はじめに 貧しい国が豊かになるには、工業化が不可欠です。その難しさは、人類がその方法に気付くまでに膨大な時間を費やしたという事実からも理解できます。19世紀の機械化の時代が工業化の始まりであると考えがちですが、実際にはそれ以前の近世に、手工業における分業と海外市場の開拓という、よりシンプルな工業化の第一局面が西欧において見られたのです。 産業革命以前の工業化イギリス産業革命を植民地主義に結びつける見方があります。綿織物はインド綿の輸入代替による産物であり、マンチェスターの工場で生産されるその原料はインド及びアメリカ大陸のプランテーションから運ばれていたからです。 しかし、生産工程の機械化と工場における大量生産のようなプロセス・イノベーションの要因を、植民地貿易に探るのは困難でしょう。プロト工業化の歴史はむしろ、産業革命がヨーロッパに内在する要因によって起こったことを示しています。 プロト工業化の理論によれば、農村を中心に問屋制家内工業が発達したことこそ、工場における大量生産体制への経路であったというのです。そのような農村では、零細農家の農民らが安価な労働力として雇用されたので、問屋制は価格競争力の面で有利な制度でした。しかし、生産量が増えれば同制度は、収穫逓減の問題を抱えることになります。工場制への移行はそうした問題を克服する効果的手段となったのです(Clarkson:1985)。
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