最終メンテナンス:1997年10月8日
※この論文の図表は省略しています。
※余談:アメリカの研究をまたも横へ置いて東アジアに手を出してしまった。目の前で激変が起こっているとどうしてもこれを調べて、とりあえず何か言いたくなる、という野次馬根性が抜けないので困る。
この論文は、実地調査に基づくものではない。しかし、東アジア鉄鋼業の研究に関する限り、国内にあって日本語や英語で読める文献・資料が、経済学・経営学の見地からは使われずにたまっているという状態である。それらを整理して、鳥瞰的な論文を書くことにも意味はあると判断した。統計・資料収集にあたっては、鋼材倶楽部、日本鉄鋼輸出組合の皆様にお世話になった。
T 目的と課題
U 東アジア鉄鋼業分析のフレームワーク
1 鉄鋼業の企業類型
2 国際分業と技術選択
V 企業類型・貿易構造分析
1 世界鉄鋼業における東アジア
2 グループT-1:日本,韓国,台湾――銑鋼一貫企業による多品種大量生産 (以上本号)
本稿の目的は,東アジア鉄鋼業の競争構造を解明するための基礎作業として,その生産能力と企業群の構成,国際分業の現状を明らかにすることである.
鉄鋼は現代社会において基礎素材の地位を占めている.建築物,機械,自動車・家電などの耐久消費財は構造材・機能材としての鉄鋼によって支えられている.経済発展のサイクルから言えば,一人当たりの鉄鋼消費量は,工業化の初期において上昇し,やがて横這いとなって,経済の成熟とともに低下に転じる,と言われている.図 I-1を見ると,日本が低下局面に入っていると推定されるが,それにしても,かつて木材の地位を鉄鋼が奪ったほどの根本的な素材転換が生じているとは考えにくい.また,他の東アジア諸国は一人当たり消費が低水準にあるか,急速に上昇しつつあるかのいずれかである.各国とも都市建設・開発が進展し,自動車産業や家電産業が戦略的に育成されるにつれて鋼材需要が拡大し,供給を自国で行うか,輸入の増大にまかせるかの選択を迫られているのが実状であろう.基礎素材産業としての鉄鋼業の生産・貿易・対外投資は,東アジア諸国の経済発展を大きく左右する要素と見なければならず,それを分析することの意義もまた小さくないと思われるのである1.
図 I-1
東アジアの工業化とそこでの多国籍企業の役割に関しては,近年の日本だけをみても多くの研究がある.個別産業研究では自動車産業と電機・電子産業の研究が多く,多国籍企業化や生産システムのグローバリゼーション研究の事例もこの二つに集中している観がある2.また最近では,韓国の「重化学工業化政策」を歴史的に評価する研究や,サポーティング産業の研究もあらわれている3.地域経済における中小企業の役割に注目する見地からも実態調査・研究が行われている4.
これに対して,アジア鉄鋼業の研究はどうか.日本メーカーの国際競争力を問う見地からは,平沼亮,山家公雄,沢田雅俊の論文がある5.中国鉄鋼業に関しては比較的研究が多い.田島俊雄6が産業組織について考察を加えており,最近では,松崎義7,李捷生8が技術革新と企業改革に注目した精力的な現地調査を行っている.中屋信彦は中国鉄鋼企業の経営分析という新領域に挑戦している9.
中国鉄鋼業に関する諸研究には,その独特の経営管理に関する新しい発見が盛り込まれている.特に,松崎,李の研究は,首都鋼鉄公司について,実態調査に基づく貴重な諸発見と労働経済学の方法を結合させ,技術革新の中国独自の特徴と,国有企業の管理機構の構造・機能,その歴史的変遷を詳しく解明している.また,中国鉄鋼業の内実が発展一色ではなく,旧来の技術体系や企業経営方式を歴史的前提とした上で,それが再編成される過程にあることも明らかにされている.平沼,山家,沢田の論文は,日本企業の実践的な立場から東アジア全体の技術構成や需給関係を検証している.
とはいえ,工業化のマクロ的な研究や自動車産業,電機・電子産業の研究に比べれば,鉄鋼業研究は少ないものである.また,中国以外についての現状分析はほとんど見あたらない.アジア鉄鋼業が,全体としてどのような発展の論理と再編成の論理に左右されており,激しさを増す企業間の競争の焦点がどこにあるのか,その中で,日本,韓国・台湾,ASEAN諸国,中国などが占める位置はどのようにかわりつつあるのか,といった論点については,なお解明の余地があるように思われる.現地調査に基づく個別地域と企業の分析に学ぶべきことは当然であるが,一度全体を概観し,発展と再編成の性格,競争の焦点と展望を産業論的に明らかにすることもまた有益であろう.
東アジア鉄鋼業の分析にあたっては,その生産・供給能力の水準と構成を明らかにすることが必要である.供給能力は,工場,事業所,企業,国民経済など様々なレベルでとらえることが可能であるが,企業の競争関係との関わりを明らかにするには,競争の主体である企業単位での分析が有効であると考えられる.
東アジアには多様な鉄鋼企業が存在しており,一部の企業を取り出して東アジア鉄鋼業全体を代表させることは適切ではない.多様性を踏まえながら全体の競争関係をつかむためには,企業や国・地域によって異なる競争戦略と企業行動を明らかにし,その総和として競争構造を把握する必要がある.
生産能力分析と企業の多様性の分析を統一的に進めるために,本稿では生産プロセスを基準として企業群を類型化する方法をとる.これは,かつて岡本博公が日本鉄鋼業についておこなったものである10.産業は多様なタイプの諸企業から構成されており,産業の構造は,企業の構造を基礎に置き,産業を異質な企業群の集合体ととらえることで把握される.具体的な手順としては,生産事業所の構造を基礎に,企業の生産プロセスを明らかにし,これを基軸に企業を類型化する.この企業の類型を,産業の複雑な連鎖のなかに位置づけなおして,相互の位置および対抗関係を確定するというものである.この接近方法は,東アジア鉄鋼業の多様性を踏まえながら全体構造を把握するために有効だと思われる.
さらに本稿では,企業類型を基礎に,国・地域別に鉄鋼業をグループ化する.東アジア鉄鋼業の場合,日本・シンガポール・香港以外は各国とも鋼材の自給率向上を明確に意識した政策をとっており,各国の経済発展や構造調整に各国の鉄鋼業がどう貢献しているかという点が一つの有力な評価基準となるからである.多様な企業類型の分析を通じて,一国の鉄鋼業の供給能力の到達点を評価することが可能になる.
しかし,国際競争の激化とともに,東アジア鉄鋼業を各国鉄鋼業の集合であると同時に,一つの全体としてとらえる必要もまた強まってきている.国境を越えた原料・半製品・鋼材の流れによって,東アジア規模での鉄鋼生産プロセスが形成されつつある.この国際分業構造と,そこに占める各国・地域鉄鋼業および各々の企業類型の位置を明らかにするために,鉄鋼貿易の構造分析を試みていく.ここまでが本稿の直接の課題である.
さらに,企業類型・国際分業構造は,現時点の競争戦略を規定する.企業類型や産業の構造が共通である場合には,類似の競争戦略が生じやすいと考えられる11.ただし,規定とは選択の限界を定めることであって,唯一の選択を決定づけることではない.また,事態を動態的にとらえるならば,一定の制約の中で選択された競争戦略と企業行動が,旧来の制約要因であった生産プロセスや一国の産業の構造に反作用し,これを変革していくだろう.そして,各企業の行動の総和として東アジア規模での競争構造が生成する.ある時点での構造的制約要因と,それを乗り越えようとする企業行動のプロセスの両面が把握されねばならない.これ自体は別稿の課題であるが,本稿の企業類型・貿易構造分析はそのための基礎作業である.
鉄鋼企業の類型化にあたっては,三つの基本類型を出発点とすることができる.すなわち,代表的な統合企業である銑鋼一貫企業と製鋼圧延企業,単純企業のうちでもっとも広範に存在する単純圧延企業である12.後述するように,近年の東アジアではこの枠をはみ出すような企業が出現しつつあるが,その独自の意義を明らかにするためにも基本類型から出発することは重要である.三つの類型については鉄鋼業研究者には周知の点が多いが,その今日的な特徴を含めて簡単に整理しておきたい.
第一の基本類型は,高炉法による銑鋼一貫企業である.製銑・製鋼・圧延の基本工程を備えた銑鋼一貫製鉄所を一カ所以上保有している企業はこれにあたる.日本で「高炉メーカー」と言う場合には銑鋼一貫企業を指している.銑鋼一貫製鉄所のほかに,より統合度の低い事業所を保有している場合もある.銑鋼一貫製鉄所の基本原料は石炭を蒸し焼きにしたコークスと,鉄鉱石を事前処理した焼結鉱またはペレットである.製鉄所によっては,これらの事前処理工程も備えている.その後,主要工程としての製銑,製鋼,圧延工程を通過する.製銑工程では焼き固められた焼結鉱を高炉で還元,溶解して銑鉄(iron)をつくる.コークスは主要な還元剤として作用する.銑鉄は炭素の含有量が多く,また不純物を含んでいる.製鋼工程ではこれを精錬・脱炭して目的に沿った成分の鋼(steel)とし,溶鋼をスラブ,ブルーム,ビレットなど半製品に鋳造する.かつては,溶鋼をいったんモールド内で造塊してから再度加熱して分塊圧延していたが,現在の先進国では,溶鋼を直接鋳込む連続鋳造法が主流である.圧延工程では各種圧延機によって,回転するロールの間に半製品を差し込み,これを押し伸ばしていくことで形状・寸法・材質を整えて鉄鋼製品を生産する13.
こうした生産プロセスをもった銑鋼一貫製鉄所は,技術のタイプとしては製銑・製鋼工程が装置的労働手段,圧延工程が機械的労働手段を主としており,さらに排熱の回収・再利用のための動力労働手段も多数結合されている14.そして,単位設備あたりの巨大化と相互の連続化・密集配置によって生産性の向上と排熱・副産物の有効利用が図れるという特徴を持っている.コンビナートとしての規模の経済性が強く作用するのであり,最小経済単位が年間粗鋼生産能力300万トンにも達する.必然的に企業規模も大きくなり,しばしば巨大企業の物質的基礎となる.電力,水道,港湾をはじめとするインフラストラクチュアの整備も必要である.さらに,機械的な加工組立産業に比べると,立地・レイアウト・設備体系が生産性を大きく規定してしまうが,一方で,巨大な設備体系を円滑に機能させる生産管理が必要となる.これらの特徴は,発展途上国における銑鋼一貫製鉄所の建設を困難なものとしてきた.
その一方で,近年の東アジア諸国・地域の経済発展のあり方は,銑鋼一貫生産に重要な意義を与えている.それは,鋼材需要が大量消費型生活様式と,二つの経路で結びついていることによる.ひとつは,いわゆる輸出志向工業化を通じて,先進国の生活様式と結びついた輸出産業からの鋼材需要が強まることである.またもうひとつは,NIES,ASEAN諸国・地域自体における大量消費型生活様式の広がりである.いずれにしても,自動車のボディ,家電製品の外板,食缶などに利用される薄板類の需要の拡大を伴う15.ところが,薄板類の生産は,高度な生産管理・品質管理を要するため,次に述べる電炉法ではつくりにくく,従来,大部分が銑鋼一貫製鉄所で行われてきた.さらに,すべての薄板類の圧延は,スラブをホット・ストリップ・ミルで熱間圧延するところにはじまり,その後,そのまま製品になったり,冷間圧延されたり,めっきされたりというように枝分かれしていく.このため,ホット・ストリップ・ミルの性能が全薄板類に関わってくる.また,ホット・ストリップ・ミルは薄板圧延設備の中で規模の経済性がもっとも強く働くことになり,大規模な銑鋼一貫製鉄所で操業してこそコストを低減できるのである16.このことは,大量生産・大量消費の進展にとって,ホット・ストリップ・ミル,さらには銑鋼一貫製鉄所の存在を決定的なものとしているのである.
ただし,銑鋼一貫製鉄所で製造される鋼材は,薄板類に限らず多岐にわたっている.鋼の成分に注目して言えば普通鋼もあればステンレスなどの特殊鋼もあり,また製品形状に即しては,薄板類(熱延鋼板・帯鋼,冷延鋼板・帯鋼,亜鉛めっき鋼板,ブリキなど),厚中板(薄板類とあわせて鋼板類という),条鋼類(棒鋼,線材,形鋼),鋼管,などがある.したがって,条件によって,薄板類のみを製造する一貫製鉄所もあれば,フルラインの多品種生産を行う一貫製鉄所もある.さらに同一品種の鋼材でも厚み・組成・めっき厚などについて様々な仕様にわけられて生産される.
以上は,現在の先進国に見られるような設備構成を念頭に置いた場合であるが,国・地域によっては同じ銑鋼一貫製鉄所でも性質の異なるものもある.後に中国について具体的に述べることになるが,製鋼炉が日本では既に姿を消した平炉であったり,半製品の製造が造塊・分解法で行われ,製品も条鋼類が中心である場合,また設備の種類は同じでも規模が著しく小さい場合などがありうる.この場合,同じ基本類型の範囲内であっても,異なる歴史的事情を背後に控えていること,独特な市場環境との関わりによって存立していることなどに注目しなければならない.
以上の点を踏まえて,この類型の中心となる銑鋼一貫製鉄所の原材料・設備・製品の構成を,さし当たり先進国を念頭に置いて模式化すると以下のようになる.括弧内は原料と製品,〔〕内は,場合によっては製鉄所と別に存在していることを示す.
<〔(鉄鉱石)−焼結炉・(石炭)−コークス炉〕−高炉−転炉−連鋳機−ホット・ストリップ・ミルを軸とする多様な圧延機−(薄板類を中心とする多様な鋼材)>17
また,一時代前の設備構成を念頭に置けば以下のようになる.
<〔(鉄鉱石)−焼結炉・(石炭)−コークス炉〕−高炉−平炉−モールド・分塊圧延機−条鋼・形鋼を中心とする圧延機−(条鋼・形鋼を中心とする鋼材)>
第二の基本類型は電炉法による製鋼圧延企業である.製鋼所と圧延所のみ保有する企業であるが,多くの場合,製鋼・圧延を一カ所で行う製鋼圧延所を保有している.このほか,製鋼所と圧延所が分離していたり,製鋼圧延所の他に単純事業所を保有している企業もある.製鋼圧延所では主としてスクラップを,副次的には冷銑や還元鉄を原材料とし,これを電気炉で溶解・精錬して溶鋼をつくる.電炉法はかつては特殊鋼を少量生産する技術であったが,第二次大戦以降,普通鋼生産にも用いられるようになった.連続鋳造以降の工程は,原理的には銑鋼一貫企業と同じであるが,従来,普通鋼の製品は建築・土木用の条鋼・形鋼に限られていた.その理由は,スクラップには様々な不純物が入り込んでいて,鋼板用の清浄な溶鋼の生産に適さなかったことと,スラブ連鋳機とホット・ストリップ・ミルに規模の経済性が強く作用していたことである.電炉法の最小経済単位は粗鋼年産30万トンと言われており,市場規模の小さい国・地域でも成り立つ事業所・企業類型である.創業と工場建設も銑鋼一貫メーカーよりははるかに容易であり,経営組織や管理システムも単純なものですむ.ただし,特殊鋼は多品種少量生産される一方,普通鋼では製品構成が限られているため,操業度の維持によって製品あたり固定費の削減を図る,量産の論理が作用することは銑鋼一貫生産と同じである18.
後発国にとって,電炉法による普通鋼鋼材の半一貫生産は銑鋼一貫生産よりもはるかに容易である.経済成長への対応としても,多数の企業が創業することで,建設需要の増大にはかなりの程度対応しうるだろう.しかし,従来は,薄板類が生産できなかったため,自動車,家電,容器,多様な機械類といった産業が発達すれば,製鋼圧延企業だけでは十分な供給がおこなえなかったのである.
この類型の中心となる製鋼圧延事業所の原材料・設備・製品構成を模式化すると,
<(スクラップ,冷銑,還元鉄)−電炉−連続鋳造機−条鋼もしくは形鋼圧延機−(条鋼・形鋼)>
となる19.
なお,野村総合研究所が日本市場での経験則も含めて高炉法と電炉法の特徴を対比した表 II-1と,韓国を例に熱間条鋼圧延機と熱間鋼板圧延機(厚板を含む)の規模分布を対比した表 II-2を掲げておく.高炉法と電炉法の規模,製品に関する特色,ホット・ストリップ・ミルにはたらく規模の経済性を再度確認できるだろう.
表 II-1
表 II-2
第三の基本類型は,単純圧延(単圧)企業である.圧延事業所のみを保有し,圧延のみを行っている.スラブ,ビレット,ブルームなどの半製品を調達し,これを圧延して製品としている.先進国では,多くは条鋼・形鋼のメーカーであり,企業規模も製鋼圧延企業に比べていっそう小規模である.
ただし,後発国の場合には,やや事情が異なってくる.銑鋼一貫企業を持たない国・地域において工業化が進展し,薄板類の需要が拡大した場合,調達のためには二つの方途がある.薄板類そのものの輸入を拡大することと,スラブを輸入して単圧企業で圧延することである.後者の場合,ホット・ストリップ・ミルやコールド・ストリップ・ミルを備えた,比較的大規模な単圧メーカーが出現することもありうるのである.よって,単圧企業の場合,製鋼圧延企業よりもかえって製品構成は多様である.
この類型が保有する単圧事業所の原材料・設備・製品の構成を模式化すると,
<(半製品)−多様な圧延機−(多様な鋼材)>となる.
以上の基本類型の他にも,高炉による単純製銑企業,電炉による単純製鋼企業,などが考えられ,実際に存在している.これらは日本では大きな意味を持たないが,後述するように,中国では単純製銑企業が多数存在している.基本類型から外れた企業が存在する場合は,個々の条件に特に注目して考察する必要がある.
ここでは,以上の企業類型を前提とし,東アジア鉄鋼業の構造と近年におけるその変化をとらえるための一般的なフレームワークを提示する.
1970年代後半から1980年代前半までの日本における生産プロセスと,そこから見た企業類型間の関係を単純化して示したものが図 II-1の枠線内である20.銑鋼一貫企業のみが素材・半製品の流れを企業内で完結的にコントロールして,多品種・大量生産を行えること,鋼板類については,銑鋼一貫企業が製銑・製鋼工程を独占するとともに,圧延工程でも大きな地位を占めていること,条鋼類の生産では銑鋼一貫企業と製鋼圧延企業が競合していること,単圧企業が各種鋼材の圧延において一定の役割を果たしていることがあらわされている.これらの関係は後に具体的な数字によって示すこととする.
図 II-1
元来,産業の競争関係は一国で完結しているものではない.日本鉄鋼業の場合も,原材料の大部分を輸入し,また製品の少なからぬ部分を輸出してきた.しかし,こと製銑・製鋼・圧延の主要工程に関する限り,三つの企業類型のすみわけと一部競合の関係を通じて,国内に各工程の大部分が完結的に保持されてきた.日本産業全体について言われる「フルセット」型構造の個別産業版といってよい.
さらにこの図は,1980年代初頭までは,東アジア鉄鋼業において日本の生産能力が圧倒的な部分を占めていたことを示してもいる.しかし,近年の東アジアにおいては,日本・韓国の鉄鋼企業の海外進出や各国鉄鋼業の発展によって,東アジア全体としての国際分業関係が形成されつつある.このため,図 II-1の競合・すみわけの関係も,矢印のように東アジア全体に拡散し,各国・地域の鉄鋼企業が,その一翼を担うものへと変わりつつある21.この分業関係の解明のために,企業類型分析と貿易構造分析が要請されるのである.
東アジア諸国・地域鉄鋼業の発展プロセスはどのようなパターンをたどり,国際分業関係を広げていくのであろうか.
鉄鋼業の事業所・企業類型のあり方は,鉄鋼業を育成しようとする発展途上国にとっては,技術選択を迫るものとなってきた.第二次大戦後の場合,工業化の初期段階において,電炉法による製鋼圧延企業や単圧企業が少数存在するところから始まる点,土木・建設事業の発展に対応して製鋼圧延企業の発展を図る点は多くの途上国に共通であるが,ある段階で,薄板類の安定的確保のために銑鋼一貫工程に沿った薄板類の量産が必要となる.そこで,一挙に銑鋼一貫製鉄所の建設を試みるか,一貫工程の川下工程から川上に向かって段階的な発展をめざすかという選択を迫られるのである.
一貫製鉄所の建設は,障壁は高いが,それをクリアーした場合の経済効果も大きいとみられている.障壁とは,大量生産を支えるだけの鋼材需要の確保,インフラストラクチュアの整備や,当初から巨大な企業を設立するための資金調達,効果的な技術吸収と習熟の経路の発見などである.これらに対処するために,経験則的には国家の関与が不可避と考えられている.そして,障壁をクリアーした場合には,渡辺利夫が韓国について述べたように,先進国のできあいの技術・設備,さらには企業経営の主体や能力をも導入することによって急速な成長を実現する,いわゆる「後発性の利益」がはたらくといわれている22.
上記の選択が大きなリスクを伴うことはいうまでもない.そのため,多くの場合は,川下から川上に向かっての段階的な発展経路が選択される23.亜鉛めっき鋼板を例に取ると,輸入冷延鋼板の表面処理から輸入ホット・コイルの冷間圧延・表面処理へ,さらに輸入スラブの熱延・冷延・表面処理へ,そして銑鋼一貫製鉄所の建設へ,という経路である.この過程に先進国の資本参加・対外直接投資や技術協力が関与することももちろんある.とはいえ,この場合でも製銑工程と製鋼工程は同時に立ちあげることになり,かなりの大規模事業になることは避けられないのである.
アジアに限らず,第二次大戦後に,工業化の初期段階からの飛躍を試みようとした発展途上国鉄鋼業は,大きく言えば上記二つの選択の間を揺れ動いてきたといえるだろう.
しかし,中国の「改革・開放」政策は,上記のパターンとは異なる問題を生み出すことになった.「改革・開放」への転換の時点で,すでに独自の計画経済と技術政策のもとで膨大な鉄鋼生産能力が形成されていたからである.独自の構造を持つ生産能力が経済体制の転換と世界市場競争にさらされ,再編成を迫られるという事態は,東アジア鉄鋼業のあり方を大きく左右する.
いずれにせよ,日本を除く東アジア鉄鋼業の発展パターンは,上記の三つの経路を基本としつつ,歴史的背景,国家や外資の関与のあり方,労働面を含む技術吸収の条件などに国・地域毎の独自性をもって展開してきたとみなすことができるだろう.
三つの企業類型が基本をなす状態は現在も続いているが,近年では新たな展開も見られ,それが途上国の鉄鋼業の発展パターンにも影響を与えようとしている.まず,高炉法以外の製鉄技術がクローズ・アップされているということである24.
ひとつは日本,韓国,南アフリカ,アメリカなどで開発中の溶融還元法である.溶融還元法とは,日本で開発されているDIOS法を例に取ると,低品質の粉鉱石を原料,一般炭を還元剤とし,年産70万トン程度と予想される溶融還元炉で溶銑を生産する技術である.大型高炉は年産300万トンを超えることと比べれば,中規模生産の技術といえる.環境汚染のもとであるコークス炉・焼結炉への投資を省き,また高炉の弱点である操業度調整を容易にすること,さらにコストを10%程度下げられることから,主として先進国で高炉法を代替または補完することが期待されている.DIOS法が実用化された場合の銑鋼一貫製鉄所における原材料・設備・製品構成の模式図は以下のようになる.
<(一般炭・粉鉱石)−溶融還元炉−転炉−連続鋳造機−ホット・ストリップ・ミルを軸とする多様な圧延機−(薄板類を中心とする多様な鋼材)>
もうひとつは,従来からある直接還元法が改めて注目されているということである.直接還元法とは,鉄鉱石を還元して固体状態で取り出す技術である.現在のところもっとも生産量の多いMidrex法を例に取ると,鉄鉱石を原料とし,天然ガスを還元剤として使用する.製造された還元鉄は,電炉で溶解精錬することが必要である.生産能力は年間100万トン程度である.設備構成が単純であり,中規模製鉄所に適しているが,天然ガスを安価に入手できるという条件が必要である.薄板を含めた一貫生産も可能である.また,高炉法・溶融還元法と異なり,製鋼炉と必ずしも近接する必要がないため,独立の事業所となることができる.こうしたことから,鋼材需要の一定の増大と鉄源不足に対応した技術として,NIEsや途上国を中心に期待を集めているのである.
直接還元法における原材料・設備・製品の模式図を,単純還元鉄製造所について記せば,以下のようになる.
<(鉄鉱石・天然ガス)−直接還元炉−(還元鉄)>
還元鉄は通常は電炉に装入されるが,薄板を含めた一貫生産も可能である.したがって,以下の模式図であらわせる還元鉄一貫製鉄所もあり得るし,後述するように現存している.
<(鉄鉱石・天然ガス)−直接還元炉−電炉−連続鋳造機−ホット・ストリップ・ミルを含む多様な圧延機−(多様な鋼材)>
企業類型としては,単純還元鉄製造企業,還元鉄製鉄製鋼企業,還元鉄一貫企業などがある.還元鉄一貫企業には,還元鉄一貫製鉄所を保有する場合と,単純還元鉄製造所,還元鉄製鉄製鋼所,製鋼圧延所,単純圧延所などを保有して一貫生産を保っている場合がある.
なお,四つの製鉄プロセスについて,アメリカという同一立地での鉄および鋼製造コストの試算を行った結果が図 II-2である.Corex法−転炉とは,直接還元法に溶融還元法を組み合わせたものである.原燃料価格によって条件がかわってしまうが,100万トン規模では高炉法以外の製鉄法が有利な場合もあると推定できる.
図 II-2<「大競争時代に向けた鉄鋼業の新たな挑戦」80頁>
製鋼・圧延工程では,薄スラブ連続鋳造機の実用化によって製鋼圧延企業に重大な変化が起こりつつある.薄スラブ連続鋳造機とは,その名の通り板厚の薄いスラブを鋳込む連続鋳造機であり,これをコンパクトなホット・ストリップ・ミルと連続化してコンパクト・ストリップ・プロダクション・システム(CSP)を形成する25.銑鋼一貫メーカーのホット・ストリップ・ミルの年産能力が,例えば日本では平均332万7000トンであるのに対して,薄スラブ連鋳機は最大でも韓宝鉄鋼工業の年産200万トンであり,世界各国のプロジェクトも100万トン程度のものが多い26.当然のことであるが,投資額も高炉メーカーより小さくて済む.
この技術は普通鋼電炉メーカーが薄板市場に参入することを可能にした.1989年のアメリカNucor社クロフォードビル工場が操業を開始し,以後,アジアを含む各国で建設プロジェクトが目白押しとなっている.William T. Hoganによれば,すでに一般品質の薄板を競争力あるコストで,ほぼ安定生産できることは実証されている27.ただし,製造できる厚さと品質に制約がある.特にスクラップを原料とする限りは鋼の清浄度,残留成分に制約があることは避けられない.そのため,薄スラブ連鋳で製造された薄板の用途は,いまのところ建設鋼材を中心としており,その他には玩具,溶接管などに限られている.これを解決するために,アイアン・カーバイドや還元鉄を調達して原料とする試みがはじまっている.薄スラブ連鋳法の発展によって,低グレードの薄板類市場における製鋼圧延企業と銑鋼一貫企業との新たな競合関係が生じつつある.
なお,薄スラブ連鋳の実用化によって生じた製鋼圧延事業所の原材料・設備・製品構成は以下のようになる.
<(スクラップ,冷銑,還元鉄)−電炉−薄スラブ連鋳機−ホット・ストリップ・ミルなど薄板圧延機−(薄板類)>
三つの発展パターンの進行と新技術のインパクトに対応して,東アジア鉄鋼業における国際分業関係は変化する.生産プロセス・企業類型の配置と対応した貿易構造がこれをあらわすが,そこには二つの要因が作用する.一つは,絶対的な生産能力の過不足であり,例えば国内の企業が高い生産性を示すにもかかわらず,能力不足のために輸入をおこなっている場合などは,この要因が強く作用している.もう一つは競争力および競争戦略の影響である.国際競争の結果として品種毎のすみわけや競合が生じている場合,あるいは戦略的に生産品種を選択した結果として貿易が生じている場合などがこれにあたる28.
以上は,あくまでも一般的考察にもとづくフレームワークに過ぎない.以下,具体的に企業類型に基づく国・地域のグループ化と,貿易構造分析をおこなっていこう.
世界鉄鋼業の粗鋼需給関係を概観したものが表 III-1である.1984-95年の間に,日本以外の東アジア諸国が占める比重は,生産では10.0%から21.2%に,見掛消費では12.9%から29.7%へと著しく増大した.同時期の他地域の変動を見ると,西欧,北米,日本が横這い,ラテンアメリカが微増,旧ソ連・東欧が著しく縮小という構図になっている.また,84年には日本一国の生産が他の東アジア諸国・地域の合計を上回っていたが,94年には逆転されている.さらに,消費と生産の差から計算した需給バランスをみると,東アジア諸国の鋼材不足が著しくなっていることがわかる.94年の日本を除く東アジア諸国は6065万1000トンの不足,日本を含めても4176万4000トンの不足となっており,これは他地域からの輸入で埋め合わされているわけである.東アジア諸国・地域,特に日本以外の諸国・地域が,いまや鉄鋼の主要生産地域となりつつあり,また,それ以上に市場・輸出先として意義を高めていることがわかる.
表 III-1
東アジア鉄鋼業の企業類型分布を,データを入手できない中国と北朝鮮を除いて国・地域別にまとめたものが表 III-2である.また,鋼材需給と輸出入,各国の技術・設備の主要指標,世界の鉄鋼企業の粗鋼生産高ランキングをあらわしたものが,それぞれ表 III-3,表 III-4,表 III-5である.以下,これらをもとに国・地域別のグループ化を行っていきたい.
表 III-2
表 III-3
表 III-4
表 III-5
第Tグループは銑鋼一貫企業が生産の中心となっている諸国である.このグループには日本,韓国,台湾,中国が含まれる.さらに,鋼材市場の性格,銑鋼一貫体制の発展の程度や方向性から,日本,韓国,台湾を含むグループT-1と中国が該当するグループT-2にわけられるので,このレベルで分析を行う.
グループT-1には日本,韓国,台湾が含まれる.その基本的特徴は,<高炉−転炉−連鋳機−ホット・ストリップ・ミルなど多様な圧延機>の技術体系を備えた銑鋼一貫巨大企業による多品種大量生産システムが支配的だということである.支配的ということの内容は,@銑鋼一貫の巨大企業の存在,A銑鋼一貫企業への生産の集中,B多品種生産と,薄板類の生産における主導的地位,C大口ユーザーとの取引を通じた大量消費システムとの結合の四つの面からみることができる.
まず,銑鋼一貫の巨大企業の存在である.各国の一貫企業をみると,日本の7社のうち6社(新日本製鐵,NKK,川崎製鉄,住友金属,神戸製鋼,日新製鋼),韓国の浦項綜合製鉄(POSCO),台湾の中国鋼鉄は,いずれも大型高炉・大型転炉・連鋳機・大型ホット・ストリップ・ミルを基軸設備とした一貫製鉄所を1カ所以上保有しており,薄板類を中心とした生産を行っている.企業レベルでの粗鋼生産高ランキングでみても,日新製鋼以外の7社は世界30位以内に入っている(表 III-5).
次に生産の集中である.まず粗鋼レベルでは,一貫企業が各国の生産に占める割合は,日本68.9%,韓国63.7%,台湾54.5%である29.生産の過半は一貫企業によって,韓国・台湾では1社のそれによって占められていることがわかる.
鋼材レベルでの生産集中と多品種化,ユーザーとの関係は国毎に事情が異なるので,順に見ていこう.
日本における企業類型別品種別生産高をあらわしたのが表 III-6である.ここでは,一貫企業だけが鋼板類・条鋼類・鋼管類にまたがる多品種生産を行っており,かつ全体としてのシェアが大きいこと,特に薄板類の生産はほぼ一貫企業によって占められていることがわかる.熱間圧延鋼材段階での薄板類は,東京製鉄が広幅帯鋼の3.3%を生産しているほかは,一貫企業による市場占拠が続いている.冷間仕上げ鋼材・めっき鋼材でも,磨帯鋼以外は一貫企業のシェアが8割を超えている.
表 III-6
1995年度の普通鋼鋼材見掛消費の33.6%は薄板類が占めているので,この市場を制することは大きな意味を持っている30.また,普通鋼鋼材と薄板類の受注部門をみたものが表 III-7である.受注部門が確定している鋼材は,取引としては「先物契約」・「紐付き販売」という形式をとった長期継続・大量販売であり,メーカーとユーザーの密接な結びつきをあらわしている31.薄板類の受注は製造業向けが43.2%,輸出が32.5%といずれも全品種合計の26.6%,19.8%を大きく上回っているのに対し,建設業向けは6.4%に過ぎず,全品種の19.9%を大きく下回っている.製造業の中では自動車用が26.6%,内需分の中では39.4%と飛び抜けて多く,電気機械用,容器用と続いている.電気機械は家電製品を,容器は食缶をその重要部分として含んでいる.つまり,日本における一貫企業の大量生産システムは,モータリゼーションと大量消費型生活様式を支える諸産業との間に,薄板類の供給を通じた強い結びつきを保っており,同時に輸出向けの薄板類市場を確保している.さらに多品種生産によって建設用の鋼材市場でも一定の地歩を占めているのである.
表 III-7
韓国についてはどうか.日本と厳密に比較可能な資料を入手できないが,1994年の韓国市場におけるPOSCOのシェアは熱延薄板類83%,冷延薄板類66%,厚板52%,線材69%,電気鋼板79%,熱延ステンレス鋼63%と発表されている32.やはり薄板類ほかいくつかの品種で大きなシェアを誇っているとみてよい.一方で,鋼管,棒鋼,形鋼は製造しておらず,製鋼圧延企業や単純圧延企業に委ねている点は日本とやや異なる.
1995年の鋼材需要に占める薄板類の割合は27.9%と,日本よりやや小さい33.受注統計が整備されていないので薄板類の受注先がわからないが,日本鉄鋼輸出組合のヒアリングに基づく全品種の受注先構成は表 III-8に示されている.日本の統計に輸出や販売業者向けが含まれていることを考慮すると,おそらく韓国の方が建設の比重が大きく,自動車の比重が小さいと思われる.それでも自動車産業における鋼材消費は製造業の中では最大である.POSCOは,自動車向け冷延鋼板類の72%,容器用熱延鋼板類の100%を供給していると発表しており34,基本的に日本の一貫企業と同様の意味で薄板類の国内市場を確保していると言ってよいだろう.なお,POSCOは鋼材出荷高の24.4%を輸出しており,韓国の鉄鋼輸出全体に占めるシェアは56.3%と推定される35.
表 III-8
台湾については,中国鋼鉄の出荷・販売レベルでのシェアは不明であるため,生産能力シェアをもって代えたい.台湾全体に占める中国鋼鉄の生産能力シェアは,熱延帯鋼類62.5%%,冷延帯鋼類49.6%未満,熱延鋼板類(厚中板中心と思われる)72.7%,棒鋼25.5%などとなっている36.やはり薄板類でのシェアが大きく,この他にもいくつかの品種を製造しているわけである.ただし,形鋼,鋼管の製造設備を保有しておらず,この点では多品種化の程度は日本よりも韓国に近い.
1995年の鋼材需要に占める薄板類・鋼板類の割合は,統計によっていちじるしい違いを示している.台湾区鋼鉄工業同業公会の統計では鋼板類の割合が46.14%に達する37.ここには厚板類が含まれていると思われるが,それを除いても薄板類の割合は日本と同レベルに達するのではないかと思われる38.しかし,東南アジア鉄鋼協会の統計では,鋼板類が34.8%,薄板類が27.9%であり,韓国とほぼ同じ水準である39.全鋼材の部門別消費パターンの推計値は表 III-8の通りである.韓国よりも自動車,造船の比重が低く,電機,産業機械の比重が高いことが特徴である.詳しい実状は不明であるが,日本や韓国ほど自動車産業との結合関係が持つ意味は大きくないと思われる.また,普通鋼薄板類の生産に対する輸出比率は22.8%と普通鋼全鋼材の12.9%を大きく上回っており40,ここでも一貫企業たる中国鋼鉄の役割は大きいものと予想される.
以上,程度の違いこそあるが,日本,韓国,台湾においては,銑鋼一貫企業が大量生産を確立システムを確立していると言ってまちがいないだろう.
とはいえ,日本と韓国・台湾の相違点について,競争関係を考えるために,さらに立ち入ってみておくべき点もある.まず,複数の一貫企業が存在するのは日本だけである.日本の高炉メーカー上位5社は,新日鉄の成立以降,共通の生産プロセスに立脚し,原料を共同購入し,近似的な製品構成を有し,共通のユーザーにほぼ同一の条件で販売するという関係にあり,競争を通じて企業行動が類似していく強い傾向を有している41.その一方で,リストラクチャリングの一貫としての製鉄所のスクラップ・アンド・ビルドや生産品種の絞り込みによって,生産品種や担当工程に関する製鉄所間の分業がすすんでいる42.企業行動レベルでの同質化傾向と事業所類型レベルでの異質化傾向がみられる.
また,最近は見直しがすすんでいるものの,日本の一貫企業の場合,POSCOや中国鋼鉄に比べると,大量生産システムに多仕様・小ロット生産が組み込まれている度合いが大きい.1988年当時の川崎製鉄の千葉および水島製鉄所では,一件あたり注文量は数百キログラムから数千トンであり,注文一品毎に鋼材使用,納入仕様が異なり,その総数は数万種類に細分されていたという43.90年代初頭までは,日本の銑鋼一貫企業は300〜450の鋼種を造り分けていた.一方,POSCOは鋼種が数十にすぎないという証言がある.前述のように品種のレベルでも日本ほど多様でないが,仕様のレベルでも同様と思われる44.
多品種・多仕様・小ロット・大量生産システムを通じた高級鋼材の供給に対する,日本のユーザーの評価は高い.品質,納期面での一般的な優位はもちろん,ユーザー側の設計変更へのフレキシブルな対応や,「亀裂が生じることなくボルトの高速打ち込みが国内産品は可能」(自動車メーカーC社)など,高級鋼材がユーザーの側の生産システムを安定させる不可欠の条件となっているケースも見られるのである45.自動車用高張力鋼板の引張強度は日本製が120kg/mm2に対して韓国製が80 kg/mm2と評価されているが,これは韓国国内でバンパー補強用材として100 kg/mm2以上の需要がないことと関わっている.ユーザーの製品と生産システムに対応して高級鋼材の供給体制が整備される関係は,日本の方がいまだに濃密だと言えるだろう46.
以上のように,このグループの基本的特徴を形作っているのは銑鋼一貫企業である.しかし,それによって生産・市場のすべてが覆い尽くされるわけではない.副次的特徴として,<電炉−連続鋳造機−条鋼・形鋼圧延機>という技術体系を備えた製鋼圧延企業が,条鋼類の半一貫生産を広範に行っていることを見る必要がある.表 III-4が示すように,電炉製鋼比率は日本,韓国,台湾とも3割を越えている.このうち日本について表 III-6をみると,一貫企業による電炉製鋼を割り引いても製鋼圧延企業による粗鋼生産シェアが28.7%にのぼっており,鋼材レベルでも棒鋼,形鋼の生産で大きなシェアを占めていることがわかる.しかも,1978年度と比較してみると,粗鋼生産は22.3%から28.7%へ,棒鋼は72.6%から91.2%へ,中小形形鋼は86.8%から98.5%へ,大形形鋼は34.8%から60.4%へと,それぞれシェアを上昇させているのである47.韓国でも,棒鋼,形鋼圧延機はすべて製鋼圧延企業が保有しており,台湾でも棒鋼圧延機の87.3%,形鋼圧延機のすべてを製鋼圧延企業が保有している48.
製鋼圧延企業における近年の重要な変化は,前述した薄板生産への参入である.日本では東京製鉄が,<電炉−連続鋳造機−ホット・ストリップ・ミル>という技術体系によって1992年に熱延広幅帯鋼の生産を開始した.1995年度の生産量は129万8000トン,生産シェアは3.3%である49.また韓国では,韓宝鉄鋼工業が<電炉−薄スラブ連鋳機−ホット・ストリップ・ミル>の体系を95年に稼働させた.その後97年1月に倒産したが,製鉄所の建設は継続されており,97年7月現在の情報では,公開入札で引受先が決定される見込みである50.
従来,製鋼圧延企業は,大量生産・大量消費の結合する中核部分である薄板生産からは排除されながらも,小ロットの建設鋼材や多品種・小ロットの特殊鋼の生産において一定の役割を果たすことで存立してきた.しかし,今や,製鋼圧延企業は銑鋼一貫生産の中核的な分野に侵入を開始したのである.
グループT-1の鉄鋼貿易を分析する際には,企業類型と同様,3国の共通性と同時に日本と,韓国・台湾の差異にも留意しなければならない.そこで,ここでは日本と韓国について,1995年のデータを利用して比較分析を行う.なお,輸出入の多寡は数量ベースで表現する.
1995年における日本の鋼材輸出は2203万4000トン,輸入は679万9000トンである(表 III-9,表 III-10).推定輸出比率は24.1%,輸入依存度は8.9%である.他の多くの製造業と同じく,鉄鋼業も1986年以後,円高による輸出競争力の減退に見舞われた.しかし,輸出数量は90年をボトムとしてその後は回復をとげている51.
表 III-9
表 III-10
製品別にみると,輸出は普通鋼条鋼類が全体の9.4%であるのに対して,普通鋼鋼板類が59.4%,うち薄板類が53.4%,普通鋼鋼管類が9.0%,特殊鋼鋼材(全品種)が18.3%,と鋼板類・薄板類が多い.鋼板類の中でも冷延薄板類,表面処理鋼板など加工度の高いものがより多くなっている.10年前の1985年と比較すると,棒鋼が307万6000トンから8万4000トンへ激減するなど52,条鋼類と厚板,鋼管が大きく減少しているのに対して,薄板類は一定の水準を維持している品種が多い.249万1000トンから313万トンへと増大した亜鉛めっき鋼板をはじめとする表面処理鋼板,冷延広幅帯鋼,電気鋼板など,加工度の高い薄板類はむしろ増大している53.また特殊鋼鋼材も増大傾向にある54.高級鋼材へと製品構成がシフトしていることがわかり,これは主として銑鋼一貫企業の競争力の所在を占めていると考えられる55.また輸入についても普通鋼鋼板類が全体の78.5%と圧倒的に多く56,中でも熱延薄板・帯鋼類,厚中板が大きな比重を占めている.輸入は多くの品種で増加傾向にあるが,中でもこの両カテゴリーは,輸出と輸入がほぼ等しくなるに至っている.一方で,条鋼類は輸出が減少しているものの輸入もわずかであり,なお一定の競争力を保っていることに注意しなければならない.また,これら鋼材の他に銑鉄が277万5900トンと大量に輸入されているが,これは阪神大震災後の復興需要をあてこんだ緊急の鉄源需要によるもので恒常的なものではない.
仕向け先・供給元別にみると,輸出の仕向け先は,中国,韓国,タイ,台湾,アメリカ合衆国(表に記されていないが213万6000トン)の順に多い.全輸出に対するアジアの割合は78.3%に達している.1970年代にはせいぜい30-40%程度であり,80年代以降,輸出先のアジアシフトが進んだのである57.一方,輸入の供給元は,韓国のみで全体の46.0%を占めており,これに中国,台湾が続いている.全輸入に対するアジアの割合は75.1%である.特に韓国の場合,数量ベースに関しては輸入が輸出を上回るに至っている.
品種と仕向け先・供給元をクロスさせた場合には,表 III-9,表 III-10のカテゴリーで見る限り,あらゆる鋼材について韓国からの輸入が最大であることがきわだっている.また銑鉄の輸入については,四分の三以上が中国から輸入されている.
高級薄板類を中心としながらも,全品種にわたって一定の輸出がなされていることは,日本鉄鋼企業の国際競争力がなお全般的に高い水準にあることを反映していると見て間違いない.しかし,同時に,厚中板,熱延薄板・帯鋼類という,銑鋼一貫企業が生産する品種において,韓国をはじめとするアジア諸国・地域との競合が強まっていることも見逃してはならないだろう.
1995年の韓国の鋼材輸出は910万9000トン,鋼材輸入は1045万2000トンである(表 III-11,表 III-12).推定輸出比率は27.5%,輸入依存度は30.3%である(表 III-3).最近10年間で見ると,1993年までは輸出入とも増大傾向にあったが,その後内需の好調に伴って輸出が減少する一方で輸入が増大している58.
表 III-11
表 III-12
製品別に見ると,輸出は鋼板類が全体の70.9%,特に薄板類が63.1%と極めて高い比重を占めている.薄板類の中でも熱延帯鋼が29.5%と最大の比重を占め,続いて冷延鋼板類が20.1%,表面処理鋼板が11.3%となっている.薄板類の中では相対的に加工度の低い量産品である熱延帯鋼でPOSCOが国際競争力を持っていることがあらわれている.一方,輸入品の中で最大の比重を占めるのは鋼塊・半製品であり,実に輸入全体の30.4%を占めている.また銑鉄も200万トンを超える輸入がおこなわれている。韓国は,表 III-4のように,比較的製銑・製鋼・圧延工程のバランスがとれているのだが59,なお需要の拡大期には製銑・製鋼能力の不足があらわれるようである.特に製銑能力,つまりはPOSCOの高炉は公称能力をこえて稼働しており60,銑鉄不足は明白である.鋼材輸入では熱延帯鋼と条鋼類が多い.条鋼類は,国内の製鋼・圧延企業の投資も伸びているので,競争劣位ではなく能力不足による輸入と見られる.
輸出の仕向先では日本が35.4%と最大の比重を占めている.この他,アセアン諸国が5カ国合計で21.1%,北米が13.8%,中国が11.7%である.アジアの比重は80.5%と高く,輸出市場として要の位置にある.輸入の供給元も日本が26.8%と最大であり,中国が22.0%,ロシアが16.0%である.アジアの比重は52.0%と輸出に比べて低く,多様な供給元から鋼材を調達していることがわかる.
製品と仕向先・供給元をクロスさせた場合の特徴的な点を列挙すると,第一に,薄板類の中でも,冷延鋼板類や表面処理鋼板といった高級鋼材はほとんどが日本から調達されている.特に高度な品質を要求される分野に限られた輸入だと思われる.第二に,中国,CIS・東欧,中南米の供給は半製品,条鋼類,熱延帯鋼などに偏っており,ロシア製H形鋼にはダンピング調査がおこなわれていることからみても,低価格の汎用量産品が中心であると思われる.第三に,溶鍛接鋼管が輸出超過であり,継目無鋼管は輸入超過である.これは,世界的に能力過剰である継目無鋼管をあえて製造しないというPOSCOの戦略を反映している.
以上の内容から見て,韓国の輸出比率・輸入依存度がともに20%台にあることは,鋼塊・半製品,条鋼類の輸入については主に国内供給体制の不安定性を,薄板類の輸出入については競合とすみわけを反映している側面が強いと考えられる.韓国鉄鋼業の輸出競争力は,POSCOの薄板類,特に熱延帯鋼のそれに依存するところが大きい.その意味では,「後発性の利益」を活かしながら量産品を低コストで供給するという性格はなお顕著である.しかし,その一方で,中国,ロシアからの輸入は,韓国鉄鋼業がもはや一部の汎用量産品では最低コストの生産者ではないことを示している.おそらくは,表 III-12では同一の条鋼類や熱延帯鋼となっていても,POSCOが供給する製品と中国,ロシアから輸入する製品にはグレードと用途に違いが生じていると推測される.一定の競合関係に入りながら高級化によるすみわけを迫られつつあるという点では,POSCOの立場は先進国の銑鋼一貫企業に近づきつつある.
なお台湾については分析を省略するが,基本的には韓国に近い性格を持っている.ただし,表 III-4からわかるように,製鋼能力が熱延能力の57.5%しかなく,このことが表 III-3に記したように東アジアで最大の半製品輸入を招いている.韓国に比べても,その供給体制は一定の脆弱性を残していると言えるだろう.
グループT-1の企業類型・貿易構造分析を,供給体制の確立という見地からまとめておこう.日本,韓国,台湾の鉄鋼業は,銑鋼一貫企業による大量生産システムを確立しており,薄板類を基軸とした多品種生産をおこなっている.これに,製鋼・圧延企業による条鋼類生産が加わり,全体としての多品種生産が実施されている.
中でも,もっとも安定した供給体制を確立しているのは日本鉄鋼業である.自動車産業などとの大口ユーザーと密接な結びつきを保っており,それを通して大量消費型生活様式を支えている.また貿易面では,高級薄板類を中心としながらも,多くの品種で国際競争力を保っている.ただし,傾向的には条鋼類の輸出は減少しており,一部薄板類の市場ではPOSCOと競合しつつある.韓国は企業類型上の構成は日本に類似しているが,急速な経済成長の下で,製鋼工程や条鋼類の生産に不安定性を抱えている.薄板類については,熱延帯鋼など汎用量産品を中心に高い競争力を誇っているが,より低グレードの中国・ロシアなどの製品との競合も一部で生じている.また台湾は,製銑・製鋼工程の能力不足が目立っており,韓国に比べても供給体制に一定の脆弱性を残しているのである.以上が,日本・韓国・台湾の供給体制における共通性と序列的な関係である.
(未完)
※校正中の補足.本稿提出直後の7月23日に第34回白石記念講座『東南アジアの発展と鉄鋼業』(主催:日本鉄鋼協会)が開催された.本稿とテーマの重なる論文も多数発表されたことを付記する.
※本稿は,1997年度科学研究費補助金<奨励研究A:課題番号09730037>を受けた「東アジア鉄鋼業の生産システム配置と国際分業・競争の展望に関する研究」の研究成果の一部である.
脚注
1 社会科学や社会評論において,産業経済の現在を技術面から特徴づける際に,「電脳化」,「情報化」,「軽薄短小」,など様々な概念化がなされる.その中には,これらの概念を「工業化」,「重厚長大」,「重化学工業段階」などと二律背反的に対置し,繊維産業や鉄鋼業などに過去の経済を,いわゆる先端産業に現在の経済を代表させる傾向も見られる.要するに,先進国の成長産業の特質を産業経済全体にあてはめているのである.それが,典型を取り出すという意味である程度有効であることは理解できるにせよ,留保すべき点もある.第一に,本稿で示すように,鉄鋼業が工業化の重要なファクターとなっている国・地域はいぜんとして多い.第二に,先進国のみを考えるとしても,輸出や海外進出を含めて,成熟産業化した鉄鋼業がどのように再編成をとげるかという独自の問題を忘れてよいことにはならない.第三に,今日では鉄鋼業の諸活動自体がコンピュータ化されており,「情報化」などの名で示される事態の構成部分をなしているのである.
2 掲げきれないほどの研究があるが,徳永重良・野村正實・平本厚『日本企業・世界戦略と実践』日本経済評論社,1991年,板垣博編著『日本的経営・生産システムと東アジア』ミネルヴァ書房,1996年,など.
3 例えば北村かよ子編『東アジアの産業構造高度化と日本産業』アジア経済研究所,1997年,粕谷信次編『東アジア工業化ダイナミズム』法政大学出版局,1997年など.
4 関満博『現代中国の地域産業と企業』新評論,1992年,以後の一連の研究など.
5 平沼亮「鉄鋼高炉業界の『経営革命』」『財界観測』1995年10月号,野村総合研究所.山家公雄「鉄鋼業の国際競争力を巡る課題について」『調査』第197号,日本開発銀行,1995年3月.沢田雅俊「ASEAN・中国の鉄鋼産業と日系企業の事業戦略」(北村かよ子編,前掲書所収).
6 田島俊雄「中国鉄鋼業の展開と産業組織」(山内一男・菊池道樹編『中国経済の新局面』法政大学出版局,1990年),
7 松崎義「首都鋼鉄公司」,同「技術革新」,同「結語」(松崎義編『中国の電子・鉄鋼産業』法政大学出版局,1996年,所収).
8 李捷生「企業改革」,同「経営主体」(以上,松崎編,前掲書所収).同「中国の工業化と賃金政策」『政経論叢』(国士舘大学)第95号,1996年3月,同「中国国営大企業の“自主経営体制”と労働関係」『現代中国』第67号,日本現代中国学会,1993年6月,同「中国国営大企業における混合型経営の展開」『季刊中国研究』第22号,中国研究所,1991年5月.これらの論文は加筆・修正の上で同『中国国有大企業の経営と労使関係』東京大学大学院経済学研究科学位論文,に収録されている.
9 中屋信彦「中国鉄鋼業の国有企業改革と効率性」『経済論究』(九州大学大学院)第94号,1996年3月.
10 この段落は,岡本博公『現代鉄鋼企業の類型分析』ミネルヴァ書房,1984年,第1章を参照.なお,同書の「生産構造」を「生産プロセス」とした.
11 企業類型論を動態化する理論的視点は,肥塚浩『現代の半導体企業』ミネルヴァ書房,1996年,第1章に学んだものである.本稿は企業組織の階層構造を取り扱っていない分だけ同書より議論が単純であるが,これは鉄鋼業の場合,多事業統合企業であるか鉄鋼専業企業であるかという相違よりも,生産プロセスの継起的段階のどこまでを保有するかの相違の方が,企業行動に大きな違いをもたらすと判断したからである.
12 単純圧延企業が単純企業の代表となるのは,鉄鋼業の中心が鋼材生産である,いわゆる「鋼の時代」に入ってからである.
13 本稿では,鋼管の製造(製管)については圧延に準じるものとみなす.
14 労働手段の種別区分については,中峯照悦『労働の機械化史論』渓水社,1992年,165-169頁による.産業のレベルでの化学工業,機械工業,動力工業としての複合的性格については,同上,248-250頁,十名直喜『鉄鋼生産システム』同文舘,1996年,3-5頁も参照.
15 薄板とは,厚さ3ミリメートル未満の鋼板である.本稿で薄板類という場合は,切り板状の薄板と長尺のままコイル巻きした広幅帯鋼,,帯鋼を含み,また熱延薄板,冷延薄板のほか,めっき鋼板,ブリキ鋼板などを含めて,広い意味で用いる.この場合,ホット・ストリップ・ミルを経由して生産されるというところが共通である.統計では切り板状の薄板とコイル上の帯鋼が別物とされることも多く,めっきその他の二次加工されないものだけを薄板と言う場合もある.
16 ホット・ストリップ・ミルの基幹的位置を明示したのは岡本,前掲書,56-57頁である.
17 なお,実際には溶銑予備処理,取鍋精錬,錫や亜鉛のめっきなども重要な意味を持つが,骨格のみを示すために省略した.
18 Piore, Michael and Charles Sabel, The Second Industrial Divide, New York, Basic Books, 1984, 山之内・永易・石田訳『第二の産業分水嶺』筑摩書房,1993年,は,ポスト大量生産を考える上で貴重な研究である.ただし,高級品を多品種生産する特殊鋼電炉と,汎用品を少品種生産する普通鋼電炉を一括して「クラフト生産」の系譜に入れ,「大量生産」と対立させているのは大まかに過ぎる.
19 特殊鋼専業の製鋼圧延企業の場合には,ゼンジミアミルによるステンレス鋼板圧延など,鋼板類を含めた多様な鋼材生産がおこなわれる.本稿では特殊鋼生産に関する独自の検討は省略した.
20 筆者の図 II-1も,岡本,前掲書,348頁の第7-7図も,企業間の関係と,生産プロセスのどの部分をどの企業類型が担当しているかの関係をあらわしている.ただし,岡本の図は企業・企業グループをベースにして,そこに工程を重ねているので,異なる企業類型が同一の工程を保有する部分で同じ工程が二度書かれている.筆者の図は生産プロセスをベースにしているので,同一の工程に複数の企業類型がかぶさっている.これは,岡本の図が企業間関係をあらわそうとしているのに対して,筆者の図が企業間・企業内を問わず分業関係をあらわそうとしていることの違いである.なお,本稿で分業という場合には,ことわりなき限り企業間・企業内を問わないものである.本来,両者を含めて「社会的分業」と呼ぶべきことについて,岩田昌征『現代社会主義・形成と崩壊の論理』第2版,日本評論社,1993年,第2章第3節を中心とする解明に学ぶところが大きかった.
21 矢印は日本の鉄鋼企業の海外進出をあらわすのではなく,企業間の競合とすみわけの関係が,東アジア規模のものになっていくという意味である.前の注20で述べたような作図法をした意味はここにある.
22 渡辺利夫の「後発性の利益」論は,『開発経済学』第2版,日本評論社,1996年など多くの場合においてはマクロ経済的に一般化して語られる.しかし,こと技術導入に関する限り,技術の性格によって濃淡があると指摘している場合もある.例えば,同『韓国経済入門』筑摩書房,1996年,129-131,159-161頁では,鉄鋼業を含む「標準化技術」を導入できる産業と品質・工程管理技術がより重要な機械産業や最先端技術が区別されている.筆者はこの区別は重要だと考える.
23 この経路については,戸田弘元『現代世界鉄鋼業論』文眞堂,1984年,第6章が詳しく考察している.
24 還元鉄製造技術については,主に日本鉄鋼協会生産技術部門調査検討部会『大競争時代に向けた鉄鋼業の新たな挑戦』1996年6月,74-81頁を参照.なおDIOS法とMidrex法以外の技術についても本書を参照されたい.
25 CSPはドイツのSMS社の商品名でもある.ISP方式など,圧延方式の異なるプロセスが他社でも開発されている.日本では,薄スラブ連鋳機を使ったプロセスを,圧延機まで含めて薄スラブ連鋳と呼んでいることも多い.
26 日本の数値は1992年12月現在.公正取引委員会『鋼材市場実態調査』1994年4月,21頁.韓宝鉄鋼と世界のプロジェクトについては, 「アジア各国の現有鉄鋼生産設備一覧」鋼材倶楽部鉄鋼情報サービス室,1997年5月,およびHogan, William T., Steel in the 21st Century, New York, Lexington Books, 1994, 松田常美訳『21世紀の鉄鋼業』日鉄技術情報センター,1996年,85-86頁より判断した.
27 Ibid., 松田訳,178頁.以下,段落の終わりまで,同書邦訳の171-197頁を参照.
28 ただし競争戦略については,独自に分析する機会を別にもって論じることとする.
29 日本は『鉄鋼年鑑』1996年版,鉄鋼新聞社,1996年,483-488頁,韓国はPOSCO's Home Page(1996年1月15日更新時点)と表 III-5,台湾は『鉄鋼統計要覧』1996年版,日本鉄鋼連盟鉄鋼統計委員会,58-59頁と表 III-5から計算.
30 『鉄鋼統計要覧』1996年版,66-73頁より計算.
31 岡本,前掲書,129-150頁.
32 POSCO's Home Page.
33 『鉄鋼統計年報』1996年版,韓国鉄鋼協会,78-79頁より計算.
34 POSCO's Home Page.
35 『鉄鋼統計年報』1996年版,146-147頁, POSCO's Home Pageより計算.
36 『台湾鋼鉄1996』,160頁.
37 同上,71頁より計算.
38 日本の場合,厚中板を加えた鋼板類の比重は45.4%である.注30と同じ統計より計算.
39 South East Asia
Iron and Steel Institute (SEAISI), Steel Statistical Yearbook, 1995,
p.36
40 『台湾鋼鉄1996』,73頁より計算.なお,表 III-3の全鋼材輸出比率28.8%と大きな違いがあるのは,表の注に記した計算方式の違いによる.半製品の再圧延が多い国ではこれほどに異なる数値があらわれてしまうのである.
41 岡本,前掲書,7章2節,馬場靖憲・高井紳二「金属系素材産業」(吉川弘之監修・JCIP編『メイド・イン・ジャパン』ダイヤモンド社,1994年)を参照.また製品開発については川端望「日本高炉メーカーにおける製品開発」(明石芳彦・植田浩史編『日本企業の研究開発システム』東京大学出版会,1995年)を参照.
42 岡本「産業構造の変化と鉄鋼企業」『同志社商学』第39巻第6号,1988年1月を参照.
43 井上義祐「日本鉄鋼業における生産活動のための計画・管理システム(その1)」『桃山学院大学経済経営論集』第37巻第3号,1995年12月,69頁より引用.原資料は『川崎製鉄技報』.
44 以上は,平沼,前掲論文,36頁.
45 C社の例は山家,前掲論文,125頁.
46 高張力鋼板の例はファン・ウ・テク「韓国鉄鋼産業2005年発展方向」『鉄鋼報』1995年11月号,韓国鉄鋼協会,日本鉄鋼輸出組合の訳出による.素材産業の品質管理が,加工組立産業における生産のシステム化にとって不可欠の基本要素であることについて,清日向一郎「日本的生産方式の本質と歴史的位置」『季刊経済と社会』第4号,創風社(同誌は現在は時潮社から発行),1995年9月.なお,この関係が企業経営上どのように作用するかは,競争の問題を独自に分析しなければ一義的には決定できない.鉄鋼企業の採算にとって不利に作用したケースとして,川端,前掲論文を参照.
47 1978年のシェアは,岡本,前掲書,101頁による.
48 「アジア各国の現有鉄鋼生産設備」より計算.
49 『鉄鋼年鑑』1996年度版,492頁.
50 『韓国鉄鋼新聞日本語要約版』,ヤングスチール株式会社,各号より判断.
51 『鉄鋼統計要覧』1996年版,183-184頁より判断.
52 同上,186-187頁.
53 同上.
54 同上.
55 特殊鋼については,本来は独自の分析が必要であるが,ここでは省略する.ただおおまかに言えば,高抗張力鋼など内需に比べて輸出の比重が相対的に高い品種で一貫企業のシェアが高いので,輸出向け特殊鋼鋼材でも一貫企業の優位が推測できる.
56 表 III-10の構成比から計算した場合とずれているのは四捨五入の関係による.以下,若干の数値で同じ現象が起きているが,本文の方がより正確である.
57 『鉄鋼統計要覧』各年版より判断.
58 「1995年の韓国鉄鋼需給」『日本鉄鋼輸出組合月報』,1996年10月号,13頁より判断.
59 製銑工程を持たない製鋼圧延企業がスクラップ等の鉄源で操業できるならば,製銑・製鋼能力のバランスはそれほど問題ではない.これに対して,製鋼・圧延能力バランスはより直接的に能力の過不足をあらわす.