellowship and freedom: the merchant adventurers and the restructuring of English commerce, 1582-1700. Oxford.
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