「企業論」期末試験の回答例(改訂)


掲載日:2001/03/06

 すでに試験は終了したが、設問2.の一部分が説明不足であることに気がついた。思い返すと、講義の際の説明も不充分であり、反省しなければならない。今後このページをご覧になる方のために改訂しておく。改訂部分は青線で示す。採点時に使用した回答サンプルはこちらをクリック

 

「企業論」期末試験 問題(200125日実施)

 

※持ちこみ条件:「講義レジュメ・付属図表・ノートの持ちこみ可」

 

 以下の設問1、設問2のうちからどちらか1つを選び、回答せよ。

 

設問1.生産と労働のフレキシビリティについて、以下の点に注意しながら述べよ。

・生産システムにフレキシビリティが求められるようになった背景。

・二つのフレキシビリティの違い

・本講義で詳しく取り上げた方のフレキシビリティの内容。

・フレキシビリティは経営者と労働者の立場からそれぞれどのように受け止められたか。

 

講義レジュメへの関連する補正

16(3)企業と生産のフレキシビリティ ■フレキシビリティとは何か(1)の、

「垂直的な機能的統合。組織的統合は変化しても、機能的にはさほど変化せず」を以下のように改める。

「垂直的なビジネス・プロセス。組織的統合のあり方は変化しても、ビジネス・プロセスはさほど変化せず」

ただし、補正前の用語を使用しても減点の対象とはしない。

 

◇回答例(50点満点の45点相当)

 企業の生産システムにフレキシビリティが求められるようになった背景には、1970年代における経営環境の世界的な変動がある。すなわち、金・ドル交換停止と変動為替相場制への移行による為替相場の不安定化、オイル・ショックによる原燃料価格の不安定化、そしてインフレと不況が併存するスタグフレーションの現出によるマクロ経済環境の不安定化である。このような状況下で、変化する経営環境を国民経済レベルで制御することが困難になり、ケインズ政策の無効化が叫ばれるに至った。このため、企業は激しく変化する経営環境に対して直接適応することを迫られ、その際に必要な生産・労働の特性としてフレキシビリティが唱導されるに至ったのである。

 フレキシビリティは、まずビジネス・プロセスの構造レベルで、構造形成的フレキシビリティと構造前提的フレキシビリティに大別される。構造形成的フレキシビリティとは、ビジネス・プロセスの構造そのものがフレキシブルに変化し得るだということである。万能職場どうしが、仕事の内容に応じて組み合わせや加工順序を変えながら柔軟に結合するプロセスがこれにあたる。例えば、日本の大田区などの工業集積地における専門加工企業間の関係や、イタリア北部における繊維産業の企業間ネットワークにみられるものである。

 構造前提的フレキシビリティとは、垂直的に結合したビジネス・プロセスの構造を所与とし、その範囲で機能や数量について追求されるフレキシビリティである。ここで垂直的結合というのは、企業組織として垂直統合されているか否かということではなく、垂直的な流れのビジネス・プロセスだということである。主に量産型のビジネス・プロセスに見られるものであり、トヨタ生産方式や繊維産業のアメリカ・モデルなどがこれにあたる。いわゆる「職人技」の世界は、構造形成的なフレキシビリティの一種であり、垂直的ビジネス・プロセスを前提としたフレキシビリティとは区別されねばならない。

 本講義では、構造前提的フレキシビリティを詳しくとりあげた。構造前提的フレキシビリティは、二つの基準で分類できる。ひとつの基準は生産と労働のフレキシビリティであり、もうひとつの基準は、機能と数量のフレキシビリティである。

 生産の機能的フレキシビリティとは、効率的な多品種・少ロット生産を行うことであり、生産の数量的フレキシビリティとは、生産量を円滑に調整することである。1970年代以後、上で述べたマクロ経済環境の不安定化に加えて、一部発展途上国の工業化という事態が生じた。発展途上国・新興工業地域が規格品を低コストで大量生産し、輸出をおこなうようになったため、先進国では大量生産システムが利益を生みにくくなった。このため、先進国の企業は、生産システムを、少品種大量生産から、高級品を含む多品種・小ロット・変量生産に切り替える必要が出てきたのである。垂直的なビジネス・プロセスの下でこれらのフレキシビリティを実現する方法として、例えば「必要なときに、必要なものを、必要なだけ」生産するJIT生産方式などが注目された。

 生産のフレキシビリティを実現するためには、労働にもフレキシビリティが要求される。労働の機能的フレキシビリティとは、労働者が多数の仕事をこなせる、いわゆる多能工化を実現することである。労働の数量的フレキシビリティとは、労働支出の量を円滑に調整することである。その内容と実現の方策は、各国・地域の社会関係を表現して様々であり、また労使間の争点となった。

 企業経営者から見れば、生産・労働のフレキシビリティが基本的に望ましいものであることはいうまでもない。問題は、生産のフレキシビリティと連動する労働のフレキシビリティが、労働者側から見た場合、どのように受け止められたかである。労働組合による職場規制が強力な諸国では、フレキシビリティは既得権の削減と受け止められることが多かった。多くの局面では、労働者がフレキシビリティによる労働負担の増加や雇用調整の拡大を受忍せざるを得なかったのである。しかし、欧米を中心に、一部の労働組合や経営者は、フレキシビリティを、従来の生産システムの下での労働疎外やレイオフといった問題点を解決する方向へ向ける試みを行った。その際にモデルとして日本の労使関係が注目されることがあった。

 まず、多能工化をめぐる争点である。労働者にとって重要なことは、低位多能工化か高位多能工化かということであった。すなわち、多数の種類の単純作業を覚えさせられ、経営者の権限の下で配置換えされるだけなのか、次第に難しい仕事を覚えて高度な技能を身につけることができるかどうかであった。一般的には、高度な技能は処遇を改善する交渉力の基礎となるため、欧米諸国の労働組合は、フレキシビリティにできるだけ後者の性格をもたせようとした。その際、日本の量産システムで労働者が多能工化されていることが注目された。しかし、技能が労働者の資産とみなされる程度や様式は、社会関係に依存している。職務区分と人事査定基準があいまいな日本の労働組織では、技能が個人に帰属しにくいという特徴があり、技能の向上を処遇の改善に結びつけることが困難であった。

 もうひとつは、労働支出の円滑な調整をめぐる争点である。すなわち、生産縮小期の雇用調整をレイオフでおこなうのか、ワークシェアリングで行うのかといったことが問題になった。また、生産調整に応じて非正規雇用労働者を増減させることの是非や程度も問題となった。欧米の労働組合は、1970年代以後、雇用の確保を重視するようになり、一部では日本の「終身雇用」をモデルとする評価も現れた。確かに日本では、雇用調整の際に、大企業の男子正社員に対する指名解雇は避けられ、残業縮小、配置転換、一時帰休、出向、採用抑制といった形で行われることが多かった。しかし、実は中小企業従業員や女性従業員、非正規雇用の従業員に対しては、解雇を含む厳しい措置がとられてきたのである。

 フレキシビリティを労使双方の利害にかなったものとしようとする試みは、一部のものではあったが貴重な実験であった。しかし、これらの試みが日本の労使関係をモデルとした際には、しばしば不正確な理解が含まれていた。

 

◇設問1のポイント

・垂直的なビジネス・プロセスを前提としたフレキシビリティは構造前提的フレキシビリティである。レジュメだけではわかりにくいが、講義ではこれを明確に述べている。

・第2部の講義で詳しく解説したのは、量産型のビジネス・プロセスにおけるフレキシビリティであり、構造前提的フレキシビリティである。

・この回答例では労働のフレキシビリティに関する争点を詳しく述べているが、「本講義で詳しく取り上げた方のフレキシビリティの内容」の一部として、JIT生産方式などを詳しく解説した場合も、評価にはプラスとなる。

 

設問2.日本の自動車部品メーカーの設計開発への関与について、(a)「契約的枠組み」としてはあいまいなところがあること、(b)それにもかかわらず一定の条件のもとでは大きな問題とならなかったこと、(c)しかし今日ではその条件が変化しつつあることを講義で述べた。具体的に解説せよ。

 

◇回答例(50点満点の45点相当)

 日本の自動車メーカーと一次部品メーカーとの取引関係においては、一次部品メーカーの開発への関与が注目を集めてきた。

 部品メーカーが設計開発に関与する方式は様々であり、その方式は設計図面の性格によって分類される。自動車メーカーが市販部品を購入する場合は、部品メーカーの開発への関与はない。自動車メーカーが設計図面を作成し、部品メーカーに貸与して量産を行わせる方式を貸与図方式という。この場合、部品メーカーは設計変更の要請や提案を行うことがある。部品メーカー自身が設計図面を作成し、自動車メーカーがこれを承認し、同じ部品メーカーが量産を行う方式を承認図方式という。部品メーカーが設計図面を作成し、図面や関連情報を自動車メーカーに譲り渡し、自動車メーカーが改めてこの図面を別の、あるいは同じ部品メーカーに貸与して量産を行わせる方式を委託図方式という。承認図方式では設計の外注と量産の外注が結びついているが、委託図方式では切り離されている。

 日本の自動車部品メーカーが設計開発に関与する際には、承認図方式が多くの場合で取られてきた。新古典派ベースの制度派経済学では、承認図方式は整合的な「契約的枠組み」と評価された。貸与図方式から承認図方式への変更は、特定の自動車メーカーとの関係の中で有効性を発揮する、一次部品メーカーの関係的技能の向上を表現するものとみなされた。

 しかし、承認図方式は、「契約的枠組み」としてはあいまいな側面をもっている。

 第一に、開発に貢献する部品メーカーの能力に対して、製造と区別した明示的な評価と支払いがおこなわれないことである。部品メーカーが開発に関与するようになってからも、部品の単価決定式の中には、開発費という項目がないのが普通である。

 部品メーカーは、部品の開発プロジェクトについて、当然開発費を負担している。また、次世代、次々世代の部品開発に備えた先取研究・先取開発も行っており、これが開発リードタイムの短縮に大きな役割を果たしている。その開発費も、自動車メーカーとの関係の中で発生したものである。これらの開発費が部品単価決定において明示的に考慮されないことが、承認図方式のあいまいさである。

 第二に、承認図方式の理念型においては、ある部品の設計・開発を委託されたメーカーが量産も委託されるものと想定されているが、実際の契約は、そう単純ではないということである。部品メーカーが一社特命で決定される場合は、特定の部品メーカーに設計・開発から量産までが委託される。しかし、開発コンペと呼ばれる競争を通して決定される場合は、複数の部品メーカーが自動車メーカーから仕様を提示され、自動車メーカーと協力しながら設計や試作を行うことになる。そして、どの時点で受注が確定するか、また、結局量産を委託されなかった部品メーカーを含めて、複数の部品メーカーがおこなった設計・開発作業のうち、どこからどこまでが自動車メーカーから対価を支払われるべきものであるかは、承認図方式の理念型では明確ではない。実際には、試作や評価が進展するにつれて受注の確実度は増していくのであるが、契約の枠組みとしては、承認図方式というだけでは確定できない部分が残るのである。

 第三に、承認図の所有権があいまいであり、それに間連して品質保証責任や承認図の内容があいまいになっていくことである。承認図の所有権と、承認図によって作成された部品の品質保証責任は、部品メーカーにあるといわれている。しかし、承認図の転用や転売が自動車メーカーによって制限されていることが多い。また、承認を行った自動車メーカーに品質保証責任があるという議論も成り立ち得る。

 このあいまいさは、自動車メーカーが海外生産を行う場合に問題を引き起こす。例えば、自動車メーカーが、日本で製造されているものと同様の部品を現地の部品メーカーに製造委託する際に、日本の部品メーカーによって作成された承認図を貸与してよいかということである。このような場合の権利・義務関係は必ずしも明確にされていない。そこで部品メーカーの側でも、自動車メーカーに渡した承認図が、部品メーカーの利害に反して転用されることを防ぐために、承認図に必ずしもすべての情報を盛り込まず、一部の情報はフェース・ツー・フェースのコミュニケーションで伝えるという傾向がある。かくて、承認図のあいまいさは内容にも及んでいく。

 このようなあいまいさは、日本と異なる海外の社会関係の中では許容されないこともある。例えば、欧米においては、部品メーカーが開発に関与する場合、委託図方式がとられることが多いと言われている。委託図方式では、設計開発と量産は明示的に別々の契約となっている。設計開発を委託された部品メーカーは、自動車メーカーに設計図を売却して設計料のみを受け取る。これならば、承認図のようなあいまいさはなくなる。

 このように数々の曖昧さをともなう承認図方式であるが、従来は、大きな問題を引き起こすことはなかった。その理由は、日本の自動車産業の右上がり成長を前提とした、特定の自動車メーカーと部品メーカーの長期的関係が保たれてきたからである。開発費は、取引高全体が拡大する中で、他の費用の中にまぎれこむ形で支払われてきたと考えられる。また、部品メーカーの側は、開発で成果をあげることが、受注そのものの拡大に結びつくという見通しを持つことができたので、開発費の負担を受容したとも考えられる。その上、特定の自動車メーカーと部品メーカーの取引が続き、それによって相互の成長が確保できているうちは、双方とも承認図を転用しようとする動機は小さかったのである。

 しかし、バブル崩壊後、自動車メーカーはサプライヤー・システムの再編成に取り組まざるを得なくなった。部品メーカーの選別が強まり、特に、海外企業との資本関係を強化したメーカーは、海外企業の一次部品メーカーと従来の系列部品メーカーの中から、今後関係を強化していく部品メーカーを選別している。従来の部品系列は再編成や縮小を余儀なくされている。また、自動車メーカーの海外生産も、部品系列を超えた取引を拡大させている。こうした状況では、特定企業間の長期的関係を前提としたあいまいな取引関係は成り立ちにくい。一回の取引毎に、部品メーカーの能力・実績を的確に評価する枠組みが必要とされているのである。

 

◇設問2のポイント

・レジュメでは、開発費の支払いに関するあいまいさ、設計委託と量産委託の一体性についてのあいまいさ、承認図の所有権と内容に関するあいまいさを列挙している。これらについて説明していることが重要である。レジュメでは別の部分に書いているが、品質保証責任の所在に関するあいまいさに触れている場合もプラスに評価する。

VEVAによる原価低減をとりあげた場合は、量産と開発が区別されているかどうかによって評価がわかれる。量産開始後の原価低減活動は、この設問とは関係ない。

 


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