日米合弁鉄鋼企業の生産プロセス


最終メンテナンス:1997410

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第1  第2  第1  第2  第3  第4

余談:学生・院生時代の貧乏と冒険心のなさがたたり、初めての海外出張が初めての海外体験でもあった。英会話ができずに郵便局やらバーガーキングやらで立ち往生するのは予想通りだからまあいい。しかし、ふだんの心がけがよほど悪いのか、次々とトラブルに見舞われた。

  2カ月でこのくらいというのは普通なのか?やっぱり心がけが悪いのか?
  しかし、パソコンが壊れなかったことは幸いであった。19942月当時、アメリカへ持っていったパソコンはEPSON486NASという白黒画面のDOSマシンであった。Harmonyという今ではまったく聞かない統合ソフトでたいていの作業を行った。しかし、今にして思えば、2Kg以上もある機械を抱えてあちこち移動できたのが不思議でならない。

(以下本文)

はじめに

 本稿の課題は、日米合弁鉄鋼企業の生産技術・生産プロセスの特質を、Nスチール社(特にG製鉄所)、AIローリング(AIR)社、AIガルバナイジング(AIG)社の比較分析を通じて明らかにすることである1)

 日米合弁鉄鋼企業に関する先行研究は必ずしも多くないが、その競争力、労働組織・労使関係について注目すべき論点が提出されている。

 Martin KenneyRichard Floridaによれば、日本の鉄鋼企業の成功は、それらが実行してきた、イノベーションを媒介する新しい生産モデルにある2)。この新しい生産モデルは、労働者の知識と思考を、連続的な過程をなす改良の源泉として利用する。そうした改良は、次々と生産性の上昇や経済的価値の新しい諸源泉をもたらす。これが伝統的なテイラー・フォード・モデルに対する主要な優位点である。彼らは、このモデルが合弁企業を通じてアメリカに移転されつつあること、それが自動車産業の競争力を支え、さらに中西部の地域経済活性化に寄与するものと評価しているのである。

 また、Joel Cutcher- Gershenfeldらの研究グループは、「チームをベースにした労働システム」を@リーン生産システム、A社会・技術システム(STS)、Bオフラインのチーム、の三つに類型化しているが3)、日米合弁鉄鋼企業のAIR・AIGを、社会・技術システムの事例とみなしている。その特徴は、自律的作業集団による品質・安全への労働者の関与の拡大であり、また、アメリカ企業側のイニシアチブが強いということである。また、生産技術が「連続生産技術」の場合、STSが実行されやすくなることが指摘されている。

 さらに日本労働研究機構の「アメリカ鉄鋼産業の最近の労使関係の展開」に関する研究会(奥田健二座長)の成果によれば、1980年代末の時点においてアメリカ鉄鋼業の労使関係に七つのタイプがあり、日米合弁企業は、a)日本の企業との既存工場の共同運営をはかり、労使関係を協力的パートナー関係に改善しようと努力中のタイプ、b)日本企業との合弁会社を新設し、比較的小規模工場において、全く新規に柔軟かつ協調的労使関係を築こうとするタイプ、に分類される4)。Nスチールはa)に属し、AIR、AIGは明示されていないがb)とみなされているようである。また、経営・労使関係改革の中でも、職場作業組織の抜本的改革を伴うものに関心が集中しているとされ、事例としてNスチール、特にG製鉄所の試みが詳しく分析されている。執筆者の一人である仁田道夫は、既存の労使関係の伝統ある事業所での改革としてG製鉄所のケースに注目するとともに、b)タイプの新設事業所と比べて改革が容易でないことをも指摘している5)

 三つの研究は、労働組織への強い関心、自律的作業集団への高い評価という点では一致しており、生産システムを日本からの移転とみなすかどうか、また新しいシステムの定着度への評価では見解が分かれるようである。また注目すべきは、労働組織の特徴が、生産技術・生産プロセスの特徴と何らかの関係があることが示唆されていることである。とはいえ、技術・生産プロセス自体については、必ずしも立ち入って分析されているわけではない。

 筆者は、以下のような理由から、日米合弁鉄鋼企業の生産システムを分析する際には、その技術的基礎、すなわち生産技術・生産プロセスの分析をより重視すべきだと考えている6)

 まず鉄鋼業の場合、製銑・製鋼が化学的工程であることに加えて、マテリアルが液体、高温、重量物であるプロセスが多いことから、ハンドリングの機械化を特に重視せざるを得ない。この点、多くの加工組立産業とは異なっている。その一方で、製銑・製鋼が化学的なバッチ・プロセスであり、連続鋳造を経て圧延工程では機械的工程に変わるという複合的性格から、プロセスの連続化も容易ではない。この点、石油化学プラントに見られるパイプ・タンク・バルブの典型的装置体系とも異なっている。従って、生産の連続化や多品種・小ロット生産などの今日的な課題に対応する生産システムのポテンシャルが、機械・装置・施設のあり方によって大きく異なってくるのであり、その水準や構成、機能の分析が欠かせないのである。

 また、奥田らの研究成果も指摘するように、日米合弁鉄鋼企業の中には技術・生産プロセスを異にする複数のタイプがある。技術・生産プロセスの条件によって、プロセス自体を、また労使関係・労働組織を改革することの難易度や、要求される管理システムが異なってくることが予想されるのである。

 以上のように、本稿の視角は、生産システム研究の基礎作業として技術・生産プロセスの分析を行おうというものである。

T 日米合弁鉄鋼企業の設立

1 合弁企業設立の背景

 1980年代の半ば以降、アメリカに日米合弁鉄鋼企業が次々と設立された。このような設立ラッシュとも言える状況の背後には、日米鉄鋼業界のそれぞれの事情があった。ここではアメリカ銑鋼一貫メーカー7)の側を中心に見ておこう。

 1982-1983年の鉄鋼不況を引き金として、アメリカ一貫メーカーは本格的なリストラクチャリングを開始した。生産プロセス面では、@かつてない徹底した生産能力削減、A旧式設備の廃棄と生産性の高い設備への生産の集中、その結果としての川上工程からの一部撤退の動き、B川下工程、特に薄板類に集中した近代化の追求であった。

 このうち、積極的な方策であるBは、鋼材市場の動向を背景としていた。1980年代から90年代前半にかけてのアメリカ鋼材市場は、全体として量的成長をみこめないものであった。鋼材見掛消費でアメリカ国内の鋼材需要をあらわすと、1971-81年には年平均17466000トンであったが、82-92年には平均92893000トンに減少した(第1表)。減少率は13.6%である。薄板類の年平均需要についてみても、同期間に52042000トンから47879000トンへと、8.0%減少した8)

 しかし、薄板類、特に表面処理鋼板が市場に占める比重は高まっていた。見掛消費全体に占める薄板類の割合は、1971-81年の48.4%から82-92年の51.5%に増大した。特に、表面処理鋼板については、相対的のみならず絶対的にも需要が拡大していた。同期間に見掛消費は年平均8847000トンから年平均1264万トンへと実に42.9%も増加し、見掛消費全体に占める割合は8.2%から13.6%へと増大したのである。そして、表面処理鋼板の最大のユーザーは、車体の耐食性を強化しようとしていた自動車産業であった。1993年の全産業への鋼材出荷高に占める自動車産業向けの割合は、鋼材全品種についても14.3%とスチールサービスセンター向けに次ぐ大きさであるが、薄板類については21.7%であり、めっき鋼板に至っては37.6%にも達して最大の出荷先となっている(第1図)。
 また、線材、形鋼、棒鋼などでコスト上の優位を確立した電炉メーカー(ミニミル)が、1980年代後半に薄スラブ連続鋳造機の実用化によって、熱延鋼板・冷延鋼板にも進出を開始した。電炉品の薄板は建設用に用途が限られているものの、一貫メーカー製品の一部と競合し、その市場を狭めていることは確かであった。

 こうして、一貫メーカーが確保すべき市場は、高級鋼材、とりわけ表面処理鋼板を中心とする薄板類ということになった。しかし、そのためのリストラには二つの障壁があった。ひとつは、かつてない大幅赤字の中で信用度が低下し、設備投資に必要な資金を調達できなくなっていたこと、もう一つは、大規模な工場閉鎖・人員削減によって、開発能力と製造ノウハウが失われていたことである。

 一方、日本の一貫メーカーは、1970年代以来の貿易摩擦によって、輸出市場を拡大することが困難になっており、輸出依存度の高さとあいまって、海外戦略そのものの修正を迫られていた。技術的優位を生かすためには、在外生産拠点の設立が有効であった。しかしながら、初期投資の大きい鉄鋼業の場合、単独で在外生産を行うことはリスクが大きく、まして過剰能力を抱えていた当時のアメリカで大規模な能力拡張を行うことは得策ではなかった。

 この両者の利害から導き出された解が、合弁企業という形態であった。一定の注意を要するのは、ここにはアメリカ、日本それぞれの能動的な経営戦略が見られると言うことである。日本メーカーの在外生産というだけではなく、アメリカ一貫メーカーのリストラクチャリングとの兼ね合いで、両者の提携として理解されるべきであろう。後述するように、アメリカ一貫メーカーの親会社の立場からは、合弁企業が鉄鋼業から円滑に撤退するための手段とされたケースがある。しかし、その場合でさえも、一貫メーカー自体は消滅せずにリストラクチャリングが推進されているし、日本企業が最大株主となっても完全にそれに統合されてはいないのであり、その企業行動を日本側の論理のみから理解することはできないのである9)

2 企業・事業所類型の比較分析

日米合弁企業の企業類型

 さて、実際に設立された合弁企業の事業内容であるが、高炉法による銑鋼一貫生産(原料処理からめっき工程までを含むものとする)の全体あるいは一部に携わる日米合弁企業は10社ある。これらを、生産を行う事業所が一貫生産のどの部分を担当しているかによって類型化すると、大きく分けて二つの類型が認められる10)

 第一類型は、事業所の中核が銑鋼一貫製鉄所である企業である。Nスチールなど3社がこれにあたる。すべて、従来アメリカ一貫メーカーが保有していた製鉄所を引き継いでおり、Nスチールは複数の一貫製鉄所を保有している。2社は主な製品が薄板類であり、1社は高級棒鋼、鋼管である。この1社を含めて、主な最終需要先は自動車産業である。1990年代になって、3社のうち2社ではアメリカ側の親企業が経営から撤退し、日本企業が最大株主になった。同時に、株式が公開された。

 第二類型は、圧延・仕上げ工場のみを持つ企業である。AIR・AIGなど7社が存在する。いずれも単一の事業所のみを保有している。従来の工場を引き継いだものもあるが、多くは新設工場である。共通する特徴としては、AIRを除くと、すべて亜鉛めっき鋼板を製造しているということである。最終需要先はやはり自動車を中心とするものが多いが、建設業を中心とするケースもある。また、この類型はさらに、出資企業は同じでラインは連続しているが冷延工程とめっきラインを別々の合弁企業で受け持つAIR・AIG、めっき工程のみを持つ5社にわけられる。これに対応して、各工程に必要な半製品の供給ルートには若干の差異があるが、いずれも親企業のアメリカ一貫メーカーから供給を受けている。

 いずれの類型にしても、合弁企業が確保しようとしている最大の市場は自動車向け表面処理鋼板のそれである。もっとも、それがすべてというわけではない。図式化して言えば、付加価値の高い高級鋼材の生産を共通の前提としながら、@需要先としての自動車産業、A製品としての薄板類、Bとりわけ表面処理鋼板、という三つの市場戦略が重なり合っており、重ならない部分もある程度存在するということになるだろう(第2図)。
 この戦略を実行する根幹は技術・生産プロセスである。その特質をとらえるためには、2類型を比較分析する必要がある。以下、ケース・スタディとしてNスチール(特にG製鉄所)とAIR・AIGを取り上げていく。

Nスチール、AIR・AIGの企業・事業所類型

 まず、両社の企業・事業所類型を比較しよう。

 Nスチールはもともとアメリカの銑鋼一貫メーカーであったが、1983年に多角化に対応した組織再編が行われ、持株会社Nホールディング社の子会社の一つになった。そして、84年に日本のB製鉄の資本参加を受けたのである。当初B製鉄の持株比率は50%であったが90年に70%に増大した。934月には株式が公開された。既にNホールディング社は医薬品流通などに事業の重点を移していたが、94年にはほとんどの普通株を売却して鉄鋼業から撤退し、社名も変更した。952月現在、B製鉄の持株比率は67.6%となっている11)

 Nスチール全体の1994年の製品構成は、出荷高でみて熱延鋼板が42%、冷延鋼板が16%、表面処理鋼板が31%、厚板が1%未満となっている。薄板類に特化したメーカーであることがわかる。需要産業の構成は、出荷ベースでは不明であるが、収入構成でみると、自動車産業が28.5%、建設業が15.0%、容器産業が13.2%、鋼管製造業6.9%、サービスセンター17.9%、その他18.5%である12)。最大の顧客はGeneral Motors社である。

 Nスチールは複数の一貫製鉄所を持っている。主要な事業所はG製鉄所、M製鉄所、GC製鉄所の三カ所あり、いずれも合弁企業化以前からの製鉄所である13)

 G製鉄所はNスチールの主力をなす製鉄所であり、ミシガン州のデトロイトよりやや南方に位置している。高炉を中心とする製銑工程、純酸素上吹き転炉、連続鋳造機を中心とする製鋼工程、ホット・ストリップ・ミル、コールド・ストリップ・ミルを中心とする圧延工程、電気亜鉛めっきライン(EGL)など仕上げ工程を持つ銑鋼一貫製鉄所である。主要製品は、熱延鋼板、冷延鋼板、電気亜鉛めっき鋼板である。従業員は約3850名、粗鋼生産能力は年間360万トンである14)。マテリアル・フローは第3図のとおりである。生産された鋼材の直接のユーザーは、自動車産業30%、スチールサービスセンターなどの流通業者が10%、その他が10%である。50%は半製品としてM製鉄所に送られる。最終ユーザーは、自動車産業が70%、容器産業が15%である。本稿では、以下、この製鉄所を中心に取り上げる。

 GC製鉄所は銑鋼一貫製鉄所であり、イリノイ州に位置している。製銑・製鋼・圧延工程の他、仕上げ工程には溶融亜鉛めっきライン(CGL)を持ち、1995年にはその新設も決定されている。粗鋼生産能力は年間240万トン、従業員は2950名である。製品の20%は半製品としてM製鉄所へ送られる。

 M製鉄所はインディアナ州に位置している。コールド・ストリップ・ミル、電気ブリキめっきライン、溶融亜鉛めっきラインを持つ圧延・仕上げ工場である。原材料となるホット・コイルはG製鉄所、GC製鉄所から供給される。

 Nスチールは第一類型の合弁企業の好例であり、また、アメリカの銑鋼一貫メーカーのリストラクチャリングの性格をつかむ上でも典型となりうるケースである。

 一方、AIRは日本のA製鉄とアメリカのIスチール社によって1987年に設立された合弁企業であり、出資比率はA製鉄40%、Iスチール60%である。酸洗・冷延・焼鈍の連続ラインを持つ新設の圧延工場一カ所のみの単数事業所メーカーである。従業員は30015)。ホット・コイルはIスチールのI製鉄所から供給される。製品は冷延鋼板のみであり、年間生産能力は酸洗・冷延が145万トン、連続焼鈍が102万トンである。販売機能を持っておらず、製品の直接の引き取り手は、Iスチール、A製鉄の販売会社、AIGのみである。AIGへ送る部分以外では、家電メーカー、電機、スチール家具産業などが最終ユーザーとなっている。

 AIGもA製鉄とIスチールが1989年に設立した合弁企業であり、出資比率は50%ずつである。溶融亜鉛めっき・電気亜鉛めっきを行う新設の仕上げ工場一カ所のみの単数事業所メーカーである。従業員は300人。工場はAIRに隣接し、内部で連結している。製品は、各種の亜鉛系溶融めっき鋼板・電気めっき鋼板であり、年間生産能力はCGLが50万トン、EGLが40万トンである16)。製品のほぼ100%が自動車産業向けである。

 AIRとAIGの事業所は、一体的に管理されうる部分が多いものである。マテリアル・フローは第4図のようになる。そして、これらは、自動車用を含む高級鋼板を製造するために設立された圧延・仕上げ工場という点で、合弁企業の第二類型の性格をつかむ上で有効なケースである。

垂直統合と多角化の視点から見た位置づけ

 ところで、これらの企業が、銑鋼一貫体制という工程の流れの中で、また親企業の経営との関係でどのような位置にあるのかは、それ自身の企業・事業所類型からだけでは十分につかめない。そこで垂直統合と多角化という視点から補足しておく。

 Nスチールは銑鋼一貫生産全体を包含しているが、コークスは使用する全量を生産することができず、40%は外部より購入している。この他、子会社等を通じて鉄鉱石と石灰石のキャプティブ・マインを保有している。鉄鉱石の保有量はペレット5億トン相当とされており、また、石灰石はここ5年間の平均で60%を自給している。一方、1992年には石炭採掘業からの撤退を決定して資産売却を行っている17)。販売面では、全米6カ所の販売事業所を持つほか、B製鉄及び日本の総合商社2社との合弁で自動車産業向けにコイルの加工センターを所有している18)。小規模な研究・開発組織も存在し、50名を雇用している19)。かつての強固ですそ野の広い垂直統合が、80年代のリストラクチャリングをへて、原料採掘・処理と研究・開発などでかなり崩されていること、しかし生産面では基本的に銑鋼一貫体制の形が守られていることがわかる。また、大規模な多角化事業は行われていない。むしろ、Nホールディングの多角化と脱鉄鋼経営から分離されたのがNスチールだといえるだろう。経営機構は、以前のNスチールのものを引き継ぎ、改革を加えている。

 一方、AIR・AIGは、ホット・コイル製造以前の工程をIスチールの一貫製鉄所であるI製鉄所に依存している。また、経営上の位置が、AIRとAIGでは異なっている。AIRは、IスチールのリストラにA製鉄が協力したものであり、A製鉄からみればエンジニアリング事業をさらに推し進めたものと言ってもよい。実際、AIRの設立に先立って1984年にA製鉄とIスチールとの間で技術協力契約が締結され、A製鉄のエンジニアリング事業本部がI製鉄所の製鋼・熱延工程の改善に取り組んだのである。また、オーダーをIスチールが決めること、出資比率が64であることからみても、AIRは他の合弁企業に比べてアメリカ企業の主体性が強いと言えるだろう。これに対して、AIGは、A製鉄のアメリカ自動車鋼板市場獲得、日系自動車工場への供給という目的にも沿っており、双方が対等に参加する新会社と位置づけられるだろう20)。ただし、Iスチール本体にもA製鉄が14%資本参加しており、Iスチールの事業全体がA製鉄の支援を受けているという側面もある。

U 生産プロセスの比較分析

1 アメリカ鋼材市場の動向と多品種・小ロット・大量生産

 既に述べたように、合弁企業の市場戦略に共通するのは、高級鋼材の生産と言うことであった。その市場動向をより詳しく見ると、生産システムのあり方を規定するいくつかの特徴が見られる。

 第一に、高級化のニーズが厳しくなってきたということである。例えば、1980年代後半以降、アメリカ自動車メーカーが製品開発に努力を傾注すると同時に、日本メーカーの在米生産拠点が次々に稼働し始め、両者とも材料となる鋼板に様々な要求を突きつけてきた。前述した車体の耐食性はもちろんのこと、軽量化とそれを補う高張力化、成形性、溶接性、塗装性、表面の均一性、鮮映性(表面の美しさ)などである。1987年には自動車メーカーと鉄鋼メーカーとのコンソーシアムであるAuto/ Steel Partnershipが設立され、従来必ずしも密接でなかった両者の技術交流が活発になり始めた。現在では、鉄鋼メーカーの技術スタッフやマーケティング・スタッフは、自動車メーカーの要求を、製造予定に5年先立って把握しようと努めているという21)。鉄鋼メーカーは、互いにのみならずアルミニウムやプラスチックなど代替素材産業とも競争しなければならないだけに、厳しい品質管理が求められるようになる。

 第二に、高度な要求は、同時に二つの方向から受注の多品種・小ロット化を招く。ひとつは、自動車の様々な部材の必要に応じて様々な品質をつくり込むことが要求されるようになるということである。またもうひとつは、鋼材に対する各自動車メーカーのニーズが異なるということである。例えば、自動車の外板に使用する表面処理鋼板をとってみても、General MotorsFordは純亜鉛電気めっき鋼板を使い、Chryslerとホンダは鉄・亜鉛合金溶融めっき鋼板、日産とマツダは亜鉛・ニッケルの有機めっきまたは非有機めっき鋼板、トヨタ、NUMMI(トヨタとGMの合弁企業)、三菱自動車は、鉄・亜鉛合金溶融めっきと鉄・亜鉛合金電気めっきの複層鋼板を使うといった具合である22)。こうした多様化の結果、今日自動車産業で使用されている薄板の80%が、過去10年以内に開発された製品であるという23)

 第三に、納期管理が厳しくなってきたということである。いま鋼材の流通経路に即して論じる準備はないが、ジャスト・イン・タイム納入が要求され、それをめざして一貫メーカーが競争を繰り広げられていることはしばしば報じられる24)。特に日本企業の在米生産拠点は、アメリカ一貫メーカーの納期のルーズさについて、一ヶ月単位で遅れるとか、購買側が週単位でしか管理できないという不満を持っており25)、合弁企業への期待は大きいものと思われる。

 以上のことからすると、薄板類、特に表面処理鋼板に関しては、生産システムに相反する二つの方向から課題が課せられていると言える。一方では、アメリカ鋼材市場で相対的に、また表面処理鋼板に関しては絶対的に拡大している薄板類市場を獲得すべく、低コストで高品質の製品を供給しなければならないということである。そのためには、大量生産による生産性の向上とコスト削減、そのための設備稼働率の維持、生産の円滑な流れづくりによるリードタイムの短縮、が不可欠の課題となる。他方では、受注ロット当たりの生産量が少なくなり、また受注の内容が多様化して多品種・小ロット生産が求められる。しかし、岡本博公が明らかにしているように、多品種・小ロット生産を大量生産に組み込みながら効率性を保つことは容易ではない。また、在庫を避けようと受注生産をすれば納期が長くなり、納期を短くしようと見込み生産をすれば、多品種・小ロット化が需要予測を困難にし、大量の在庫を生み出すという矛盾がある。この相反する課題を、どのように多品種・小ロット・大量生産システムとして遂行していくかが問われてくる26)。生産システムの問題は、本来、生産管理・労務管理の諸側面と密接に関わってくるが、さしあたり本稿では、その中軸となる技術・生産プロセスに限定して比較分析を行おうというのである。

2 基本設備の水準

 まず、両社の基本設備の水準を、銑鋼一貫工程に沿ってみていこう27)

NスチールG製鉄所については、基本工程である製銑・製鋼・圧延に加え、原料処理と電気亜鉛めっきが重要な位置にある。

 まず原料処理については、アメリカの銑鋼一貫製鉄所はリストラクチャリングが川下工程から進められたために、コークス炉の更新が遅れていた。そこへ1990年に改正されたクリーン・エア法で厳しい環境規制がかけられたため、操業停止に追い込まれるケースが続出している。G製鉄所も、老朽化したコークス炉の閉鎖と輸入品への切り替えを検討していたが、輸入価格の高騰に直面して、3億ドルを投じた更新に踏み切った28)

 製銑工程については、高炉が3基とも小型であり、また老朽化が激しい。1986-93年に改修を行ったが、総内容積が最大のものでも1900立方メートルである29)。これは、B製鉄で最大のK製鉄所第1高炉(4907立方メートル)の38.7%に過ぎない30)。また、日本で行われているAI(人工知能)制御などは導入されていない。操業の細かな管理よりも、根本的に古くて小さいことが最大の問題であるという31)

 製鋼工程は、鋼の成分を決定するプロセスであり、B製鉄の資本参加以後、大規模な設備投資が行われた。製鋼は1970年設置の純酸素上吹き転炉によって行われており、設備規模は1ヒート240トンと比較的大型である。取鍋精錬炉と真空脱ガス設備は新たに設置されたものであり、鋼の成分調整・清浄度向上に貢献している。特に真空脱ガス設備の設置は、自動車用の極低炭素鋼を製造するために必要とされている。また、他の製鉄所を含めてNスチールは、アメリカ高炉メーカーの中で最初に連続鋳造比率100%を達成している。

 圧延工程は、部分的に投資が行われている。80インチ・ホット・ストリップ・ミルは、1961年設置、年間生産能力343万トン、7スタンドの仕上げ圧延機を持つ大型ミルである。日本の多くのミルに比べれば古いものであるが、アメリカでは「第2世代」ミルであり、相対的に新しいものである。生産能力もアメリカメーカーの保有ミルの中では第8位に位置している32)。酸洗ラインは50年代以前に設置された古いものであったが、942月に停止され、1月に稼働した新ラインにとってかわられた。タンデム・コールド・ミル(TCM)は65年に設置された年間生産能力120万トンのものである。AIRとの比較のために記しておけば、運転の完全な集中制御には至っておらず、スタンド前での操作が一部残っている33)。焼鈍炉は、炉の中にコイルをいれて約1週間かけて焼きなますバッチ式のものである。調質圧延機は53年設置のものである。

 めっき工程は、B製鉄参加後に大規模な投資が行われたところである。工場の建物の設計が他の建物とまったく異なり、広く、明るい。1985年に設置された年間生産能力40万トンの電気亜鉛めっきライン(EGL)が稼働している。通常は、集中制御室から操業がコントロールされているが、この制御室も高炉や真空脱ガス設備のそれに比べて広く、居住性がよい。

 なお搬送技術については、工場間は鉄道により、工程間はオーバーヘッド・クレーンとトラックによって行われている。これは標準的な方法である。

 以上の設備構成をAIR・AIGと比べようとする場合、AIR・AIGは冷延以降の工程のみを担っていることに注意しなければならない。すなわち、原料処理から熱延に至るまではIスチールのI製鉄所で行われている。その詳しい構成を論じる用意はないが、Iスチールもまた、設備の老朽化や矮小性など、アメリカ高炉メーカーに共通の弱点を抱えているとみてよいだろう。ただし、Iスチールには80年に稼働した比較的新しい大型高炉があること、アメリカメーカーでは第2位の生産能力を持つ80インチ・ホット・ストリップ・ミルを装備しており、これがA製鉄の技術的支援も受けて改修されたこと、そこに供給される半製品はすべて連続鋳造されたものであることなどからみて、アメリカの銑鋼一貫工程の中では、相対的に高い技術水準を達成ないし回復していると推測できる34)

 AIRの設備構成は、A製鉄H製鉄所の完全連続式冷延鋼板製造設備(FIPL)をモデルにしたものである。酸洗ライン、TCM、連続焼鈍ライン(CAPL)、調質圧延機が、連続生産を念頭に置いて設計され、一直線上に設置されている。酸洗ラインとTCMをあわせて、連続酸洗・冷延ミル(CDCM)とも言う。年間生産能力は、前述の通りCDCMが145万トン、CAPLが102万トンである。TCMは全米に2カ所しかない6ロールミルである。各作業ロールと補強ロールの間に中間ロールが入れられており、中間ロールが軸方向に移動することで、板厚や圧延中に生じる複雑な形状の変化を制御し、製品品質を向上させている35)。運転はスタンド前ではなく、TCMパルピットと呼ばれる運転室から1名で行うことができる36)。CAPLは、コイル上の薄板をほどいて一端から連続的に装入し、他端から取り出しながら焼き鈍しを行う炉であり、大規模薄板工場では全米に5カ所あるうちのひとつである37)。H製鉄所のラインにさらに改良をくわえたものである。焼鈍時間が10分と、バッチ焼鈍に比べて大幅に短縮される。

 AIGのCGL、EGLは、1990年代に設置された最新式のものである。年間生産能力は、それぞれ50万トンと40万トンである。CGLはA製鉄N製鉄所の最新鋭設備をモデルにした連続ラインであり、CAPLのそれに類似した竪型焼鈍炉、めっき層、合金化炉、電気めっき設備が配備されている。めっき層では400から500度で鋼板が熱漬けされるが、めっき層の手前で焼鈍がなされることで鋼板が800度以上になり、その顕熱が有効利用されるわけである。こうしためっき設備によって、例えば鉄・亜鉛合金溶融めっきと鉄・亜鉛合金電気めっきの複層鋼板Durgrip Eを高能率で製造できるわけである。NUMMIは、日本のA製鉄から輸入していた複層鉄・亜鉛合金電気めっき鋼板「エクセライト」をDurgrip Eに切り換えた38)

 なお、工程間の搬送は無人搬送車(AGV)によって行われている。

 NスチールとAIR・AIGを比較すると、双方に共通する工程である冷延、焼鈍、調質圧延、めっきに関する限り、AIR・AIGの方が優れた設備を備えていることがわかる。しかしながら、銑鋼一貫工程の立場から見ると、Nスチールと同様の問題を抱えているIスチールから原板の供給を受けている以上、その分だけAIR・AIGの優位性は制限される。より一般化すれば、川下工程の一部分に絞って工場を新設した第二類型と、既存の一貫製鉄所の膨大な設備を部分的に改良・置換していく第一類型との相違がここにあると言えるだろう。

 なお、設備構成自体の問題とともに、設備の性能を十分に引き出す操業技術と生産管理の問題もあることは言うまでもない。G製鉄所にせよI製鉄所にせよ、生産上、品質上のトラブルは日本のB製鉄やA製鉄の製鉄所に比べれば頻度が高いという39)。生産トラブルによってラインが停止したり、製鋼の鋼成分などの的中率が低下して再吹錬が必要になったりすれば、生産性・歩留りの悪化、納期の遅延につながってしまう。この面からの調査ができていないが、アメリカの既存製鉄所に共通の問題として存在することだけを指摘しておく。

3 工程間のシンクロナイゼーション

 次にとりあげるのは、大量生産のメリットを活かすために、基本設備間のマテリアル・フローがどれだけ円滑に進み、工程間のシンクロナイゼーションと、それによる待ち時間の極小化、中間在庫の極小化がどれだけ達成されているかである。工場レイアウト、基本設備、設備間のマテリアル・フロー、の順にみていこう。

 まず、工場レイアウトによる制約である。G製鉄所は、工場がZug Island80-Inch Hot MillMain Plant3カ所にわかれており、その間を素材が貨車で移動しなければならない。これは、Nスチールが1929年に企業合併によって成立したことと、60年代に工場新設・移転計画が中途半端に実行されたことを反映している。工場間のマテリアル・フローは工程順に言うと以下のようになっている40)

Zug Island(コークス製造・製銑)→Main Plant(製鋼・連鋳)→80-Inch Hot Mill(熱延)→Main Plant(酸洗、冷延、焼鈍、調質圧延、電気亜鉛めっき)。

 これに対して、AIR・AIGは、内部で連結している隣接工場である。ただし、I製鉄所から60マイル離れていることがロスタイムを生んでいる41)。工場間のマテリアル・フローは以下のようになる。なお、I製鉄所のレイアウトについては調査していない。

 I製鉄所(コークス製造・製銑・製鋼・連鋳・熱延)→AIR・AIG(酸洗、冷延、焼鈍、調質圧延、溶融または電気亜鉛めっき)

 AIR建設に際しては、工場をI製鉄所に隣接させる案も存在した。建設コスト、前工程からと顧客への輸送コストを考慮するとともに、I製鉄所におけるマネジメントと労働組合の組織や行動様式を持ち込ませないため、また当該地区自治体の誘致活動を受けて現在の場所に立地したという42)。工期上の若干の不利はあっても、他の要因との兼ね合いでは離れた立地が有利と判断されたわけである。

 次に、基本設備の性能によって工期が左右されるという点である。これが極端にあらわれているのが、G製鉄所のバッチ焼鈍とAIRの連続焼鈍の差である。一部前述したが、冷延終了から検査完了までの期間が、バッチ式で10日、連続式で15分という格差になっている。

 次に設備間のマテリアル・フローであるが、酸洗・冷延以降で2社を比較すると次のようになる。コイルに巻き取ることをC、コイルをほどくことをUであらわすと、まず、G製鉄所では、

コイルヤード→U→酸洗→C→U→冷延→C→バッチ焼鈍→U→調質圧延→C→U→EGL→C

となる。これにたいして、AIR・AIGでは、完全連続生産をした場合、

AIR:貨車→U→CDCM(酸洗・冷延)→CAPL(連続焼鈍・調質圧延)→C

AIG:中間倉庫またはヤード→U→CGLまたはEGL→C

となるのである。AIRの場合、30分で製造は終わってしまう43)。ここだけを見ればリードタイム・生産性の上で、AIR・AIGが優位に立つことはあきらかである。Iスチール・AIR・AIGを経過した鋼板の全体としての生産リードタイムは不明であるが、G製鉄所製の電気亜鉛めっき鋼板の生産リードタイムは1.5カ月程度とのことであり、日本の製鉄所の1.1-1.3カ月よりは、やや長くなっている44)

 また、コイルは巻取り、巻き戻しを繰り返すと両端の品質が低下し、切り落とさざるを得なくなる。従って、連続生産は歩留りの向上にもつながるわけである。

 ただし、実際には、第4図のように、CDCMからCAPLに直行するのは全体の11分の1にすぎず、ほとんどのコイルは冷延後に巻き取られて中間倉庫に入れられる。その理由は以下の通りである45)

 AIRでは、設立当初は完全連続生産を行っていたが、上記のメリットが生じる一方で、ラインスピードが遅い方の工程、すなわちCAPLによって全体の生産能力が規定されてしまっていた。すなわち、年間生産能力は102万トンに制限され、CDCMの能力145万トン中43万トンが余分になっていた。ところが、AIGの設立で焼鈍機能を持つCGLが設置されることになった。そこでAIRではCDCMとCAPLを分離し、完全連続化のメリットを断念することと引き替えに、CDCMの稼働率を引き上げ、冷延後のコイルをCGLへ送るようにした。このため、以下のようになっているのである。

溶融亜鉛めっき鋼板:貨車→U→CDCM→C→中間倉庫→U→CGL→C

冷延鋼板:貨車→U→CDCM→C→中間倉庫→U→CAPL→C

 このように、プロセス連続化のメリットも、ラインバランス及び稼働率との関係で生じるものであることは注意を要するだろう。

 また、連続プロセスの場合、一カ所でのトラブルがただちに全体の稼働率に影響を及ぼすことになる。それは、個々の基本設備や操業技術の高い水準に支えられて、はじめて実現できるものであることに注意する必要がある。

 一貫システム全体のマテリアル・フローについては、I製鉄所のデータがないために十分な比較ができない。ただ、ここでも、酸洗以降だけを取り上げた場合に比べてNスチールとIスチール・AIR・AIGの差は縮まると推測して大過ないであろう。

4 多品種・小ロット生産対応

 近年の銑鋼一貫製鉄所では、大量生産の効率性を損なわずに多品種・小ロット化する受注に対応することが求められているが、これを総括的に示すデータを、筆者は持ち合わせていない。参考までに、G製鉄所とAIR・AIGがそれぞれ生産している鋼板の種類を、鋼種、幅、厚みで示すと第2表のようになる。大まかなデータではある上にI製鉄所のデータがないこと、また少ない鋼種で多くの品種をつくり分ける工夫も行われていること、ロットサイズに関するデータがないことなどにより、これだけではG製鉄所とI製鉄所・AIR・AIGに求められている多品種・小ロット化の程度を推し量ることは難しい46)。さしあたり、多品種生産であることの確認という意味で掲げておく。

 その上で多品種・小ロット生産対応の具体的機能をみていこう。前述したとおり、多品種・小ロット生産を大量生産に組み込むことは大きな困難を伴う。多品種・小ロット化を実現するためには、工程の各所で頻繁な段取り替えを行う必要があり、また装置産業ではロット集約も必要となる。そのため、どうしても生産の流れが阻害されて稼働率が落ちたり、中間在庫が増大しがちになるのである。

 そこで、対応する方向は二つである。ひとつは、大規模な段取り替えを行わずに多くの品種をつくりわける方法を開発することである。例えば転炉ではできる限り少ない鋼種でまとめて吹錬し、圧延機での制御圧延技術などでつくりわけるという工夫がなされている。また、仕様の異なる板をつないで連続圧延することも一つの方法である。こうした努力は各社・各製鉄所で共通してなされている。AIRの6ロールミルなど新鋭設備の場合、このような対応に貢献しているはずである。

 もうひとつの方向は、段取り替えを円滑に行なうことである。これは、生産連続化と在庫のあり方によって具体的な姿が異なってくる。

 G製鉄所は生産の連続化の達成度が低いということから、かなりの箇所で中間在庫を持たざるを得ない47)。例えば製鋼工程と熱延工程の間のスラブや、熱延工程の後のホット・コイルなどで在庫が保持されている。逆に言えば、在庫を前提として調整を行うことになる。例えば転炉では鋼の成分が決定されるので、成分の似た注文を1チャージ分まとめて吹錬する。この吹錬順に連続鋳造機で鋳込み、ホット・ストリップ・ミルで圧延できればスラブヤードの在庫は少なくできるが、それは容易なことではない。ストリップ・ミルのワークロールは板と接触した部分から磨耗する。磨耗したロールでは、幅の広いスラブに均等に圧力をかけることができない。従って、ワークロールを一度交換した後は、次の交換まで、基本的に板幅の広いものから順に圧延を行わねばならないのである。このため、吹錬の順序と熱延の順序は食い違いがちになるのであって、吹錬・圧延順序とロット組みを最適化するための計画が必要となる。ここで、スラブヤードの中間在庫をバッファとして活用することにより、計画に一定の余裕を生み出すのである48)

 酸洗と冷延が連続していないことも、同様に考えられる。両工程の中間にバッファを持たざるを得ないのであり、それを代償として、冷延工程は前工程に厳しく制約されずに通板順序を考えられるわけである。また、TCMのロール交換の際には、バッファを増やすか、酸洗の稼働率を調整することになる。

 要するに、中間在庫による調整は、在庫負担がかかり、また、前述したようにリードタイム短縮と在庫軽減の二律背反の関係を発生させることになる。ただし、前工程と後工程の管理は、ある程度独立に行えるわけである。

 AIRの場合、生産が高度に連続化されていることは、中間在庫による調整を困難にする。連続生産は、設備が順調に稼働すれば優位性を発揮できるが、多品種・小ロット対応の段取り替えのためにひんぱんに停止すれば、かえってフレキシビリティを損なうことになりかねない。

 そこで、生産を停止しないことを前提に、段取り替えと搬送技術自体をシステム化する対策がとられている。AIRでは、ロール交換の自動化とルーパーである49)。TCMの自動ロール交換機は、12回のロール交換を、それぞれ1.5分ですませてしまう。酸洗と冷延の間に設置されているルーパーは、板の流れを遮断することなく、地下にある程度の長さまで板をためておくことで、工程間の速度の差を吸収することができる。従って、TCMのロール交換の際も、酸洗ラインを止める必要がないのである。

 また、在庫を持たざるを得ない部分についても、コンピュータ管理された自動倉庫により、必要なときに必要なコイルをスムーズに出し入れできるようになっている。自動倉庫はコイルを立体的に収納できるので、在庫保管スペースの節約にもつながる。

 以上のように、AIRの生産プロセスは、自動化・連続化がもたらしがちなリジディティを回避し、効率を損なわない多品種・小ロット対応を可能としているのである。

 ただし、この場合、連続化された長いプロセス全体を統合管理しなければならない。そのために、コンピュータ・システムが大きな役割を果たしている。AIRのコンピュータ・システムは三つの階層に分かれており、レベル1はプロセス・コントロール、レベル2はスーパーバイザリー・プロセス・コントロールである。レベル3はレベル2からの情報に基づいて工場全体の生産をモニタリングするとともに、Iスチールにある生産計画や経営計画を司る上位システムとAIRの製造プロセスとの間の情報伝達を行う。AIRのような連続プロセスでは、レベル3のシステムが必須なのである50)

 酸洗以降のプロセスを比べれば、AIR・AIGの優位は際立っている。ただし、上工程がI製鉄所であることはやはり制約要因になるだろう。現在、AIRとI製鉄所との間で、実質的トータル工期の短縮をめざすプロジェクトが始まっているが、そこでは製鋼・熱延工程での的中率がポイントとされているとのことである51)

5 設備保全と品質管理

 日本の鉄鋼企業の特徴とされる、オペレーターによる設備の軽保全やインラインの検査、それらを生かした厳格な品質管理は、両社のマネジメントにとって困難を感じる分野である。これは労務管理・労使関係と大きく関わる分野なので、いま詳しく論じる用意がないが、基本的には、アメリカで、従来、歴史的事情から職務区分が細分化されていたこと、オペレーターとメンテナンスの分業が明確であり、かつ、作業指示書に書かれた内容をかなり厳密に解釈して作業をするという慣行が定着していたことに関わる。厳格な分業では必ずしも対処できないような作業を、オペレーターに一定の権限や能力を備えさせることで解決しようとする日本企業の管理方式は、簡単にもちこめるものではなかった。

 しかし、それでもかなりの変化はあらわれているようである。例えば、KenneyFloridaの調査によると、G製鉄所のホット・バンドに対する出荷鋼材の歩留りは、1986年から88年の間に88%から92%以上へと向上した。この改善は、日本人が、しばしば単純な手入れや保全活動を通じて無駄を省くことによってもたらされたという52)。また、AIRでは、緊急時にラインを停止する権限が労働者に与えられており53)、これも旧来のアメリカ鉄鋼業とは異なる点である。

 ただ、ここでも、NスチールG製鉄所とAIR・AIGでは、初期条件としての工場・設備の状態がまったく異なっている。まず、G製鉄所のように老朽設備が残っている場合、保全負荷が大きくなる54)。施設面でも、工場の清潔さ・明るさでは、新設のAIR・AIGが圧倒的な優位にある。コークス炉や高炉がないということも大きいが、酸洗以降だけを比較しても大きく異なる。G製鉄所は、照明が暗いところや、床に砂が積もっているところが少なくない。B製鉄の資本参加後は清掃にも力がいれられているとのことであるが、建物が古いという制約は大きい55)。ただ、B製鉄の資本参加後に建設されたEGL工場では、日本の一貫製鉄所なみの環境が整えられている。こうした点は、管理の巧拙以前の制約として十分に考慮しなければならないだろう。

 より具体的な事例をあげると、コイルの管理に大きな差があらわれている56)。G製鉄所では一部のコイルが地面に横倒し(縦穴)に置かれ、かつ何段にも積み重ねられている。このようなやり方はコイルのエッジを傷め、品質を損なうものである。ただし、新設のEGL工場では一巻きづつ縦置き(横穴)にされており、オーバーヘッド・クレーンで搬送することもできる。一方、AIRでは、コイルは必ずサドルの上に立てて置くという方針がとられている。G製鉄所では、必要な中間在庫を保管するスペースが不足しているとのことで、ここにも、初期条件としてのアメリカの古い製鉄所から出発したか、新設工場から出発したかという相違があらわれている。

 ただし、初期条件はこうした物的なものだけではない。日常的な操業の場合、従来の労働組織と労働慣行もまた重要である。この点もいま詳しく論じることはできず、先行研究の参照を乞うしかないが57)、ごく大まかに言えば、G製鉄所では、B製鉄が資本参加する以前の、全米鉄鋼労働組合(USW)の職場規制のあり方が未だに残されており、労働協約等への明記なしに作業内容を変更することには抵抗が強い。これに対して、AIR・AIGの労働者は、初めから日米合弁の新設企業に雇用されるという前提で、一定の適性試験を経て採用された人々であり、必ずしもアメリカ鉄鋼業の従来型の職場規制にはこだわらないのである。確証はないが、上述のG製鉄所のコイル管理の問題でも、物的条件に加えて、従来の慣行を変更することの困難という問題があると推測される。

 G製鉄所のEGL工場においては、いくつかの事例に関する証言を得ている58)。例えば、この工場内では、天井から落ちるゴミがつかないようにコイルにビニールシートがかけてあるが、工場の稼働当時はこのようなことは行われていなかった。マネジメントの側ではシートをかけるように指示したが、労働者側は「なぜそのようなことをするのか」と疑問視し、実現までにかなりの時間を要したとのことである。また、EGLの加工・検査終了後、出荷側ルーパーにむかって板が流れていく部分にも同様の理由でカバーがついているが、これも当初はなかったものであり、つけさせるまで約1年かかったとのことである。

 既存の設備保全・品質管理の体制から出発したか、それともそこからある程度断絶できるような条件で出発したかが、改革の難易度に差をもたらすのである。

V 設備投資のコストと利益

1 企業類型からくる必要投資額の違い

 以上のように、技術・生産プロセスを物的側面からとらえる限り、「酸洗・冷延以降のプロセスではAIR・AIGが優位に立つが、その優位は、銑鋼一貫体制の立場から見ればI製鉄所が制約条件となる分だけ割り引かれる」という構図になる。しかし、企業経営が物的側面のみならず、価値と採算の側面を持っていることは言うまでもない。後者を含めた経営の立場からとらえた場合の両社の特徴を見ていこう。

 まず、企業類型の相違から来る投資額の違いである。Nスチールのような第一類型の場合、銑鋼一貫工程の全体に対して投資を行わねばならず、投資額は合弁企業自体にとっても出資企業にとっても膨張しやすい。Nスチールは198494年に20億ドル以上の設備投資を行った59)。また、川上工程は公害防止のための支出を必要とする設備が多い。一方、AIR・AIGについては設備投資額は不明であるが、新設工場なので建設費を近似値とみなすことができる。両社合計で約107900万ドルである60)。合弁企業の立場ではなく親企業の立場から見れば、I製鉄所の改良投資にかかった金額及びA製鉄の技術協力のコストと対価支払いをつけ加え、Iスチール・A製鉄のそれぞれの立場から評価しなければならないが、いずれにしても第一類型よりは安上がりと推定して大過ないであろう。

 つまり、Nスチールのような第一類型の企業は、莫大な投資を余儀なくされる割に、技術・生産プロセスの高度化が進みにくいということになる。このことが経営に与える影響は大きいと言わねばならない。好況の中でNスチールは1994年に純利益が黒字に転じたが、今後も業績を安定させられるかどうかが注目される。

 より立ち入り、仮説を交えて言うならば、アメリカ一貫メーカーの技術的基礎を再建することは、アメリカの他産業に比べても困難が大きいのではないだろうか。筆者は別稿で1970年代の一貫メーカーが技術的基礎の腐朽ともいうべき惨状に陥っていたことを考察したが61)、そこからの回復は、日本の技術・資金を投入しても、なお課題を残しているのである。

 ただし、親会社の立場から見た場合、B製鉄はNスチールに巨額の投資を行うリスクを背負う一方で、過半数持株によって経営権を掌握し、銑鋼一貫体制全体をコントロールすることができる。他方、A製鉄の場合、コントロールが及ぶのは酸洗・冷延以降の工程に限られている。特にAIRは前述のように販売機能を持っておらず、いわば賃加工を行う工場となっているのである。エンジニアリング事業を延長した一つのプロジェクトとして収支計算は厳密に行われている一方で、銑鋼一貫体制全体の命運はIスチールの経営方針に左右されるのである。従って、アメリカ鉄鋼業のリストラクチャリングに及ぼす日本の一貫メーカーの影響力という点では、A製鉄・AIR・AIGのような第二類型よりもB製鉄・Nスチールのような第一類型の方が大きいとみなすことができるのである。

 これらの点は投資額を全体としてみた場合であるが、個々のプロセスに即して投資採算を考えると、また異なる側面が浮かび上がってくる。以下、さらに立ち入ってみよう。

2 多品種・小ロット・大量生産と企業経営

 まず酸洗・冷延の連続化についてみていこう。1993年末の報道によれば、酸洗・冷延が連続化されたCDCMは、アメリカ国内ではAIRの他に1カ所しかない62)。CDCMは生産性・歩留りを向上させるが、投資コストもかさむので、圧倒的な競争力を持つためには、4億ドル以上の投資と、高級鋼板の市場を100万トン確保することが必要といわれている63)。実際、AIRのCDCMも145万トンの能力をもっている。これに対してG製鉄所の場合、酸洗ラインのリプレースに9500-1億ドルかかっているが64)、TCMは改造にとどめているので投資額は大きくないと思われる。両者をあわせても、CDCMよりはかなり安いと推測して大過ないであろう。

 また、AIRのような連続焼鈍か、Nスチールのようなバッチ焼鈍の改良かという選択も話題になっている。まずNew Steel19944月号の記事によれば65)、アメリカでは非表面処理鋼板の85%はバッチ焼鈍されており、今なおバッチ焼鈍への投資が行われている。選択の基本的なポイントは、連続焼鈍はバッチ焼鈍よりも焼鈍時間が短くてすみ、またより均一な質の鋼材が得られるが、建設コストがかかるということである。建設コストは、年間生産能力100万トンあたり2-25000万ドルに達する。このコストを償うには、自動車のバンパーやドアビームなどに使われる yield strength8-10万ポンド/平方インチの高張力鋼板などの市場が開拓される必要があるが、それはまだ不十分だという主張がある66)。一方、バッチ焼鈍の建設コストは年産100万トンあたり2500-3000万ドルに過ぎず、技術的にもオープン・コイル焼鈍、水素焼鈍などの改良が加えられているという。

 しかし、日本の薄板技術者のグループによる最近の調査では67)、品質・歩留り・工期のみならず、グリーンフィールド(新規立地工場)建設の場合には、コストについても連続焼鈍の優位を示す結果が報告されている。まず設備投資コストについては、月産40万メトリック・トンの場合にはバッチ式水素焼鈍が有利か連続焼鈍と同等であるものの、80万メトリック・トンの場合には連続焼鈍が優位に立つ。また、ランニングコストについては、素材が自動車用途の軽加工用(CQ)、深絞り用(DDQ)のいずれであっても、連続焼鈍が水素焼鈍よりも低コストとなっているのである。この立場から考えると、バッチ焼鈍が選択されるのは、既存工場の周辺ユーティリティを活用しながら焼鈍炉を部分的に更新する場合や、製鋼工程での十分な脱炭ができない場合68)に限られるということになるだろう。Nスチールの場合、真空脱ガス設備などで脱炭は行えるので、前者の理由から、部分的な更新・改良を選択しているのであろう。

 このように、個々の生産プロセスに即してみれば、Nスチールがむしろ安価な投資を選択している、あるいはせざるを得ないのであり、AIR・AIGは、冷延・仕上げ工程に集中的に大規模投資を行っているという違いが見られるのである。多品種・小ロット・大量生産との関わりで言えば、Nスチールは安価な設備投資でコスト・生産性を一定程度改善するとともに、償却負担の軽さと在庫によってフレキシビリティの維持を図っている。これに対して、AIR・AIGは、酸洗・冷延工程以降に絞って高価な連続化設備を投入し、生産性・歩留り、品質、リードタイム面での圧倒的優位をめざすとともに、段取り替えや生産の平準化をも自動化・システム化することでフレキシビリティを達成しようとしているのである。I製鉄所の川上工程の改善が、これを補完する。

 この相違は、全体の投資規模だけをみてはわからないものであり、技術・生産プロセスに立ち入って初めて見えてくるものなのである。そして、鋼材市場に見られる最近の変動によって、その意味は大きくなるかもしれない。

 Nスチールは、高級鋼材の受注生産という範囲内で、品質・リードタイム上の要求が厳しくない鋼材を、効率的に製造できるという特徴を持っている。いちはやく連鋳比率を100%にするなど、他のアメリカ一貫メーカーに先駆けて、計画的に設備投資を行ってきたことの成果である。アメリカ自動車メーカーのニーズは、近年厳しくなっているとはいえ日本メーカーほどではない69)。この点はNスチールに有利に働く。

 しかし、この利点は、要求品質・リードタイムのいっそうの厳格化と、ミニミルの薄板類進出によって、いわば挟み撃ちにされる。高級鋼材の受注増は、すなわち多品種・小ロット・短納期化であり、Nスチールの生産プロセスには大きな負担となる。一方、ミニミルは薄スラブ連鋳を次々に建設しており、TCMよりさらに建設コストの安いリバース・ミルを用いて冷延鋼板にも進出している70)。ミニミル製の薄板は建設用に用途が限られているので、Nスチールと直接競合する範囲は限られているが71)、薄板類の価格水準全体を引き下げるので、間接的な影響は避けられないのである。この他、日本以外のアジア諸国・地域では製銑・製鋼能力が急速に拡張されており、現在は一段落している輸入鋼材の浸透もなお不安材料になる。

 一方、AIR・AIGは、品質・リードタイムの要求が厳しい高級鋼材の需要が増える場合に高い競争力を発揮する。近年の市場の要請にみあったポテンシャルを備えた、新鋭の生産プロセスがこれを支えている。しかし、Iスチール関係者の主張によれば、高級鋼材の中心である自動車産業向け表面処理鋼板は、必ずしも投資にみあった利潤をもたらしていない。1992-94年の景気回復・好況に際して、一貫メーカーは鋼材価格の引き上げに成功しているものの、なお、AIGの生産した表面処理鋼板の価格が冷延鋼板の市場価格を下回ったとか、自動車の外板用鋼板はコストが高いのでIスチールは内板用鋼板からより多くの利益を得ているといった事例が報告されている72)。この理由は、一つは表面処理鋼板の需要の伸び以上に生産能力が増大していることであり、もう一つは、自動車メーカーと協力して技術開発・製品開発にとりくむ場合に、明確な対価が必ずしも支払われないことである73)

 Nスチールの特徴や課題は、そのまま第一類型全体にあてはまるものである。AIR・AIGの場合、めっき設備のみを持つ第二類型の他企業とはやや異なる点もあるが、新鋭設備で高級鋼材市場を集中的に狙う戦略という点では、ある程度の代表性は持つであろう。

 ここでは、類型毎にあらわれ方が違うとはいえ、むしろ問題は共通しているといってよい。それは、銑鋼一貫体制において多品種・小ロット生産を組み込んだ大量生産を、物的にのみならず、企業経営として安定させることの難しさなのである。

W おわりに

1 分析結果の要約

 日米合弁企業は、日米双方の一貫メーカーの戦略的提携であり、その目的は自動車用表面処理鋼板を中心とする高級鋼材市場の獲得であった。この市場を獲得するためには多品種・小ロット・大量生産のシステムを構築する必要があり、その中軸となる生産技術・生産プロセスが強化されねばならなかった。

 Nスチール特にG製鉄所と、AIR・AIGは、それぞれ第一類型と第二類型の合弁企業をある程度代表していた。両者の技術・生産プロセスの比較分析の結果は、物的側面については、酸洗・冷延工程以降ではAIR・AIGが優位を示し、銑鋼一貫生産の立場から見た場合にはその優位が割り引かれるというものであった。この構図は、大量生産と、多品種・小ロット対応、設備保全のすべてについて同様であった。両者の相違は、基本的には、従来の一貫製鉄所から出発したか、新鋭工場を冷延・仕上げ工程に絞って建設したかに由来していた。

 採算の側面を含めた企業経営の立場からみた場合には、経営全体としてはNスチールの投資負担が大きかった。このことは、アメリカ鉄鋼業の技術的基礎を再建する課題の深刻さを表現していた。しかし、リストラクチャリングのイニシアチブを握るという点では、B製鉄・Nスチールの方がより深くアメリカ鉄鋼業に入り込んでいた。

 個々のプロセスに即して言えば、Nスチールの方が安上がりな、AIR・AIGの方が高価な設備投資を行っており、鋼材市場の動向に対して、それぞれが異なる競争力と問題点を備えていた。根本的には、両者が銑鋼一貫体制における多品種・小ロット・大量生産を企業経営として安定させる課題に、異なる方向から直面しているということであった。

2 展望

 Nスチールのような第一類型に特徴的であったように、また、AIR・AIGでさえI製鉄所との関係では観察されたように、アメリカ一貫メーカーでは、大量生産の実現、というより再構築がきわめて深刻な課題であった。大量生産が確立され、行き詰まったところで多品種・小ロット対応へ進むのではなく、大量生産の諸要素を、それも基本設備の水準のところからたてなおさねばならなかったのである。

 しかし、実は高級化・多品種・小ロット・短納期対応を徹底して進めることが、直ちに順調な経営を保証するわけでもない。AIR・AIGのように、徹底して高級品を多品種・小ロット生産しようとすれば、個々の生産設備や情報システムに莫大な投資が必要となる。これを償う水準の価格と需要の確保が問われてくる。一方、Nスチールのように、老朽設備と新鋭設備が混在する生産プロセスに負担をかけない程度に対応していこうとすれば、ミニミル製品のようなよりグレードの低い鋼材と競合せざるを得なくなる。投資規模全体の問題とは逆に、AIR・AIGは大規模な自動化・システム化で高級化・多品種・小ロット・短納期対応を進めることに関して、Nスチールは、高級品の受注生産の範囲内であるが、できるだけ安上がりな投資で量産を続けていくことに関して、それぞれの課題にとりくんでいるわけである。

 冒頭にあげた先行研究は、労働組織面の改革の革新性を指摘し、それにとどまらずその革新と技術・生産プロセスの連関をも指摘した。本稿が技術・生産プロセスの側面を分析した結果は、日米合弁企業によるアメリカ鉄鋼業再建は、大量生産の諸要素の再建としても、高級化・多品種・小ロット・短納期対応としても、なお途上にあり、従来の大量生産を超えたというよりは、超えるための諸課題に立ち向かっているのだということである。労働組織面の改革の革新性を否定するつもりはまったくないが、生産システムの現段階を規定する際には、技術・生産プロセス面からの把握もまた不可欠であることを再度強調しておきたい。

 また、大量生産に多品種・小ロット・短納期生産を組み込むことは、あらわれ方や程度の差こそあれ、筆者が別稿で分析したように石油危機以降の日本の一貫メーカーが直面した課題でもあった74)。ここに先進国鉄鋼業の生産システムの現段階を考える上での共通の焦点があるのではないかと思われるが、その立ち入った検討は他日を期さねばならない。

<付記>

 本稿の作成にあたっては、B製鉄、Nスチール社、A製鉄、AIR社、AIG社の方々に、工場見学をはじめとして多大なご協力をいただいた。当時滞在していたMichigan State UniversityRichard Child Hill教授とKuniko Fujita教授、阪南大学の木下滋教授は、私の不慣れな海外での調査活動を物心両面から支えて下さった。桃山学院大学の井上義祐教授には、工場見学申し込みの仲介をしていただき、草稿へのコメントもいただいた。土地制度史学会東北部会例会、アメリカ資本主義研究会、生産システム研究会、経済研究所全体研究会における関連報告に対しても、参加者の方々より有益なコメントをいただいた。心から感謝申し上げる。ただし、本稿の内容に関する一切の責任は筆者にあることを重ねて記しておく。

1 本稿作成にあたっては、1994310日に行ったNスチール社G製鉄所での、また同年45日に行ったAIR社・AIG社での見学・聞き取り調査の内容を利用した。鉄鋼メーカーの社名・事業所名はすべて仮名とし、事実関係の確認のために、草稿の調査内容利用部分に対して各社のチェックを受けた。ただし、本稿の内容に関する一切の責任は筆者にある。

2 Kenney, Martin and Richard Florida, Beyond Mass Production, New York, Oxford Press, 1993, Chapter 6.

3 Cutcher- Gershenfeld, Joel, Michio Nitta, Betty Barrett, Nejib Belhedi, Jennifer Bullard, Cheryl Coutchie, Takashi Inaba, Iwao Ishino, Seepa Lee, Win-Jeng Lin, William Mothersell, Stacia Rabine, Shobha Ramanand, Mark Strolle, Arthur Wheaton, "Japanese Team- Based Work Systems in North America," California Management Review, Vol. 37, No. 1, September 1994.なお、この論文をはじめとして、本稿での引用文献の中には、データベースを使用して閲覧したものがある。そのうちの一部ではプリント版のページとの対応がわからないため、引用箇所のページを記載できなかった。

4 奥田健二・仁田道夫・佐藤厚・落合耕太郎・桑原靖夫『アメリカ鉄鋼産業の最近の労使関係の展開に関する研究』日本労働研究機構、調査報告書No. 631995年。この分類は40-52頁(奥田執筆)による。

5 同上書、第2章(仁田執筆)。

6 筆者は技術・技能・生産システムの概念を以下のように理解している。まず技術を、機械・装置が生産プロセス・産業連関に即して配置され、ソフトウェアや作業マニュアルに従って機能しているありさま、つまり労働手段のシステムを中心にとらえている。また技能を、技術に関する肉体的・精神的な労働能力として、生産システムを、技術・労働・原材料など生産要素が生産プロセスに即して結合したものとして考えている。なお、生産方式の分析の基軸に労働手段の分析を据えるべきことのより一般的な説明は、中村静治「大量生産と大量生産方式(体制)の概念」(『現代資本主義論争』青木書店、1981年)を参照。またこの見地から「日本的生産方式」の解明を行っている研究として清しょう一郎「日本的生産方式の本質と歴史的位置」『季刊 経済と社会』第4号、19959月、が注目される。(補記:「しょう一郎」の「しょう」は日へんに向と書く)

7 製銑・製鋼・圧延の主要3工程を備えた鉄鋼メーカーを指す。日本では「高炉メーカー」という表現が一般的であり、筆者も他の論文で使用しているが、厳密には、製銑工程が高炉以外の設備によって担われることもあり、英語のIntegrated Millに対してはこの訳語の方が妥当だと判断した。なお、アメリカ一貫メーカーのリストラクチャリングの概要は、 Kawabata, Nozomu, "Technology, Management, and Industrial Relations of U.S. Integrated Steel Companies," Osaka City University Economic Review, Vol. 30, No. 12, January 1995,を参照。

8 見掛消費とは、出荷高に輸入を加え、そこから輸出を差し引いたものである。薄板類には、「薄板・帯鋼」の他に「ブリキ製品」を含む。

9 合弁企業を日米鉄鋼メーカー双方の置かれた条件と戦略に即して分析した先行研究として石川康宏「鉄鋼産業における日米合弁企業の設立」『京都大学経済論集』第3号、19918月、を参照した。

10 企業類型論としては岡本博公『現代鉄鋼企業の類型分析』ミネルヴァ書房、1984年、を参照した。なお電炉メーカーの合弁事業ないし在外生産は、今回はとりあげなかった。

11 Nスチール, Form 10-K (Annual Report), 1994,p.4,46,47.なお、ここで持株比率というのは、議決権比率である。Nスチールには議決権を有する普通株が2種類あり、B製鉄が保有しているAクラス普通株は一株につき2票の議決権を持つ。

12 Ibid., p.7,10.なお、特に断らない限り、出荷高や製品構成はすべて重量ベースである。

13 以下、各製鉄所の概要については、NスチールG製鉄所社資料、及びNスチール, Form 10-K, 1994, p.13、による。

14 本稿では、特に断らない限り「トン」は「ショート・トン」をあらわす。1ショート・トン=0.90719メトリック・トンである。

15 AIR・AIGについては、AIR・AIG会社資料、同社での聞き取り、『A製鉄ガイド』A製鉄株式会社秘書部広報室、19948月、によった。従業員数はAIRよりのコメント(1995111日付FAX。以下同じ)によった。

16 この数値は公称能力であり、生産実績では第4図の通りEGLがCGLを上回っている。これは、品種構成が当初計画と異なっていることから生じる現象である。AIGよりのコメント(1995105日付FAX。以下同じ)による。

17 Nスチール, Form 10- K, pp. 12-13.

18 Ibid., p. 11, 20.

19 Ibid., p. 8.

20 AIR設立の際にAIGも構想されていたかどうかは定かではない。AIRでの聞き取りでは、AIRのラインがAIGを前提せずに建設されたと聞いたが、『冷延40周年史』A製鉄株式会社H製鉄所薄板部、21頁には、AIRの設備構成はAIGへの材料供給も考慮したものであると書かれている。

21 Hess, George W., "Fine- Tuning Coatings and Tolerances," New Steel, January 1994.

22 Berry, Bryan, "Automakers Fuel Galvanizing Expansion", New Steel, November 1992.

23 日米合弁の一貫メーカーの技術サービス担当ゼネラル・マネージャーの証言。80%の厳密な基準は不明。Schriefer, John, "Automakers and Steelmakers Team Up," New Steel, February 1995.

24 New Steel誌の報道など。また、AIRの広報ビデオもジャスト・イン・タイムを誇っていた。

25 原口英紀「米国現地工場の部品調達と品質管理」『日経メカニカル』199223日号。

26 岡本『現代企業の生・販統合』新評論、1995年。

27 本稿では、工場・設備の新設・改造のプロセスについては取り扱わなかった。この点は、現存する生産システムとは一応別個の問題をなすからである。ただ一点、NスチールにせよAIR・AIGにせよ、日本メーカーが製作した設備もあるが、B製鉄やA製鉄の設計に基づいてアメリカメーカーが製作したものも多いということは記しておく。1980年代のアメリカ鉄鋼業が技術開発力や製造ノウハウを喪失していたことは重視されるべきであるが、重機械メーカーが製鉄設備をつくれないというわけではない。

28 Hogan, William T., Steel in the 21st Century, New York, Lexington Books, 1994, pp. 146-147, 152-153.

29 19941月現在の数字。会社資料より。

30 鉄鋼統計委員会『鉄鋼統計要覧』1994年版、日本鉄鋼連盟、1994年、170頁。

31 G製鉄所での聞き取りによる。

32 Hoganによれば、全米で35基のホット・ストリップ・ミルが稼働しているが、うち12基が196070年代に設置された「第2世代ミル」、2基が電炉メーカーn社の新鋭ミル、21基が戦前から50年代にかけて設置されたミルである。このうち最後の旧式ミルが、いまなお全米生産能力の39.1%を占めている。Hogan, op. cit., pp.104-106.

33 G製鉄所での聞き取りによる。

34 Hogan, op. cit., p.104, Hogan, Capital Investment in Steel, N.Y., Lexington, 1992, p.91.

35 Ibid.,p.51, 大矢清「冷間圧延と連続焼鈍技術」『鉄鋼界』19912月号、18-19頁。

36 誤解を招かないようにつけ加えれば、運転以外に点検などの要員が必要であるが、それは調査していない。また、TCMの運転室は入側と出側にあることが多いが、AIRの場合、コイルベンダーの監視や溶接点検などを行う、入側に相当する運転室は酸洗の手前にある。

37 McManus, "Low- Cost Batch vs. High- Quality Continuous Annealing," New Steel, April 1994による。

38 New Steel, September 1994.

39 G製鉄所での聞き取り及びAIRからのコメントによる。

40 G製鉄所の見学と聞き取りに基づく。

41 ただし、ホットコイルはいずれにしても冷却時間が必要であることを考慮すれば、必ずしも不利な条件ではない。これは、G製鉄所の熱延工場と冷延工場の間についても言えるだろう。AIRからのコメントをもとに判断した。

42 AIRでの聞き取りによる。また、Kenney and Florida, op. cit., p.174の記述も同趣旨である。

43 AIRでの聞き取りによる。

44 G製鉄所での聞き取り。

45 AIRでの聞き取り、及びAIGからのコメントによる。

46 有効な比較を行うためには、例えば次のような数値が必要である。一定期間をとり、受注について重量(a)、ロット数(b)とロット当たり重量(a/b)、製鋼についてユーザー鋼種数(c)と吹錬鋼種数(d)、鋼種統合率(d/c)、吹錬チャージ数(e)、鋼種当たりチャージ数(e/d)、圧延について生産ロット数(f)、その内訳(寸法、長さ、熱処理)、ロット当たり重量(a/f)。上原紀興「自動車用特殊鋼の動向」(日本鉄鋼協会・自動車技術会共催『自動車用材料シンポジウム』日本鉄鋼協会、1995114日)を参考に列挙。

47 この段落はG製鉄所での聞き取りに基づく。

48 この工程が連続化された場合について簡単に述べておく。日本の一部の一貫製鉄所では、赤熱化したスラブを保温しつつ熱延工程へ送っており(HCR)、この場合はスラブヤードでの調整が不可能になる。そこで、中間在庫を前提せずに、製鋼から熱延までの一体となった工程・品質管理、連鋳機のフレキシブル化、通板順序の制限を取り除く圧延機の開発などで対応することになる。

49 この段落と次の段落は、AIRでの見学と聞き取りに基づく。

50 Schriefer, "Tightening Production Schedules by Four Levels of Computers," New Steel, March 1995と、AIRでの聞き取りに基づく。なお、ここでいう各レベルが、井上義@「日本の鉄鋼業とCIM」(同志社大学人文科学研究所編『技術革新と産業社会』中央経済社、1994年)がまとめている日本の鉄鋼メーカーのシステムの各レベルとどう対応するかが興味深い。

51 AIRからのコメントによる。

52 Kenney and Florida, op. cit., p.170.

53 Cutcher- Gershenfeld, op. cit.

54 仁田の調査によれば、1970年代以降の経営状態の悪化により、設備投資と保全経費が削減され、設備老朽化と不十分な保全活動の悪循環が生じていた。予防保全が行えず、全くの事後保全の状態が続いていたという。奥田ほか前掲書、104頁。

55 G製鉄所での見学と聞き取りによる。

56 コイル管理の事例は、G製鉄所、AIRの工場見学と聞き取りに基づく。

57 Kenney and Florida, op. cit., 奥田ほか前掲書、第2章(仁田執筆)、日本鉄鋼連盟雇用委員会『米国鉄鋼業における雇用管理の状況』1990年、を参照。

58 以下の二つの事例は、G製鉄所での聞き取りに基づく。

59 Nスチール, Form 10-K, 1994, p.6.

60 『A製鉄ガイド』19948月、45頁。

61 この点は、Kawabata, op. cit., pp. 57-60,川端望「アメリカ鉄鋼業のリストラクチャリング(T)」『季刊経済研究』第15巻第2号、19929月、10-23頁を参照されたい。

62 McManus, "Continuous Tandem vs. Higher- Output Reversing Mills," New Steel, November 1993.

63 Ibid.

64 Hogan, "126th Annual Survey and Outlook Issue: Iron and Steel," Engineering and Mining Journal, March 1995.

65 この段落は、McManus, "Low- Cost Batch vs. High- Quality Continuous Annealing."による。

66 Ibid.バッチ焼鈍を用いているあるアメリカ一貫メーカーの研究開発子会社マネージャーの主張。

67 この段落は、Shimada, Masanori et al, Cold- Rolled Strip Annealing Technologies in Japan, Technical Exchange Session, International Iron and Steel Institute, Committee on Technology, Brussels, 1995, の日本語版ドラフトによる。報告者のご好意により閲覧させていただいた。

68 自動車用鋼板を連続焼鈍するためには、製鋼工程で脱炭を十分に行わねばならない。AIRよりのコメント及び永井潤「より高級化、高度化する製鋼技術」『鉄鋼界』19908月号、4頁を参照。

69 G製鉄所における聞き取り。

70 McManus, "Continuous Tandem vs. Higher- Output Reversing Mills."

71 GC製鉄所製の建設用鋼材はミニミルと競合するとのことである。G製鉄所における聞き取り。

72 前者の事例はStundza, Tom, "Plenty of Pep in the Market," New Steel, June 1994,後者は"Dryer Coal, Higher- Value Products at I Steel," New Steel, September 1994による。Iスチール及びそのディヴィジョンの役員の証言。

73 Schrifer, "Automakers and Steelmakers Team Up."

74 日本の一貫メーカーをとりまく類似の状況については、川端「日本高炉メーカーにおける製品開発」(明石芳彦・植田浩史編『日本企業の研究開発システム』東京大学出版会、1995年)、「日本鉄鋼業の生産システムをめぐる諸問題」研究年報『経済学』(東北大学)第56巻第4号、19961月、を参照されたい。なお、「程度の差」というのは、日本の一貫メーカーは、熱延製品が黒字で表面処理製品が赤字という事態までも経験したこと、自動車用素材の品質保証要求の厳しさは、なお日米で差があるということを指している。


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