はじめに民主主義と権威主義。どちらの政治体制が経済的に優れているかを問う最近の思想的潮流は、決して特別なものではありません。同様の問いは、冷戦時代にも存在しました。また、国家建設の歴史を踏まえれば、時をさらに遡ることもできるでしょう。西ヨーロッパでは近世において、すでに経済成長と国家運営の結びつきが重視され始めていました。 近世イギリスの統治体制領域国家の運営は、いかなる政治体制であれ、中央集権的かつ官僚的になるという点で共通しています。イギリスでは行政革命が起こったとされる1530年代以降に、以下の二つの意味において、そうした傾向が強まったと言えます。第一に、カトリック教会の勢力が後退し、王権中心の統治が進んだこと。第二に、司法および行政の分野で国制が強化されたことです 【参考 国家形成】。 しかし、その動きが革命的とされる理由は、その後も個人や地域の事情がないがしろにされるような政治体制にはならなかった点にあります。つまり、行政革命に続く近世前半期(16-17世紀)は、後の民主化につながる社会的事情について検証できる歴史的文脈を生み出したという意味で、特別な時代であったと考えられるのです (Elton: 1953; 川名: 2007)。 近世ヨーロッパにおける政治変革の歴史では、イギリスの名誉革命やフランス革命が有名ですが、実はそれよりも100年以上も前から、ローカルな便益と、国家のそれとの間で折り合いをどうつけるかが問われ始め、種々の制度を設ける際にも重要な論点となっていたのです (Hindle: 2000)。その根拠は、単なる思想的な潮流に留まりません。実際の経済活動の様子からも、官僚的、中央集権的な潮流とは異なる、私的で非公式な社会原理が都市に定着していた様子を実証できることがわかってきました(都市の「非公式な領域」) (川名: 2024) 。 いかに国家が重要になろうとも、個人や地域の力は衰えることがない近世イギリス特有の社会原理は注目に値します(公私混在の経済社会)。なぜなら、それはやがて経済思想へも影響を及ぼし、近代において先進国経済を支える制度づくりの大前提となり、世に広まることになるからです。
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