・形式について、長さを原則自由にしたのはよいとして、目安は与えておくべきだったかもしれない。一方で、異様に長い要約が何枚も続くレポートがあるかと思うと、他方で、極度に説明不足の短いレポートがあったりした。
・細かな書式ミスは目をつぶったが、全編手書きであったものは減点した。
・対象文献の要約に紙数のほとんどをつぎ込み、コメントがほとんどないものがあった。また、著者の主張をそのまま自分の主張に置き換えているだけの場合も少なくなかった。このようなレポートは問題8と9に多かったが、コメントの程度に応じて33点以下しか与えなかった。
・問題1、2、8、9について、コメントがコメントになっていないものがかなり多かった。そのパターンはおおむね、3通りにわけられる。
第一に、問題1や2など理論問題について、要約はできているのだが、「とても興味深かった」、などとだけ書かれているケースである。単なる感想ではなく、学問的コメントが要求されているのである。「研究の発展を期待する」という傍観者的コメントもあったが、諸君の意見をきいているのである。
第二に、時事問題を扱った問題8や9に多かったが、著者の意見をよくふまえずに、自分の価値観をぶつけてしまうケースである。特に、「日本人にはあわない」と言って終わりにするものが多い。それでは思考停止であり、せめて一歩進んで、欧米と日本はどこがどう異なるのか、欧米と日本のシステムにそれぞれ経済合理性はあるのか、ないのか、というところを考えて欲しい。
第二に、問題そのものに正面から取り組んでいないケースである。もっとも多い例が、「(改革を)急には無理だからすこしづつやればよいと思う」「まず意識改革が重要だ」である。また、「会社とはこういうものだとわかったから、自分は会社に入ったらこうしていこうと思う」という処世術を述べたものもある。これらもほとんど思考停止である。たとえば、「こういうしくみのものとでは、自分も含めてこのように利己的に行動するのが自然ではなかろうか」と考え、モラル・ハザードなどの問題につなげて欲しい。
・求められているのは、対象文献が取り扱っている問題や、それに対する著者のアプローチの仕方について、叙述の表面に現れていない理論構造をよみとったり、経済理論的な特徴を解明したり、事実との整合性を調べたり、著者の主張の実践的帰結を深く考えることである。授業との関係では、制度派的に、限定合理性・不確実性・複雑性といった状況下で「整合的なコーディネーションができているか」「どのようなインセンティブが参加者に与えられているか」を考えてみればよい。問題8と9を選択したレポートの中で、数少ない優れた例として、以下の二つをあげる。
『リストラと能力主義』について。著者が一面では能力主義の徹底を主張しながら、他面では企業が雇用を保証することを前提としていることについて考察し、「この問題は、労働問題に対して、市場で処理すべき領域と、組織で対処すべき領域の線引きをどこに求めるかということでもある」と看破したレポートがあり、高く評価した。ほとんどのレポートは、著者がひたすら市場原理と能力主義の徹底を求めて、人事部の既得権益を批判していると受け止めていた。その側面も確かにあるのだが、一方で、著者はリストラ批判を行っているんだから、両者の関係をよく考えて欲しかった。
『株式会社はどこへ行く』について。「著者の主張の核心は行っているのは、実は法人資本主義批判である」と看破したものがあり、高く評価した。著者の批判の矛先は、主に法人による株式持合いと需給・価格操作という法人資本主義に向けられているのであり、株主資本主義についても、株式持合いの下では建前どおりに機能しないと批判しているのである。株主利益の追求を優先すること自体に対しても批判を行っている部分もあるが、論旨の中心ではない。多くのレポートは、この二つの批判の区別がついておらず、法人資本主義批判に著者の重点があることにも気づいていなかった。
・問題1と2について、対象文献の要約はよくできている場合が多かった。そのこと自体はたいへん望ましいが、かなり厳しい採点をおこなったにもかかわらず、平均点数が高くなってしまった。素点プラス7点は優遇し過ぎであったと思う。ただし、約束したことなので諸君に不利益になる変更はしない。なお、要約だけでまったくコメントをしていないものは非常に低く評価した。
・問題1と問題3の採点基準の大きな柱は、「取引費用」の概念を理解しているか、特に生産費やコスト一般との区別がついているか、ということである。取引費用の節約をコスト一般の節約と混同しているレポートは低く評価した。
・問題3と問題5は、高水準の回答の比率が高かった。講義をよく聴いていたことや、論理的にまとめる能力があることが伝わってきた。また講義自体も、第1部の中では、このあたりが一番うまく説明できていたのかもしれない。
・問題4のテーマについては、講義にも不充分さがあったようである。規模に関する収穫逓増があるケースでは「市場の失敗」が生じやすく、したがって市場と価格メカニズムに委ねておくと非効率的な結果が生じる可能性があるということが基本論点であり、それを講義においても強調した。しかし、そこからさらに具体化するところで整理がよくなかった。たとえば、現在の価格シグナルから見れば生産することが不利な製品であっても、習熟効果や連結効果が近い将来においてねらえるのであれば、生産を開始することがありうる。この場合、価格シグナル以外の、たとえばマーケティング情報や技術情報を活用することが必要になり、それにふさわしい組織が必要となるというのが企業論的含意である。また、収穫逓増が生じると、先行して参入した企業が、生産を拡大すればするほど有利となり、市場を独占してしまうという帰結も重要である。この2点は、講義で少しづつ話はしたが、ストーリィの中での位置付けがあいまいだったかもしれない。このことがあったので、講義と異なる説明の仕方をしたレポートも低くは評価しなかった。
・問題6は難解過ぎたようで、選択者が極めて少なかった。実際、マルクス経済学原論の本にもあまり書かれていない内容で、他文献を参照することが困難である。ただ、講義内容を熟知していれば回答は可能であり、実は、V1(2)「物象化と物神性」から2(1)「資本の人格化としての法人企業」までをまとめて説明すればよいのである。そこに気がついたかどうかで極度に明暗がわかれ、点数の差が大きく開いてしまった。
・問題7については、講義内容を踏まえてかいてきたものと、マルクス経済学原論の文献を要約してきたと思しきものに別れた。前者を高く評価したが、その目安として「価格メカニズムではほんらい決定することができないから、制度的に決定する以外にない」側面(たとえば、必要労働を超えてどこまで剰余労働をさせることができるか、失業者の生活費の確保)を強調したものは特に高く評価している。この論点は、新古典派との対比を意識した私の講義では特に強調したことだからである。
以上