十名直喜『日本型鉄鋼システム 危機のメカニズムと変革の視座』(同文舘、19964月)、同『鉄鋼生産システム 資源,技術,技能の日本型諸相』(同文舘、19969月)


※本文はもともと図表を含んでいないので、この頁に全文が掲載されている。

余談:十名氏は鉄鋼業界で長くはたらいてこれらた方であり、また鉄鋼業研究者としても大先輩にあたる。職場の表も裏も経験したことを踏まえて書かれている書物に対して、自分が何を言えるのか、という思いが頭からはなれなかった。「日本型システム」の時期区分についてのコメントは自らに宿題を課したようなものであり、来年には何らかの形で見解を発表するつもりである。

(以下本文)

 著者は、21年間神戸製鋼所に勤務するかたわら、日本の企業社会と鉄鋼業についての論稿を発表してこられた。1992年に大学教員となられ、まず企業社会論を前著『日本型フレキシビリティの構造』(法律文化社、1993年)として、そしてこの度、鉄鋼産業論を上記2冊に集大成されたのである。紙数がないので、総論編である『日本型鉄鋼システム』と各論編である『鉄鋼生産システム』の内容を評者なりにまとめて紹介する。

 著者は、日本鉄鋼業の全体像を理解するためにシステム的なアプローチを提示する。「鉄鋼業における企業経営のありかた、とくに企業内における生産や販売、雇用などの仕方、さらには企業間の関係や企業と国家との関係などを、一つのシステムとしての視点からとらえ」ている。

 著者の整理によれば、日本型鉄鋼システムは、企業内システムとそれを支える社会的バックアップ・システムから構成されている。企業内システムは、コアとしての鉄鋼生産システムと企業内バックアップ・システムからなる。鉄鋼生産システムはさらに生産技術システムと労働編成からなり、広義には原料購買システムや技術開発システムも含む。企業内バック・アップシステムは人事考課システム・企業別労働組合・階層的労働市場を含んでいる。社会的バックアップ・システムは政府との間、鉄鋼業界内、関連産業・企業・大学との間のネットワークから成り立っている。

 これらサブシステムの分析は多岐にわたっているが、ここでは各サブシステムの形成・確立の過程を重視し、評者なりにまとめて紹介しよう。

 日本型鉄鋼原料入手システムについて。海外資源に全面的に依存する方向を選択し、長期契約に基づく共同購入方式と、大型専用船・兼用船方式さらに港湾・荷役設備の整備による輸送の合理化を組み合わせて、他業界の先駆となる海外原料入手システムを築いた。

 技術開発システムについて。欧米鉄鋼業に比べて圧倒的に多くの技術開発資源が投入されてきたが、それは企業内外のシステム的な統合力や共鳴効果によってより効果的に活かされてきた。たとえば、企業内においては、研究所と製鉄所の技術者が協力して研究を進めてきたこと、社会的バックアップシステムとしては、溶融還元法など業界共同の国家プロジェクト、日本鉄鋼協会の共同研究会、大口ユーザーや重機械メーカーとの情報交流、共同開発などである。 鉄鋼生産システムのハードウェアについて。伝統的な資源指向型の内陸立地方式を一新し、市場指向型で臨海立地の大規模な銑鋼一貫製鉄所を相次いで創出した。新鋭製鉄所の出現とコンピュータ技術の革新の時期が重なったことが、本格的なコンピュータ導入を促す契機となった。

 鉄鋼生産システムのソフトウェアについて。高品質の多品種製品を造り分ける操業管理や品質管理、JIT納入、それらを可能にする生産・販売管理システムやきめ細やかなメンテナンス、それらを可能にする「多能工化」や小集団活動、研究者や技術者と作業者との日常的な交流・接触などが実現された。これは、設備・技術の合理化、鉄鋼労働運動の敗北と労使関係の経営主導型への再編、米国の労務管理システムの導入と日本的修正、企業内教育の体系化などを通じて進展した。

 鉄鋼労働者像と労使関係について。鉄鋼労働者像の基本形においては、光と陰の二つの側面が併存している。一方では、国際的に見てもきわめて高い労働意欲や能力開発志向をもち、定着志向の高さも際だつ。その反面、能力主義管理のもとで激しい競争と査定にさらされており、不満や不安を内在させている。しかし、こうした不安や悩みのもって行き先がない。それは、労働組合が実質的に不在であることと関連している。鉄鋼労連が減量合理化にほぼ全面的な理解と協力を示したもとで、「労使一体型労使関係」が確立している。

 以上のように、強固で安定した「日本型鉄鋼システム」であるが、著者によれば、現在、内外環境の変化、とりわけ円高の高進によって根底から揺さぶられ、変容と再編を余儀なくされている。内外価格差問題、輸入鋼材の浸透、「過剰品質」問題の顕在化、対米投資と多角化の困難、大幅な人員削減による技能継承の困難化、築炉工など周辺労働力の衰退化などのシステム疲労が生じてきている。これに対する高炉メーカーの対応、すなわちホワイトカラーの削減や高炉・電炉のプロダクトミックス戦略などについて、著者は「根本的なシステム変革にはなお多くの課題を残している」という。そして、一方では「技術開発システムの変革は革新的な意義を担う」として、その「キャッチアップ型からフロンティア型への転換」を展望し、他方では「国やユーザー産業、大学、業界内、労使関係などを含めた多面的な視点から、また市民社会との共存という視点から」、社会経済システムそのものと連動した変革を展望している。

 さて、両書の意義は、何よりも、日本鉄鋼業の全体像を提示したことにあると思われる。その際に、システム的アプローチが二つの面から有効に機能した。

 第一に、業界団体や企業・政府間関係、労使関係などのバックアップシステムまでもとらえることで、日本社会論としての広がりを持つ鉄鋼業論を築いたことである。そこには、おそらく著者の体験に裏打ちされた、働くものへのまなざしがある。労働者・サラリーマンを、巨大なシステムの一要素とみなすにとどめず、システムの中で働きがいを見いだしつつも、そこにとどまりえない、不安と要求を抱いた主体としてとらえようとしているのである。

 第二に、いわゆる日本的生産システムをめぐる研究蓄積を踏まえつつ、鉄鋼業に独自の性格を浮き彫りにしようとしたことである。読者は、「トヨティズム」や「ポスト・フォーディズム」をめぐる議論を、生産システムの産業別特性を踏まえて再検討しなければならないことを思い知らされる。

 著者は、いわば現代日本鉄鋼業研究の新たなステージを切り拓こうとしたのである。そして、それゆえにこそ、両書には論議を呼び起こす論点も多々含まれているように思われる。紙数がないので、全体の視角・方法に関わるものを二点だけ提起しておきたい。

 まず、何をもって「日本型」とするか、「日本型」と規定することで何がわかるのかが、いまひとつ判然としないことである。例えば、海外への移転可能性や、後発の途上国、中進国で同様のシステムが形成される可能性との関わりなど、「日本型」を論じる意味を明確にしていただきたかった。

 次に、「日本型鉄鋼システム」の時期区分である。著者は、その原形は、戦後復興期から高度成長期に形成された「右肩上がりの成長を前提とするキャッチアップ・システム」であったが、石油危機や貿易摩擦、円高など内外環境の変容によって根底から動揺し、「国家との関係や企業間関係、労使関係などにまたがって『協調』的特質とネットワークをより強め、その日本型特質をより鮮明にし体系化する方向へ再編されていく」という。他方、著者は「鉄鋼生産システム」について、「1960年代にその骨格が形成され、70年代において石油危機を契機とする『減量合理化』を図るなかで、基本型として確立した」という。高度成長期に形成、石油危機から1980年ごろまでに再編・もしくは確立、ということであろうが、再編と確立ではかなり意味が異なり、どちらと考えるべきか迷わせられる。原料入手システムや技術開発システム、労使関係の分析についても、ほぼ同様な印象を持つ。

 もし「日本型鉄鋼システム」が「キャッチアップ・システム」であったならば、それが「減量合理化」期に不適応を起こさずに「確立」するというのは不自然であるし、「再編」されたであれば、その内容をもっと明確にする必要があるだろう。そして、仮に「再編」されたとすると、今度は、その再編されたシステムさえも、1980年代後半以降に根本的な変革を迫られるに至ったのはなぜなのかが問われてくる。石油危機からバブル崩壊までのシステムをどうとらえるかによって、現状のとらえ方もまた変わってくると思われるのである。

 両書との対話を通じて考えさせられることは実に多い。研究者や学生にとどまらず、鉄鋼業、日本産業のあり方に関心を持つ多くの方々に一読をおすすめする。


論文・報告書ライブラリへ


Ka-Bataホームページへ


経済学部ホームページへ