日本鉄鋼業の生産システムをめぐる諸問題
−先行研究の整理と課題設定−


最終メンテナンス:1997410

※この論文はもともと図表を含んでいないため、このページに全体が掲載されています。

余談:この論文が掲載された研究年報『経済学』は、私の大学院時代の指導教官である金田重喜氏の退官記念号であった。金田ゼミ出身の教員の数が多く、したがって依頼原稿数も多かったためか、原稿枚数の上限が通常号の400字詰め80枚ではなく、400字詰め40枚と厳しく定められていた。そのため、短くまとめるのに苦労したことを覚えている。

(以下本文)

T はじめに

 今日、「産業の空洞化」・産業構造調整をめぐって様々な議論がたたかわされている。そこではマクロ的な雇用問題や比較優位産業の交代が主にとりあげられているが、産業・企業に即してみた場合には、より具体的な問題が浮かび上がってくる。

 第一に、「空洞化」といい構造調整といっても、産業によっては、生産システムや国際分業の次の姿が必ずしも見えていないということである。第二に、日本産業を支えてきた技術・技能の重要な部分がリストラクチャリング下で失われつつあるのではないかということである1)。従来蓄積されてきた技術・技能が、今後の生産システムをも何らかの形で支えていくのか、それとも、従来の蓄積と断絶した、別の系譜から新たなイノベーションが生じるのか。このことが十分論議されないままに、リストラが進行しているのである。

 本稿の課題は、以上の問題を念頭に置きつつ、鉄鋼業を事例として、リストラクチャリングの下での生産システムの変貌と技術・技能の役割という視角から、先行研究の到達点を確認し、今後の研究課題を設定することである。

U 鉄鋼業の技術・生産システム・労働組織の特徴

1 銑鋼一貫工程と「基盤的技術」

 まず、鉄鋼業の技術が社会的な技術構成・産業構造の中で占める位置について考えよう。その際に、関満博がいう「基盤的技術」の概念が参考になる2)。関は、鋳造、鍛造、メッキ、熱処理、塗装、機械加工、プレス、プラスチック成形等のいわば3K職種的色合いの濃い加工技術から構成される「基盤的技術」の充実が、一国や地域の産業の展開力を支えているという。それらの技術は、基幹産業が交替してもかわることなくもっとも基本的なものとして必要とされる部分だからである。彼は中小零細企業の担う機械・金属加工工業を念頭に置いているのだが、鉄鋼業もまた「基盤的技術」と深い関わりをもっているのではないだろうか。

 鉄鋼は、金属加工工業にとって素材にあたるものである。鉄鋼の生産技術とその成果としての鋼材の品質は、2次加工や組立加工に大きく影響する。日米の鉄鋼技術水準を示す歴史的事例をあげてみよう。1960年代初頭には、国産の広幅薄鋼板は品質がばらついており、「八幡製鉄と富士製鉄の板とでは、安定な作業条件が変わってくる。ところがU・S・スチールやアームコ製鉄の板は、同じ板厚のものなら、いつでもそのまま絞れるし、国産各社の板をプレスしたままの作業条件でも、ちゃんと絞れる」という状況であった3)。しかし、この彼我の力の差は1980年代にはまったく逆になる。厚物プレスについて、日本企業の場合は2oの板厚に対して±0.16o以内と厳しくトレランスが管理されている鋼材を使用しているので、金型の構造が単純ですむが、板厚が±0.32oの範囲でいっぱいにブレ、しかも厚めにばらつくアメリカ製鋼材を使った場合には、金型の型構造そのものも頑丈につくり、しかも外型のさらに外からプレス時に改めて締め付けねばならない、という例が報告されている4)

 また個別的に見ても、関があげている「基盤的技術」の事例の多くが、鉄鋼業の製造工程にも含まれている。鉄鋼業の技術は、この他にも電気、化学、計測、コンピュータなど多くの種類の技術を含んでいるが、全体として一国の産業の展開力を左右するものであり、「基盤的」な役割を果たしているといえそうである。

 では、こうした鉄鋼製造の技術は、どのような工場・企業に担われ、生産システムを支えているのであろうか。本稿では銑鋼一貫工程を取り上げてみていこう。

 銑鋼一貫工程は、技術論的に言えば製銑・製鋼工程が装置型、圧延工程が機械型である。これに加えて、自家発電や各種の排熱利用が行われる動力型という性格も持つ複合型の技術構成である。次にマテリアル・フローに即してみれば、原料処理から製銑工程までは「収斂」型であるが、それ以降は同一の溶鋼から多種多様な鋼材をつくりわける「拡散」型である。主要設備は、その装置的性格から巨大化によるスケール・メリットの活用が追求され、また溶銑・溶鋼の処理や重量物の運搬の必要性から、主要工程が一カ所に密集配置される傾向を持っている5)。したがって、銑鋼一貫製鉄所のメインの生産ラインを大量の原材料が流れていく、典型的な大量生産方式をとることになるのである。これは、受注が多品種・小ロット化の傾向を強めている今日でも変わっていない。

 このため、冶金・金属加工の様々な技術もまた、メインの大量生産ラインそのものに埋め込まれることになる。関のあげる具体例に即してみても、連続鋳造機は鋳造そのものであり、圧延もまた金属の一次加工そのものである。焼鈍は熱処理技術であり、表面処理にはめっき技術が必要である。工程ないし工場のレベルで考えた場合、鉄鋼製造技術の担い手は銑鋼一貫製鉄所という巨大な工場結合体なのであり、この点は中小零細の機械・金属加工工場の集積が担う加工組立産業とは異なっているのである。

2 銑鋼一貫製鉄所の労働組織

 しかし、企業のレベルで技術の担い手をみた場合には、また別の観点が必要である。製鉄所構内では、多くの社外企業・社外工が活用されているからである。鉄鋼業における社外企業・社外工の研究は近年は少なく、筆者の知る限りでは、北海道大学教育学部付属産業教育計画研究施設のスタッフを中心とするグループ(以下「産研グループ」と呼ぶ)による高炉メーカーY社の調査研究がもっとも詳細である。彼らの研究に依拠しながら本工・社外工を含めての労働組織を概観しておこう6)

 「産研グループ」の集計によれば、1978年から91年にかけて大手製鉄所の本工・社外工(作業請負のみ)の数はともに減少している。しかし、その減少率は、本工が44.5%138588人→76888人)と、社外工の14.2%114412人→98150人)を大幅に上回っている。そして、社外工比率は、45.2%から56.1%に上昇している7)

 高炉メーカーに直接雇用される本工の削減は、単に生産量の減少に伴うものではなく、工程の自動化・システム化の進展によるものでもあった。削減は主に退職後不補充と出向という形で行われた。出向には、@個々バラバラに社外企業・系列企業へ出向、A業務も労働者も含めた「丸ごと出向」、B分社化による出向、の三つのタイプがある8)。このうち分社化にはまた、複合経営の推進と余剰人員の受け皿づくりという二つの目的がある9)

 一方、社外工の再編成は、Y社の下請外注政策に沿って進められてきたが、そのアウトラインは4項目に整理されている。@「1業種1社制」に向けたおおがかりな社外企業の再編、A各種作業を「人(本工出向者)もラインも丸ごと」業務移管する手法の登場、B社外企業における「自主整備体制」の強化、C各種インセンティヴ制度の活用、である10)。「1業種1社制」とは作業種別に請負企業を1社に絞ることであるが、Y社の旧製鉄所であるA製鉄所(北海道所在)の場合、製鉄所の中核的企業育成政策と同時に、生産過程の自動化・システム化があって可能になったものである。自動化・システム化によって付帯作業の消滅またはライン化・システム化が進展し、メイン企業がこれらを一括して請け負うことが重要となったのである。また「丸ごと移管」を含む社外工職場の拡大を作業請負についてみると、基幹工程の一部にも社外工職場が形成されている。特にA製鉄所や新鋭製鉄所のひとつB製鉄所(関東所在)の圧延工程では、精製や製品自動倉庫が、社外企業の自前設備で担われている。社外企業の育成にあたっては出向者の果たす役割が小さくない。社外企業からみれば、製鉄所への売上依存度が高いために出向者を受け入れざるを得ないという側面と、良質な労働力の確保という点で出向者に依存するという側面がみられる。以上のように社外工制度は製鉄所の生産ラインの深部に入り込んでおり、これまで言われてきた生産変動に伴う雇用調整機能という側面は希薄化したというのである11)

 これらの特徴のうち、下請企業の役割の重要性という点は、加工組立産業の生産分業構造について言われていることと符合する。しかし、いま現在、構内作業請負が拡大しているという点は、リストラクチャリング下での部品内製化という、大手組立メーカーの動きとは異なっていることも注意する必要があるだろう。

V 技術・技能とフレキシビリティ

 次に、石油危機以降の時期を念頭に置いて、生産システムを支える技術・技能の役割を具体的にみよう。一般に生産システムの性格や発展の方向は、市場の要求や競争構造に対する企業の戦略と行動様式をあらわしている。この時期の高炉メーカーの場合、@生産量そのものの大幅拡大が見込めないという条件下で、A受注の高級化・多品種・小ロット・短納期化に対応することが、特に重要となっていたと思われる。このような課題に対する高炉メーカーの対応を、設備・技術の構成、生産管理の側面と、労働組織と技能の側面から論じていく。なお、このほか技術開発の問題があるが、製品開発を中心に別稿で論じたので参照されたい12)

1 技術構成とフレキシビリティ

 鉄鋼業の生産システムを生産技術・設備の側面から考える上で重要なことは、現在の銑鋼一貫体制の範囲内で考える限り、自動化という流れが基本になるということである。近年の加工組立産業では、あえてラインの自動化水準を落としつつ、簡潔な工程で生産性を向上させる手法がしばしばとられているが、銑鋼一貫体制の場合、そうした手法は基幹工程ではほとんど選択の余地がない。生産ラインの簡素化という課題への対策としては、@電炉製鋼法との分業や高炉法にかわる新たな製鉄技術の開発など、技術を大幅に組み替えるか、A現在の高炉法・転炉法による銑鋼一貫体制自体をFMS(フレキシブル・マニュファクチャリング・システム)化、CIM(コンピュータ統合生産)化するか、という選択肢になってくる。そして現在までのところ後者によって、生産システムに要求される諸課題の解決が図られてきたのである。

 岡本博公の一連の研究は、大量生産と多品種・多仕様・短納期要求との調整の難しさに注目している13)。岡本によれば、困難は二つある。@大量生産に多品種・多仕様生産を組み込みながら、効率性を保つこと、A見込み生産では在庫コストが避けられず、受注生産では納期が長期化すること、である。岡本は、ここから、予測の精度を高め、計画時間と生産リードタイムを短縮する生産・販売統合システムが求められるとし、とりわけオーダー・エントリー・システムを計画と受注情報との調整過程の要の位置にあるものと位置づけ、見込み生産を事実上の受注生産に置き換えるその機能を明らかにしている。

 また、情報システムに重点を置いた井上義祐の研究によれば、鉄鋼業では1965年頃より事実上CIMの概念の萌芽がみられたのであり、一過性のブームに終わったかに見えた60年代のMIS(経営情報システム)の導入も、その後の発展に生きているという14)。井上の研究からは、当初増産への対応を目的としていたシステムが、多品種・小ロット生産の管理の基礎ともなったことが読みとれる。

 こうして生産・販売の管理システムに関する研究は少ないながらも着実に進められている。一方、生産技術・設備・ライン自体の構成とフレキシビリティについては、岡本・井上によってその重要性が指摘されており、80年代初頭までは岡本によって分析されてもいるが15)、それ以降については実証研究が後れている分野である。後述する新技術開発の意義を明らかにするためにも、従来どのような技術が効率的な大量生産とフレキシビリティの両立を支えてきたかを分析することが必要であろう。

 また、1991年以降の不況に際して、薄板類では高級鋼材ほど採算が悪化し、多品種・小ロット・短納期化についても一定の見直しがなされたことを踏まえるならば、リストラクチャリング下では従来の生産システムの発展方向に軌道修正が加えられているとも考えられる16)。その内容を問い、次世代の生産システムが備えるべき特徴を明らかにする必要があるだろう。

 なお、自動化は生産システム発展の基本ではあるが、そこには限界もある。日本鉄鋼連盟の調査に対する各社の回答によれば17)、各工程の中心的な部分で、なお熟練作業が残存しており、その単純作業化や自動化は困難であるという。その理由は、大きく分けて三つある。@未定量化現象で作業がマニュアル化されていないこと、A熟練作業代替機器が未開発であること、B自動化設備投資が大きく、経済性が見合わないこと、である。また、注目すべきことは、自動化技術によっても熟練作業の伝承は不要とはならないという見解が見られることである。その理由として、a)オペレータによる微調整介入が必要であること、b)自動化技術では突発・異常といった非定常時の対応が不可能であること、があげられている。

 このような技術構成と管理システムの現状からすると、労働者・労働組織の側には、自動化・システム化された設備の下で要求される技能と、なお自動化・システム化の困難な作業において要求される技能があるということになるだろう。

2 労働組織・技能とフレキシビリティ

 労働組織・技能をめぐっては、主に二つの問題があると思われる。ひとつは、労働組織を構成する各部分と相互の機能的連関が、どのように技能の向上、技術の改善・革新に貢献してきたかということである。もうひとつは、自動化・システム化の推進と人員削減のもとで、どのような技能の変容があり、また求められているかということである。

(1)本工労働のフレキシビリティと技能

 高炉メーカー本体については、「産研グループ」の研究の他、広く経営者から生産労働者までも視野に入れた企業組織論の領域での米倉誠一郎、永田晃也の研究がある。米倉の研究は別稿で取り上げたので18)、ここでは「産研グループ」の報告書と永田(晃)論文を中心に整理していこう。

 まず「多能工化」とローテーションの問題である。「産研グループ」によれば、本工の徹底削減という前提のもとで、少数精鋭化として「多能工化」が進められている。生産労働者の「多能工化」は、職場単位=工長単位まではすでに完了しており、さらに広い範囲がめざされている。特にA製鉄所の棒鋼工場では、「機動班」という、時々の仕事の状況に応じて各職場に機動的に配置される要員制度までが導入された19)

 ライン作業以外への「多能工化」は、ラインのメンテナンスをラインマンに分担させる方向ですすめられている。ただし、これも一様ではない。「産研グループ」の研究から整理すると、ラインマンの職域拡大・整備技能取得には二つの段階がみられる。新鋭のB製鉄所やE製鉄所(九州)では、199192年にTPM(Total Productive Maintenance)が導入されたが、ラインマンの分担は、シフトの中での簡単な点検とメンテナンスのための正確な情報伝達・事前準備に限定されていた20)。ところが、A製鉄所ではさらに進んで、85年以降、各工場が順次「自主整備体制」に移行した。メンテナンスを担っていた設備部のうちの「地区整備」の組織が解体され、「地区整備」の機能であった日常点検や工事指示書の発行等は、各工場のラインマンが担当するようになったのである。これに伴い、ラインマン整備技能教育がOff JTで独自に取り組まれるようになっている。とはいえ、メンテナンスマンの育成はいぜんとして行われており、その労働も整備支援システムの導入によって、いっそう知的判断や広範囲の知識が要求されるようになってきているとのことである21)

 永田(晃)論文は、こうした「多能工化」とローテーションが技術革新に促進的に作用することを強調している。特に興味深い事例は、新日鉄君津製鉄所における「人工知能(AI)を用いた高炉操業管理システム」の開発である。永田(晃)によれば、開発を担当した高炉操業のベテラン技能者と電気計測技術室の若手技術者の間に体験の共有があり、それが対話を成立させ、操業の知識をロジックにすることを可能にさせた。この体験の共有を可能にした制度が広範な職務間のローテーションだったというのである22)

 「産研グループ」もAI化について永田(晃)と類似の事例をとりあげている。ただし彼らは、ここでも人員削減と急速な自動化が前提であり、その中で技能の伝承が困難になっていること、それゆえにAI化、システム化によって経験的熟練を客観化することが必要になっていることを強調している。また、彼らはAI化の進展に伴う技能の変化を追跡しているが、それは、二つに整理できるようである。ひとつは、AI化によって、労働者には経験的熟練よりもAI化された知識を理解し、そこから新たな知識を造っていくという作業になるだろうということである。もう一つは、鉄鋼連盟の調査と同様の見解であるが、AI化にも限度があり、非定常的な作業を中心に経験的熟練が依然として必要とされているということである23)

 小集団活動の一種である自主管理(JK)活動についての研究も米倉・野中郁次郎、仁田道夫、「産研グループ」によって行われている24)。それぞれ方法・視角は異なるが、能力開発に一定の役割を果たしていることが指摘されている。ただし、JK活動が生産性向上や能力開発の諸活動の中でどのような位置と比重を持っているかについては、なお検証が必要と思われる。

(2)社外工・社外企業の技能と経営

 前述したように、大手製鉄所は一業種一社制による社外企業の選択的育成に取り組んできたが、その結果、自前設備を持ち、「自主管理」する企業までも出現している。ここにはいわゆる下請企業の自立性をめぐる問題があるが、ここでは「産研グループ」などの研究成果から、技術・技能の問題をとりだして整理しよう25)

 まず、「多能工化」や能力開発の制度については、社外企業での整備は不均等である。社外企業は出向者を即戦力とする反面、新規採用を柱とした人材育成を進める余裕のないままに彼らに依存してしまうケースもあり、また、親企業から見ても、出向者や業務移管が増えるほど、技能教育が、体制が整備されていない社外企業に委ねられるという問題がある。3交代を初めとする労働条件の悪さや、親企業に比べて賃金水準が低いことが従業員の定着率を悪化させたり、出向者の労働意欲を損なっていることも否定できないようである。

 制御技術部門や情報システム部門が分社化された企業や、社外企業の中でも全国的大企業では「鉄ばなれ」を含む事業展開を遂げており、その他の企業も製鉄所・鉄鋼業への売上高依存度を低下させつつある。しかし、鉄鋼業の社外企業は、構内作業に特有の問題を抱えている。例えば自前設備を持つ社外企業は、高度な技術を保有しているが、成長しようとすれば親企業の生産ラインに直接的に深く組み込まれざるを得ない。他にも、Y社の指名業者でその仕事を優先させねばならないことや、出向者を鉄鋼以外の事業に活用できないことなど、異業種への展開を難しくする条件があるという。こうして、出向と業務移管の拡大の中で、「構内下請」というイメージにそぐわないほど社外企業の経営体質および技術力が強化されていることは確かであるが、そのことが必ずしも製鉄所以外への事業展開を容易にするとは限らないというのである。

W リストラクチャリング下の技術・生産システム

 アジア諸国鉄鋼業の急速な成長と需要産業の海外進出の進展によって、世界最高の技術水準を誇ると言われた日本の銑鋼一貫体制も岐路に立たされている。ここでは、リストラクチャリング下で技術・生産システムの再編を左右する要因は何かを考えていこう。

1 設備更新と新技術開発

(1)設備更新問題

 西山知哉の詳細な調査によれば26)、鉄鋼業の稼働設備のヴィンテージ(平均年齢)は、1972年の4.9年から91年の8.8年に上昇している。高炉への微粉炭吹込によってコークス炉への負荷を減らすなど、設備の延命を図る技術が導入されてはいるが、今後、主要設備が順次更新の時期を迎えることは避けられない。

 西山の計算では、現在の生産能力を維持しようとすれば、資本ストック統計からみて1993年度から2000年度までの機械年平均更新所要額は5268億円にのぼる。90年度前後の拡張投資を含む機械設備の増加額が45006000億円であったことを考えれば、かなりの額である。また、主要設備毎にみると、同期間に更新が必要な割合は高炉で39.1%、連続鋳造設備で33.5%、熱間圧延設備で58.7%、冷間圧延設備で69.4%にのぼっている。

 ここで想起すべきは、1970年代のアメリカ鉄鋼業が類似の状況に直面していたことである。当時アメリカ高炉メーカーは、とうに競争力を失っていた老朽化設備すべてを維持・更新するという非現実的な方針から必要投資額を算出し、それを捻出できない理由を不公正貿易や重税という外部要因に求めていた。その結果は、8283年鉄鋼不況を契機とした生産能力の激減、労働者の大量レイオフ・解雇であった27)。現在の日本は当時のアメリカほどに設備の老朽化が進んでいないとはいえ、設備更新に関する中・長期の戦略と選択肢を、正面からとりあげるべき時期に来ているように思われる。

 ただし、山家公雄が指摘するように、画期的な新技術が将来実用化されることが見込まれる場合、従来の設備をそのまま更新したのではかえって競争力をそぐ危険がある28)。次に述べる新技術との関係が問題になってくるのである。

(2)新技術開発と生産システム

 現在、注目されている新技術には、すでに電炉メーカーを中心に実用化されている薄スラブ連続鋳造のほか、実証機の建設段階にあるストリップ・キャスター、パイロット・プラントが操業中の溶融還元法などがある。この他、新製鋼プロセス、半凝固加工プロセスなどの開発も進められている。これらの多くは従来の銑鋼一貫体制の問題点に対応して、生産システムをフレキシブル化すると期待されている。

 第一に、高級鋼材の多品種生産についても抜本的に生産コストを下げられることである。新技術は、いずれも工程の統合・簡素化、省エネルギーによってこれに貢献するものと期待されている。例えば溶融還元法は高炉を代替もしくは補完する製銑技術であるが、粉炭・粉鉱を使用できるのでコークス炉・焼結炉を必要としない。第二に、生産量調整に対応するフレキシビリティの強化である。これは、特に高炉に比べて火入れ・吹止めの容易な溶融還元法に期待されている。第三に、最終製品に近いものを一工程でつくりだすニア・ネット・シェイプ加工による生産リードタイムの短縮である。例えば現在主流の冷延鋼板製造プロセスは、連続鋳造機→加熱炉→粗圧延機(熱間)→仕上げ圧延機(熱間)→酸洗機→冷間圧延機→連続焼鈍設備となっているが、薄スラブ連鋳は加熱炉・粗圧延機を不要とし、もっともすすんだストリップ・キャスターは加熱炉から冷間圧延機までを不要にしてしまうのである。こうした期待の妥当性や、実際の新技術の実用化と既存技術での設備更新の代替関係、それぞれの選択肢が生産能力の配置や雇用に及ぼす影響、などを調べる必要がある。

2 海外展開の現状と展望

 鉄鋼業では、これまでのところ原料開発を除けば、加工組立産業ほどの大規模な海外直接投資はなされていない。海外進出の展開パターンは大きく分けて三つある。第一に、北米における合弁企業の設立である。その中でも、銑鋼一貫工程のものと、冷延・亜鉛めっきなど川下工程に限ったものの二つのタイプがある。第二に、アジア諸国への進出であり、これは冷延工程以降に限った直接投資か、技術指導が多い。第三に、高度成長期から続いているブラジル企業への資本参加・技術指導がある。こうした海外展開について、高炉メーカーの海外戦略の全体像をにらんで論じたものは少ない。山家の調査と、業界の当事者である佐久間徳の論文が貴重である29)

 ところで加工組立産業の場合、関が「アジア・ネットワーク型産業展開」と呼んでいるように、「プロトタイプ創出機能」など中核部分を日本にある程度確保しつつ、アジア各国との分業をすすめ、技術的関係を緊密に保っていくというコースが考えられている30)。しかし、鉄鋼業の場合、エンジニアリング事業を通じた技術交流は盛んであるものの、在外生産を通じたネットワーク展開には独特の困難がある。佐久間論文を参考にしつつ、まとめてみよう。

 まず一貫体制ワンセットの投資は、投資金額としても約1兆円と膨大である上に、少なくとも300万トンの供給能力を追加することになる。供給不足と過剰能力の間を振動してきた鉄鋼業の歴史を知る高炉メーカーは、慎重にならざるを得ない。また途上国では、工業化の過程で国家的プロジェクトになることが多く、政治問題となりやすい。さらに、特に川上工程では多くの種類の技術・インフラストラクチュアが必要であることが、プロジェクトを複雑にする。また、工程の一部を海外に進出させることも、前述した技術特性からいって、必ずしもコスト節減につながらないのである。このため、市場確保を目的とした冷延工程以降の投資だけが、比較的進出しやすい分野となっている。

 このように、鉄鋼業では「アジア・ネットワーク」のような形が必ずしも見えてこず、むしろ国内に生産能力を確保すべくリストラがなされるという方向がとられている。現実的な見通しとしても、アジア地域での鋼材需要がタイトであるため、中国・韓国・台湾で計画中の能力拡張投資が実現するまでは、急激な能力縮小を迫られることはないと思われる。

 しかし、近年の輸入鋼や電炉製品の台頭からみて、次第に製品のグレードに対応した分業を迫られてくることもまた、予想できる。規格品の線材、棒鋼、形鋼、さらに薄板の一部では、コスト的にみて、高炉メーカーの系列企業を含む電炉メーカーや、中進国・発展途上国の高炉メーカーの競争力が強まっていくだろう。一方、薄板類を中心としつつ、厚板、一部の特殊な形鋼や線材を含めた高級鋼材は、日本の高炉メーカーにとって優位を保ちやすい部分である。しかし、前述したように、銑鋼一貫体制ではどうしても大量生産を要請されるため、高級鋼材への特化を進めた場合には、従来以上に稼働率が問題とならざるを得ないのである。

 ただし、この条件は、設備更新と新技術の実用化によって、ある程度変化させられる可能性がある。生産技術の革新、設備更新、海外展開のあり方によって、リストラと国際競争の行方が大きく左右されるわけである。この点は議論の全体に関わるので、節を改めてまとめよう。

X 今後の研究課題

 以上、駆け足ではあるが、日本鉄鋼業の生産システムをめぐる問題の所在と、先行研究の到達点をみてきた。これらを踏まえると、今後の調査・研究課題は、以下のように整理される。

1 技術・生産システムと国際競争の展望

 まず、今後、日本鉄鋼業にどのような技術構成、生産システムが展望できるのかということである。生産システムを左右する主な要因は、技術・設備構成の面では設備更新、新技術の実用化、海外展開、電炉との分業であり、これに後述する技能と労働の問題が加わる。それらが総合されて製鉄所群が再編成されることになるだろう。

 しかし、より短いスパンでみれば、高炉メーカーがすすめている品種別損益管理や多品種・小ロット・短納期化の見直しが、結果として各製鉄所の役割とポテンシャルを問うことになると思われる31)。すなわち、多様な製品をつくる銑鋼一貫体制が保持される製鉄所、生産品種を特化するか、あるいは鉄源・半製品供給基地となる製鉄所、系列電炉工場とのすみわけなどと、設備集約と分業が進められることになるだろう。

 生産・販売統合システムにおいても、多品種・小ロット・短納期化の見直しを契機として、岡本や井上の解明したシステムがある程度変貌していくものと予想される。また鉄鋼業界はEC(電子商取引)をにらんだ情報システムの再編をめざしており、それが生産技術の再編とどのように対応するかが注目される。

 おそらく、その次の段階で、国際競争の中でどれだけの銑鋼一貫製鉄所を維持できるか、設備更新と新技術の実用化、海外展開をいかに組み合わせるべきかが問われてくるだろう。同じくフレキシブルな新技術を基礎としても、どのような競争戦略に導かれるかによって、生産システムと競争構造のシナリオはかわってくる。極端に言えば、@あらゆる品種を低コストで大量につくりわける総合メーカーの地位を維持する方向と、A高級品の専門メーカー化へ向かう方向がある。このうち前者は、過剰生産を覚悟で規格品を含めて韓国・台湾・中国のメーカーと激しく価格競争を展開するというシナリオにつながりやすい。また後者は、生産縮小と製品分野の絞り込みにつながっていく。これ以外にも、新技術が銑鋼一貫体制の制約を緩和することを利用した「アジア・ネットワーク型産業展開」、通商協定による国際的調整などが考えられる。いずれにしても、日本鉄鋼業の長期的な競争戦略・生産システムの選択肢と、その可能性、社会的影響を検討すべき時期に来ていると思われる。それとの関わりで、従来の生産システム、従来のフレキシビリティ追求の到達点と限界もあらためて明確にしておく必要がある。

 同時に、いかなる戦略をとるにせよ、技術発展のポテンシャルを失わないために国内に確保すべき生産能力の水準・構成が問われてくるだろう。関が言う「マニュファクチュアリング・ミニマム」の問題であるが、鉄鋼業研究にあたっても念頭に置くべきである32)

2 技能の変容と継承問題

 永田(晃)や「産研グループ」の調査からは、技能の変容に関わる仮説を立てることができそうである。すなわち、@技術開発プロセスでは「技能の技術化」という連続性が見られるが、A新技術の確立とともに「経験の伝承から客観化された知識の理解へ」とでもいうべき流れが強まり、しかし、B「経験の伝承」の必要性がなくなるには至らない、という三つの側面がからみあっているようである。これに対応して事例研究を重ねる必要がある。

 その際、鉄鋼業の技能をめぐる問題を、日本的生産システム・日本企業の一般的特性の事例としてのみ論じることは、もはや難しいだろう。「産研グループ」が解明したように、人員削減と自動化・システム化を重要な内容とするリストラクチャリングとの関わりでとらえねばならないからである。親会社の求める人員削減・出向という「数量的フレキシビリティ」を梃子にして、本工の能力開発や社外企業の技術力の育成という、「機能的フレキシビリティ」が促進されるという関係である。問題は、前者が行きすぎれば後者が阻害されるのではないか、つまり技能の「技術化」と伝承が緊急の課題となっているまさにその時、その手だてをとることが厳しい人員削減のために困難にならないのかということである。

 このような厳しい条件下で、永田(晃)や米倉が強調してきた、ベテラン技能者、知識技術者、企業家的技術者、技術者的経営者といった、企業の各層の「体験の共有」や「現場への信頼」を生み出す構造が揺らぐことが考えられる。一方では、「産研グループ」が「ブルーカラーのグレーカラー化」と呼んでいるように、少数精鋭化されたラインマン・メンテナンスマンの労働が知的性格を帯びつつあり、かつ、両者の分業は新しい形で生じてくるという複雑な関係になっている。こうした分業構造の再編に即しても、新たに要求される技能・労働組織と、従来築き上げてきた技能・労働組織がどのように継承、あるいは断絶の関係にあるかをさらに検証する必要があるだろう。

※本稿は、平成7年度文部省科学研究費(一般研究C 課題番号06630034)の研究成果の一部である。

1) 筆者は技術・技能・生産システムの概念を以下のように理解している。まず技術を、機械・装置が工程・産業連関に即して配置され、ソフトウェアや作業マニュアルに従って機能しているありさま、つまり労働手段のシステムを中心にとらえている。また技能を、技術に関する肉体的・精神的な労働能力として、生産システムを、技術・労働・原材料など生産要素が工程に即して結合したものとして考えている。なお本稿と類似の問題意識に基づく論文として十名直喜「鉄鋼業における熟練・技能の特質と継承問題(上)(下)」『名古屋学院大学論集』第31巻第1号、第2号、19947月、10月があり、全編にわたって参照したことを記しておく。

2) 以下、「基盤的技術」論は関満博『フルセット型産業構造を超えて』中公新書、1993年、第34章を参照。

3) 自動車メーカー技術者の発言を、高橋昇『日本の金属産業』勁草書房、1965年、36頁より引用。

4) 清A一郎「曖昧な発注、無限の要求による品質・技術水準の向上」(中央大学経済研究所編『自動車産業の国際化と生産システム』中央大学出版部、1990年、213-214頁。

5) このような性格づけについては、十名、前掲論文(上)を参照。

6) 「産研グループ」の主な研究成果は、『経済構造転換期の産業合理化の特質と人材養成の課題についての実証的研究』平成45年度科学研究費補助金(総合研究A)研究成果報告書、19943月、『鉄鋼業のリストラクチャリングと重層的労働力編成の現段階』(『北海道大学教育学部付属産業教育計画研究施設研究報告書』第46号)、19953月、である。

7) 永田萬享「『合理化』とリストラクチャリングの現状」(『鉄鋼業の……』所収)12頁。

8) 同上、36頁。

9) 町井輝久「分社化と出向問題」(『鉄鋼業の……』所収)123頁。

10) 長沼信之「基幹工程における社外企業の再編成と『能力開発』」(『鉄鋼業の……』所収)134頁。

11) 同上論文、また町井「鉄鋼社外企業のリストラクチャリングと社外工労働力編成」、長沼「圧延部門における社外企業の変容と雇用構造」(ともに『経済構造転換期の……』所収)も参照。

12) 川端「日本高炉メーカーにおける製品開発」(明石芳彦・植田浩史編『日本企業の研究開発システム』東京大学出版会、1995年)。

13) 岡本博公の見解は、同『現代企業の生・販統合』新評論、1995年、と、その基礎になった論文からまとめた。

14) 井上義祐「日本企業における情報化の進展」(戦後日本経営研究会編著『戦後日本の企業経営』文眞堂、1991年)、同「日本の鉄鋼業とCIM」(同志社大学人文科学研究所編『技術革新と産業社会』中央経済社、1994年)。

15) 岡本『現代鉄鋼企業の類型分析』ミネルヴァ書房、1984年。

16) さしあたり、川端「日本高炉メーカー……」とその1節で検討した諸論文を参照。

17) この段落の叙述は、日本鉄鋼連盟『人にやさしい製鉄技術に関する調査研究報告書:技術・技能の伝承の必要性』機械振興協会経済研究所、19934月、による。

18) 川端「戦後日本鉄鋼業における技術・経済・経営」『季刊経済研究』第16巻第2号、19939月。なお、この拙稿で米倉説の理論的な一貫性を強調するあまり、「米倉は個々の事実関係の実証については、それほどの新発見をしているわけではない」と論証抜きに記した。不遜な物言いであり、ここで撤回させていただきたい。

19) この段落の記述は、主に藤澤建二「生産工程の概要と労働力編制の特質」(『鉄鋼業の……』所収)を参照。

20) B、E製鉄所のTPMについては藤澤「鉄鋼大手製鉄所の生産過程と本工労働の特質」(『経済構造転換期の……』所収)参照。

21) 以上の点は藤澤「生産工程の……」、藤澤・永田(萬)「『能力主義管理』の現段階と『能力開発』」(『鉄鋼業の……』所収)、永田(萬)「新鋭製鉄所における労働と教育訓練」(『経済構造転換期の……』所収)を参照。

22) この段落は、永田晃也「日本鉄鋼業のプロセス・イノベーションと人的資源」(野中郁次郎・永田〔晃〕編著『日本型イノベーション・システム』白桃書房、1995年)よりまとめた。

23) 以上については、藤澤「生産工程の……」、永田(萬)「新鋭製鉄所における……」を参照。

24) 「産研グループ」の報告書のほか、米倉誠一郎・野中「グループ・ダイナミクスのイノベーション」『商学研究』第25号、19845月、仁田道夫『日本の労働者参加』東京大学出版会、1988年、を参照。

25) この項は、主として長沼「圧延部門における社外企業の変容と雇用構造」、佐藤真「製鋼部門における社外企業の再編と労働力編成の特質」(ともに『経済構造転換期の……』所収)、長沼「基幹工程における……」、木村保茂「工事請負社外企業の再編成と出向問題・『能力開発』」(ともに『鉄鋼業の……』所収)からまとめた。社外企業の動向については佐口和郎「新日鉄『中期総合計画』と地域雇用問題」(戸塚秀夫・兵藤サ『地域社会と労働組合』日本経済評論社、1995年)、出向者の労働条件の悪さや意識動向は、Kamada, Toshiko, Japanese Management and the Loaning of Labour, in Tony Elger and Chris Smith ed., Global Japanization?, London and New York, Routledge, 1994,も参考にした。

26) 西山知哉「鉄鋼業の設備投資の展望と課題」日本開発銀行『調査』第172号、19935月、を参照。

27) この経過については、川端望「アメリカ鉄鋼業界のダンピング批判と『資本不足』論」研究年報『経済学』第53巻第2号、199111月、Kawabata, Nozomu, "Technology, Management, and Industrial Relations of U.S. Integrated Steel Companies," Osaka City University Economic Review, Vol. 30, No. 12, January 1995,を参照。

28) 山家公雄「鉄鋼業の国際競争力を巡る課題について」日本開発銀行『調査』第197号、19953月、122頁。

29) 佐久間徳「日本鉄鋼業の海外ビジネス展開の背景と特質」(早稲田大学商学部・経済広報センター編『鉄鋼業のグローバル戦略』中央経済社、1994年)、山家、前掲論文。

30) 関『フルセット型……』第56章を参照。

31) 品種別損益管理については川端「日本高炉メーカー……」を参照。製鉄所単位の競争力を問う視点は平沼亮「生き残るのは君津・大分・名古屋・水島・千葉・福山・鹿島の七製鉄所」『エコノミスト』1994913日号、にみられる。

32) 「マニュファクチュアリング・ミニマム」とは、関「新たなステージに向かう地域産業」(関・西沢正樹編『地域産業時代の政策』新評論、1995年)25頁によれば「一国・地域が創造的な『モノづくり』を継承、発展させることのできる最低限の技術的な広がり」を指す概念である。

 


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