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はじめに |
はじめに政府の役割の一つは、万人にとって必要で、かつ政府でなければ準備できない財とサービスを提供することにあります。それらの中には、生存に欠かせないもの(災害対策やきれいな空気など)がある一方で、占有すれば利益を独占したり、支配の道具にできるものもあります(法、軍隊、教育など)。これらに共通する特徴は、どれも市場取引には適さない点です。経済学では「公共財」という用語が当てられています。 こうした財とサービスは、どの時代やどの地域にも存在しました。しかし、それらを「公共財」と呼ぶためには、ある条件が必要となります。それは、政府と公的制度に対する信頼性が人々の間に定着していることです。そのような信用がなければ、必要不可欠な財とサービスとはいえ、それらの供給を政府に任せることはむしろ大きなリスクになりかねないからです。 公共財には、経済学で言うところの非競合性や非排除性が伴うことは広く知られています。しかし、肝心なのは、市場経済の主役となる個人にとって、そのような財とサービスの提供者が信頼できるかどうかにかかっているのです。それは、公共財が、市場経済を補完する概念として提唱された経緯からも納得できるでしょう。 公共財の歴史的前提ここに、近世の西洋経済史について学ぶ意義があります。その時代にヨーロッパでは、政府との関係において個人の権利が尊重されるようになる歴史的経路が敷かれることになるからです。 人類史において、このような政府と個人との関係は普遍的とは言えません。政府によって提供される財とサービスを享受していたのは、主に王権・貴族など為政者や支配・特権階級でした。多額の戦費が王位継承問題の解決に費やされたり、華美な王宮や領主の館が建造されたりする例は広く知られています。 ところが近世ヨーロッパでは、政府は、国家のため、あるいは、公共のために存在するという考えが広まります。例えば、イギリスでは、16〜17世紀にかけて行政革命が起こり、コモンウェルスという概念が広く用いられるようになります。同国では、政府によって提供される財とサービスの便益は、王室のためでなく、国家に役立つためにあるという思想が芽生えていたのです。実践面でも、安全保障や福祉政策の源流となる財政=軍事国家の形成や救貧法の導入がなされるようになります。国家の経済力強化を念頭に提唱された重商主義政策や政治算術も、私益ではなく公益を重視するこの時期の政府の存在意義をよく示す例といえるでしょう。 興味深いのは、国家や公共性が重視される一方で、個人の権利もいち早く尊重されるようになる思想的トレンドです。それは、公共性の名のもとに、個人の選択が抑圧されないヨーロッパ独特の思想となって世に広まることになります。実は為政者と個人とのこのような関係性は、中世に起源を有する自治都市の諸制度の下で早くも醸成されていたことがわかってきました (川名: 2024)。 かくして、公共財は、ヨーロッパに特有の歴史的文脈に沿って誕生する用語と見なすことができるでしょう。なぜなら、対象となる財とサービスの便益を享受する主体はあくまで個人であることが明確に謳われる社会は、歴史上、見当たらないからです。 参考文献
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