国際卓越研究大学
東北大学 大学院経済学研究科 川名 洋教授(西欧経済史)

Prof. Yoh Kawana(Ph.D. University of Leicester)


経済史のキーワード

徒弟制度
Apprenticeship

 
        

はじめに

 イギリスでは、1563年の制定法により、徒弟制度の慣行が法制化されました。その効果は都市の徒弟数に現れました。ロンドンでは、16世紀半ばから17世紀半の約100年間にその数は、3倍に増加したと推定され、1600年までに毎年4000〜5000人の徒弟が市内のカンパニーに登録されるようになったというのです (Brooks: 1994)。地方の主要都市における徒弟制度も、若者を広範囲から引きつけました。16〜17世紀イギリス東部の自治都市ノリッジやグレート・ヤーマス、イプスウィッチの徒弟の出身地に関する調査によれば、これらの都市の徒弟は、ノーフォーク州内だけでなく全国の州からやってきた若者であったことがわかります (Patten: 1976)

定住者、移住者、社会的流動性

 徒弟制度が法制化された影響は、徒弟数の増加だけではありません。徒弟制度は、市民として相応しい社会規範の浸透を促進したと考えられるのです。徒弟となった若者は、職に応じた技能の他に、チャリティの精神と誠実さ (honestas) を身につけることが期待されていました。都市では、職業が細分化され、職業や職種間の競争もありました。また、都市を訪れる不特定多数の者たちと良好な関係を維持する必要があったことは言うまでもありません。零細な手工業者から医師や法曹などの専門的職業人に至るまで、都市の徒弟制度にチャリティの精神と誠実さという共通の社会規範を身につけることが想定されていたのは、こうした都市経済の条件に適応しうる人材を育てる意図があったからでしょう。これらの技能と規範は、中間層の人々の社会規範の源であったという見方も示されています (Brooks: 1994)

 かくして、都市のギルドやカンパニーの規約から、徒弟制度がよそ者の出入りに依存しなければ成り立たない都市経済の現実に則した制度であったことがわかるのです。

 このように、職業と移住の選択が禁じられるどころか、制度化されていた西欧経済の特徴は見逃せません。社会的流動性が高まる主要因と見なすことができるからです。西欧の市民(フリーメン)は、市内に定住することを義務付けられていました。営業権を得るかわりに無償で治安官の職を務めるなど、治安を守る責務を負っていたからです。一方、市民の職を継承する若者の多くは、他の都市や農村で育ったよそ者でした。このことからも、都市経済は初めから定住者と移住者の共生を前提にしていたことがよくわかるのです (川名: 2024, 第1章, 第3章)
2025.11.21

徒弟制度と公私混在の経済社会

 西洋の自治都市を、封建領主から距離を置く政治的コミュニティーの形成に見出す見解は広く知られています。そのような見解から、自治都市フリーメン中心の定住者の社会であった印象を強く受けます(都市の公式な領域)。一方、都市は、多くのよそ者を受け入れる社会でもありました。しかも数年で他の地へ移住する者も少なくなかったことがわかっています(都市の非公式な領域)。

 徒弟制度が注目されるのは、これら2つの社会領域にまたがる制度であったことを評価できるからです。その働きから、都市の「公式」と「非公式」の2つの領域は、実際には都市の生活圏において重なり合っていたことがわかるからです (川名: 2024)。
2025.11.21

参考文献

      Brooks, C. (1994), 'Appenticeship, Social Mobility and the Middling Sort, 1550-1800', in, in J. Barry et al., eds, The Middling Sort of People: Culture, Society and Politics in England, 1550-1800. London.〔訳書
      川名 洋 (2010) 『イギリス近世都市の「公式」と「非公式」』創文社/講談社.
      川名 洋 (2024)『公私混在の経済社会 ー 近世イギリスにおける個人と都市法人 ー 』 日本経済評論社.
      Patten, J. (1976), 'Patterns of Migration and Movement of Labour to Three Pre-industrial East Anglian Towns', Journal of Historical Geography, vol.2., pp.111-29.

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