はじめにイギリスはヨーロッパの国ですが、法と司法に関していえば、大陸ヨーロッパ諸国とは著しく異なる歴史を有しています。イギリスの法は、当初からコモン・ローを基盤としていたためです。 周知の如く、ヨーロッパの大陸法は、ローマ法の系譜を引き、理論的かつ学術的性格が強かったため主に大学における研究教育を通じて発展しました。それに対して、コモン・ローは、複数の王国が10〜11世紀にかけて統合され成立したイングランド王国の歴史的事情を背景に、王国全域の事案に通用する慣習法として12世紀に成立しました。ゆえに、コモン・ローの第一の特徴として、時の社会事情に即した極めて実践的な法であった点を挙げることができるでしょう。【参照】 司法 中世における「国内法」の成立もう一つの特徴は、イギリス固有の法として成立した点です。コモン・ローは、アングロ=サクソン人やノルマン人など、多様な民族が混在する社会において、王国内のどこでも、また誰にでも適用される文字通り全国共通の法として発展しました。この点は、特筆に値します。なぜなら、そのことからコモン・ローは、初めから近代の国内法と同様の位置づけにあったと言えるからです。 かくして、ローマ法の伝統を継承しつつ中世ヨーロッパにおいて法制度の改革が進展した時に、イギリスではコモン・ローがすでに定着していたのです。封建制に即した法でありながら全国的に通用し、法典化されない慣習法でありながら国家統治に効果的に利用されるようになったコモン・ローは、中世経済はもとより、その後のイギリス経済の発展にも多大な影響を及ぼすことになるのです (Van Caenegem: 1973)。
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