国際卓越研究大学 UREX 1
東北大学 大学院経済学研究科 川名 洋教授(西欧経済史)

Prof. Yoh Kawana(Ph.D. University of Leicester)


経済史のキーワード

囲い込み(エンクロージャー)
Enclosures

【関連時事】耕作面積の拡大 農業法人 スマート農業 新規就農の促進

 
    

農業地域と市場経済

様々なエンクロージャー

エンクロージャーの合法性 **

議会エンクロージャー

【参考文献】

はじめに

 「囲い込み」と訳されるイギリス農業史のキーワードです。「第1次」、「第2次」エンクロージャーといった表現からは、まるで特定の時期の政策であるかのような印象を受けますが、それは事実と異なります。囲い込みは、主に領主と農民が主体的に取り組んだ農業改革の歴史です。その実施も、決して特定の時期に限られたものではありません。近世農業史を研究した R.C. Allen は、とくに3つの時期 (1450-1524年、 1575-1674年、1750-1849年) を挙げていますが (Allen: 1992)、それぞれの合間にも実施されていたことを踏まえれば、エンクロージャーは、中世及び近世を通じ長期間に渡って断続的に起こった制度変化と言えるでしょう。
2024.03.29

農業地域と市場経済

 エンクロージャーは、土地制度にかかわる制度変化の総称ですが、実際には、どの時代のどの地域の例を引用するかによって内容は異なるため総括が難しい現象です。わかっていることは、近世 (16〜18世紀) に限らず、それ以前にもイギリス国内の様々な場所で起こっていたこと (Fox: 1975; Overton: 1996)。そして、その主体も時と場合によって異なっていたということです。農地・農法の改良のきっかけは、領主や農民双方の個人的都合による場合もあれば、農村全体の事情による場合もあったでしょう。初期の大規模なエンクロージャーは政策により実施されることもありました。

 エンクロージャーが起こるきっかけは、地域毎の経済的、社会的事情によって異なります。このことを理解するには、まずイギリス経済史に関する2つの基礎知識が必要になります。その一つは、牧畜、あるいは、耕作が盛んな地域と、両方が混在する地域が存在したことです。こうした違いは、各地の自然環境、土壌、慣習、人口移動のパターン等の違いに応じて生じます。経済史では、「農業地域」という概念によって説明されます (Thirsk: 1987)。もう一つは、早くから市場経済の論理が農業にも及んでいたことです。中世に始まる都市化と商業化の影響が大きかったと考えられます
2024.03.29
【参照】土地保有 比較農業経済史

様々なエンクロージャー

 エンクロージャーと呼ばれる現象には、様々な制度変化が伴いました。慣習的土地保有に代わる定期借地権の設定や共同地の利用権の廃止、農地利用の大幅な変更などが挙げられます。近世に入るとエンクロージャーが全く行われなくなる地域もありました。イングランド全体の45%にあたる地域では、農地・農法の改変が1500年までにすでに完了していたからです (Overton: 1996)

 ある地域においてエンクロージャーが起こるきっかけは、場所と時代によって異なります。耕地から放牧地への転換一つとっても領主と農民の間の交渉による場合もあれば、よりよい土地へ移り住むために農民自ら農村を出て行ったことが原因となる場合もありました。その結果、放牧への転換が起こるのは不思議ではありません。耕作よりも牧畜の方が農作業は労働節約的になるからです (Allen: 1992; Overton: 1996; Broadberry: 2015, Ch.2)。働き手が不足する時代にはむしろ、自然な成り行きであったと見ることもできるでしょう。

 エンクロージャーは、経済状況の変化に応じて、柔軟に対応しうるイギリス農業の特徴を示す好例にもなりました。例えば、16世紀後半に地主層の間で契約期間を自由に設定しうる定期借地権が選好されたのは、価格革命の時代に慣習的土地保有を温存するのは難しいと判断されたためです (Overton: 1996)

 このように、領主と農民の立場は違っていても、経済状況に応じた合理的な判断がなされていた点は共通していました。それは農業経営において、状況の変化に適応する個人の選択が重要になりつつあったことを示しています。エンクロージャーといえば小農を追いやる悲観的解釈がつきものです。しかし、冷静に見れば、個人主義的で商業色が強いイギリス農業の象徴ととらえることもできるのです 【参考】 農業革命
2024.03.29

課題例
Q. エンクロージャーが起こる理由は、時代背景や各農村の事情によって異なる。このことを具体例を挙げて説明しなさい。


議会エンクロージャー

 エンクロージャーは中世に始まり、18世紀になると特に盛んになりました。大規模な農地改良が立法の裏付けを得て進んだことから、議会エンクロージャーと呼ばれることもあります。その主な特徴は、農業生産性を高めるために共同耕地を統合して土地利用を合理化する点にありましたが、改良されたのは農地だけではありませんでした。議会エンクロージャーの結果、イギリス農村の景観は大きく変化したことが知られています (Overton: 1996)

 こうした動きと地方銀行 (country banks) が設立されるようになる時期とが重なるのは偶然ではありません。なぜなら、農地の購入、区画整理、農道の建設、排水などには、高額な費用がかかるからです。先進的な農業には、金融の役割が欠かせません。イギリス農業史において見過ごされがちな重要な史実です。

 とはいえ、当時の金融には、リスクが伴うことは容易に想像できます。限られた土地しか持たない小地主らは、当然、農地改良には後ろ向きであったでしょう。一方、広大な農地でなければ、投資へのインセンティブは生まれず、生産性の向上も期待できません (Brunt: 2006, 87)。18世紀において小地主が土地を手放すようになった背景には、こうした事情があったのです。

 エンクロージャーの歴史では、地主と農民との利害対立ばかりを強調する見方があります。しかし、その歴史には、家族的小規模農業の論理が後退し、生産性向上の論理が強まる画期的側面もあったのです。

 重要なのは、そのタイミングです。産業革命よりも前から始まっていた事実から、規模の経済や金融が必須となる近代経済の論理が、この時すでに第1次産業において芽吹いていたことが明らかになるからです。経済先進国の農業は、近代ビジネスの慣行を先取りしていたと考えられるのです。
2025.04.18

参考文献

      Allen, R. C. (1992), Enclosure and the Yeoman. Oxford.
      Broadberry, S. N. (2015), British economic growth, 1270-1870. Cambridge.
      Britnell, R. H.(1993), The commercialisation of English society, 1000-1500. Cambridge.
      Brunt, L. (2006), 'Rediscovering Risk: Country Bnaks as Venture Capital Firms in the First Industrial Revolution', Journal of Economic History, vol. 66, pp. 74-102.
      Fox, H.S.A. (1975),'The chronology of enclosure and economic development in medieval Devon', Economic History Revew, vol. 28, 181-202.
      Overton, M. (1996), Agricultural revolution in England : the transformation of the agrarian economy, 1500-1850. Cambridge.
    Thirsk, J. (1987), England’s Agricultural Regions and Agrarian History, 1500-1750. London.

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