市場革命商品の販売はかつて、食料や衣服の取引の例が示すように、顧客に相対して行われるのが一般的でした。例えば、食料品商は、顧客の顔と好みをよく知っていましたし、仕立屋は、客の注文を聞いてから作業に取りかかりました。このように、伝統的な市場では、変化に乏しい顧客のニーズに着実に応えることが、商品販売の動機となっていました。 ところが、その常識が19世紀後半に覆されることになります。その歴史的舞台は南北戦争後のアメリカ合衆国でした(Hopkins: 2018)。そこでは、未だ見ぬ大勢の人々に、思いもよらない商品を売り込むことが販売目的となる流れがつくり出されたのです。そのような商品は、当然、必需品とは言えません。しかし、誰も手にしたことのない品だからこそ、市場を独占し莫大な利益を期待できるようになったのです。 この変化によって消費者と販売業者の対話のあり方は大きく変貌しました。それは、市場における両者の立場が根本的に変化したことを意味します(Klein: 2007)。その変革は、生産部門の大変革、産業革命に匹敵する商業の構造変化と捉えることができます。「市場革命」と呼ばれることもあります。
2025.02.10 アメリカ合衆国経済の歴史的前提19世紀後半に新商品の大量販売が可能になった合衆国には、いくつもの特別な歴史的事情がありました。まず、新天地で開拓に挑む人々には農業所得を確保しうる手付かずの高大な土地がありました。それは、大地主らを中心に国内の隅々まで土地所有が完了していた西欧諸国にはない好条件でした。その結果、初期の合衆国経済は、一部の富裕層と大多数の零細農家ではなく、比較的裕福な農民らによって支えられるようになったのです。 次に、それまでにイギリスから北米へ移動した移民の多くは、貧困層というよりは、手に職を持っていた中間層の人々でした。合衆国において職業及び消費選択の自由が尊重されるようになる背景には、こうした移民らの社会的プロフィールが影響していたと考えられます。 このように、合衆国において、購買力を有する多くの消費者を市場経済に想定できた理由は、数の上では富裕層が少数派であった西欧諸国とは対照的に生活水準に大きな差がない中間層が合衆国経済の主たるアクターであったためと考えられるのです。 しかし、合衆国と本国イギリスそれぞれの経済的、社会的条件の違いだけでは、活発な消費市場の発達を説明するには不十分でしょう。経済を成長させるのに欠かせない資本や科学技術、制度の面では、両国の歴史はむしろ連続していたと考えられるからです。本国イギリスで定着し始めていた私的所有権や民主的な政治文化は、アメリカ合衆国に引き継がれ、広大な大地を開拓する際にその力を発揮しました。経済面では、都市化と工業化が進むにつれ、中間層の文化の影響に加え、共同作業よりも分業や特化が重視されるようになりました。 南北戦争終結後の市場革命を経て第一次世界大戦前夜の20世紀初頭までに、合衆国における工業生産の成長率は世界で最も高くなりました。その歴史から、18世紀にイギリスで起こった消費革命と産業革命の影響は、19世紀に アメリカ合衆国の経済において明確に現れたと見ることもできるでしょう。2025.06.10 参考文献 |