日本の高炉メーカーが、原料炭価格の四半期毎改定に合意した件についてのコメント


掲載:2010/3/27

 以下の文章は、中国のウェブメディア『網易』の依頼に応じて書いたものです。編集の都合で予定よりも短くしか紹介されず、残念でした。掲載された記事はこちら。没にするのも哀しいので元原稿を公表します。

■日本の高炉メーカーが原料炭の四半期毎の価格改定に合意した理由は何か?

事実関係

 今回の価格改定は、石炭サプライヤーであるBHPビリトン三菱アライアンス(BMA)が、これまで年単位で決定していた価格を四半期単位に変更することを要求してきたことからはじまります。新日鉄やJFEスチールなどの日本の高炉メーカーはこれに反発していたのですが、抵抗しきれずに今回、20094-6月分の原料炭価格について55%の値上げで合意しました。その後、テック・コール・パートナーシップおよびリオ・ティントとも同様に合意しました。今後の契約も四半期単位になるのかどうかは決まってはいません。今後ずっと四半期単位になることが決まったかのような報道もがありますが、それは正確ではありません。

四半期単位の価格改定が実現した理由

 この改訂は、原料炭サプライヤー側がこれを求め、新日鉄やJFEがそれに抵抗しきれなかったために実現しました。ですから、理由もいくつかに分けて考える必要があります。

背景

 世界の資源価格は不安定になっています。石油も鉄鋼原料も、上がり下がりが激しくなっており、予想が付きにくくなっています。このことは、1年間価格を固定した長期契約を難しくします。1年後の状況がどうなるかの予想がしにくくなればなるほど、合理的な価格水準がわかりにくくなるからです。

BMAが価格改定期間を短縮しようとした理由

 鉄鋼業が使用する原料炭は、需要側も供給側も世界の大手企業です。双方とも安定供給を望みますので、取引期間は長期になります。実は取引の量については1年よりも長い単位で長期契約するのが普通です。ですから、今回のように価格交渉がなかなかまとまらなくても、原料の供給自体簡単には止まりません。

 このとき、需要超過であれば、市場実勢を速やかに価格改定(値上げ)に結びつけることが石炭企業側の利益になります。ですから、現在BMAが求めていることは、石炭企業としてはもっともなことです。なお、逆に供給超過であれば、市場実勢を速やかに価格改定(値下げ)に結びつけることが鉄鋼企業側の利益になります。

 BMAの姿勢には、近年のスポット市場、短期的な取引市場の急拡大も影響指しています。中国では急速に鉄鋼業が成長したために、中小型の鉄鋼企業が、原料炭や鉄鉱石を長期契約では確保しきれずに、スポット契約や、1ヶ月単位の契約で調達したりしています。このような市場では、需要超過は速やかに値上げにつながります。短期的取引の機会が生まれたために、BMAは、1年間価格を固定したまま売りたくはないという姿勢をますます強めたのでしょう。

新日鉄、JFEスチールがBMAの要求に抵抗しきれなかった理由

 世界の鉄鋼業は、リーマン・ショックにもかかわらず成長の勢いを回復しつつあります。その原動力は中国市場です。当然、原料炭の需給もひっ迫し、原料炭サプライヤーにとっては原料炭を高く売りやすくなっているのです。

 加えて、ここでもスポット市場の成長という要因が作用しています。前述のように、中国鉄鋼業の急成長のために、原料炭サプライヤーは長期契約の市場の他にスポット市場という売り先を得ました。しかし、日本の大手高炉メーカーは安定した品質と量で石炭を確保しようとするために、スポット市場はあまり利用しません。鉄鋼業は、たとえ同じ設備を使っても、原料の品質によって製品の品質やコストが左右されるので、高級品を重視する日本メーカーには、原料の品質安定はとくに重要なのです。ですから、日本の高炉メーカーは多少値段が上がっても長期契約で買おうとします。このため、原料炭サプライヤーの方が幅広い選択肢を持つことになり、日本メーカーに対する交渉力をいっそう強めているのだと考えられます。

■日本経済にはどのような影響があるか?また中国を含む国際市場に対してはどうか?デメリットだけでなくメリットもあるか?

原料炭の需給を短期間で価格に反映させる方式自体のメリットとデメリット

 まずは、経済全体にとってのメリットとデメリットを考えます。需給の状態を速やかに価格に結びつけること自体は自然な市場の作用ですから、経済全体を効率的に運行させる上で大きなメリットがあります。

 ただし鉄鋼業の場合、需要側も供給側も巨大企業が中心的な存在で、市場参加者が少数ですから、市場が機能しきれないというデメリットも出てきます。ときどきの力関係による一方的な取引は経済を歪めます。また、価格交渉を頻繁に行うと、交渉自体にコストと時間がかかって市場全体にとっての無駄が大きくなります。

 このようなメリットとデメリットのどちらが大きいかは個別の事情によるのでにわかには判断できません。

日本でも中国でも、短期的には鉄鋼業と鉄鋼需要産業にはコスト高に。石炭産業には利益に

 現在の状況のもとで、価格の四半期毎の改訂が定着してしまったらどうなるかを考えます。この影響は、短期と長期とでは大きく異なります。

 短期的には、価格が上昇傾向にある限り、新日鉄やJFEスチールなどの日本の鉄鋼メーカーにとってはコストが高くなります。鉄鋼メーカーが高くなったコストを価格に転嫁すれば、鋼材を買う産業にとってのコスト高となります。それがまた価格転嫁されれば消費者のコスト高になります。一方、三菱商事は子会社を通してBMAの権益を持っていますから、値上げによって利益を得るでしょう。このように、日本国内でも企業によって利害は異なりますが、おおまかに言えば、日本の鉄鋼業と鉄鋼需要産業にとってコスト高になるというのが主要な影響でしょう。

  今回の改訂をきっかけにして、大手の原料炭サプライヤーはみな、国際市場で価格の改定間隔を短縮する動きを強めると思います。世界の原料炭価格や鉄鉱石価格が、需給実勢に応じて上がっていく傾向が強まるでしょう。そのため、中国でも鉄鋼メーカーの原料コストが上昇し、鉄鋼需要産業や消費者にとってもコストが上昇するでしょう。一方で、日本と異なり、中国には巨大な規模の石炭産業が存在します。中国国内の原料炭サプライヤーも、海外のサプライヤーほどではないにせよ価格を引き上げるでしょうから、利益を増大させるでしょう。

 また、日本の鋼材が中国をはじめとするアジア諸国に輸出されていることにも注意が必要です。日本製鋼材の値上がりは、中国を含むアジアの企業や消費者にとってもコスト高を意味するのです。

中国でも日本でも、持続可能な発展を促す機会にできれば長期的には利益に

 しかし、長期的には異なる影響が出てきます。原料炭価格の上昇は石炭資源の浪費を抑え、代替原料や省エネルギー技術の開発を促します。自動車や建設などの鉄鋼消費産業に向かっている需要を、他の分野に転換させる効果も持っています。

 このことが中国で重要な意味を持つことは明らかです。中国ではいま経済の過熱による投機的な行動、産業構造の第2次産業への偏り、石炭資源の浪費、それに関連した汚染物質排出と CO2排出が問題になっているからです。原料炭の価格引き上げが鉄鋼業の投資と生産をほどよく抑制すれば、不動産投機を鎮静化させ、エネルギー効率を改善し、SO2CO2排出を抑制することにつながるでしょう。エネルギーを浪費し、環境を破壊するような企業は淘汰されていくでしょう。そうすることによって、スポット市場で原料炭を購入しようとする買い手も減り、国際的な価格上昇圧力も下がっていくことでしょう。この動きは、中国政府が目指す省エネルギー・低炭素経済の方向とも合致しています。

 また、ある程度省エネルギーが進んでいる日本でも、先進国の責任として、さらなる低炭素経済への前進が求められています。原料炭の値上がりは、微粉炭、廃プラスチックといった代替原料の使用拡大、CO2排出の小さい製鉄技術の開発を刺激するでしょう。

 つまり、中国においても日本においても、鉄鋼業が原料価格の高騰をきっかけに持続可能な発展に向かうならば、長期的には利益がもたらされるのです。

 ただし、政府がこうした市場のフィードバック作用を妨げようとしたり、省エネルギー・低炭素経済よりも鉄鋼生産の短期的な拡張を優先する政策をとったりすれば、結果は異なってしまいます。両国の政府が、政策を誤らないことが重要です。

原料炭価格高騰について、日本と中国は共通の立場にある

 原料炭や鉄鉱石価格の引き上げ交渉があるたびに、中国では「日本メーカーが値上げを認めると中国に対しても値上げされて迷惑する」という声が起こり、日本では「中国が鉄鋼をつくりすぎるから日本が買う石炭まで値上げされて迷惑する」という声が起こります。どちらも適当ではありません。

 値上がりの根本原因は需要の拡大です。これまで説明したように、中国を先頭とする鉄鋼業の急成長、スポット市場の拡大という国際市場の動向に影響されて、原料炭サプライヤーが価格引き上げと価格改定期間の短縮を要求し、鉄鋼メーカーが飲まざるを得なくなったのです。これらは市場の一続きの作用であり、その一箇所だけを取り出して当事者を責め立てても意味がありません。中国の需要拡大に影響されて値上げを認めた日本メーカーを中国から責めるのも理不尽ですし、中国が鉄鋼業を成長させて豊かになること自体を、より豊かな日本からとがめることも理不尽です。

 日本鉄鋼業と中国鉄鋼業は、原料炭価格高騰をめぐって対立する立場にあるのではありません。これをきっかけに持続可能な産業発展をめざすという共通の課題に直面しているのです。すでに行われている環境協力・技術協力をいっそう強めていくべきでしょう。


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