更新:2002年5月21日
■テキスト3章の課題
移行経済のもとでの独占問題
ロシアの例(西村[1999]):抑圧されてきた価格の上昇+独占企業の価格吊り上げ
90年秋には生産財の91%、大衆消費財の86%が依然として国家価格であったが、91-92年の急速な価格自由化によって生産財の約80%、消費財とサービスの約90%が自由価格で販売されることになった。その結果、消費財物価は92年に対前年末比で2500%、対前年平均比で1526%になった
■SCPパラダイムの独占批判
今日の資本主義経済では、巨大企業が各産業での活動の中心となっている。巨大企業が産業の担い手であることは、ただちに競争が作用しなくなることを意味しない。しかし、その可能性に注意する必要はある。
アダムス、ブロックらの産業組織論
SCPパラダイム:市場構造−市場行動−市場成果という三つの局面で産業を分析
その中心的な考え方は、集中度の高い市場構造の産業では、企業が少数であるために企業間の共謀や協調的行動が容易になり、あるいは高い参入障壁が新たな参入を抑制するために、市場が競争制限的となり、価格が競争的水準を上回って超過利潤が発生し、産業全体の効率的資源配分が歪められるということである。
50年にわたるアメリカ産業研究(アダムス・ブロック編[2001/2002])。
独占の経済的弊害
ある一時点での資源配分の歪み
長期的な経済発展の阻害
独占的産業での技術発展の遅れ
例:1950-70年代のアメリカ鉄鋼業や自動車産業
独占の多面的問題
■イノベーション論
アドバイザーの楽観論の根拠
消費意欲の減退による独占価格引き上げの限界
独占的行動による新規参入誘発
創造的破壊による独占の掘り崩し
シュムペーターの新結合(イノベーション)論(シュムペーター[1926/1977])
静態(循環):均衡が分析の中心
動態(発展):新結合が分析の中心
生産要素の新結合(イノベーション)と創造的破壊
※創造的破壊:シュンペーターの経済発展論の革新となる概念であり、革新的企業家による新機軸(技術革新、イノベーション)によって古い均衡が破壊され、新たな経済発展のパターンが創出されることをさす(『経済辞典』728頁)。
■参入規制緩和と競争・独占 ――航空輸送業のケース
<資料3−1を参照>
■航空輸送業のケースの教訓:自由放任で競争は確保されるか
コンテスタブル市場理論(コンテスタビリティ理論)の妥当性
航空機をリースすればサンク・コストは低い?
着陸ゲートの獲得、機体整備サービスの確保、座席予約システムの利用などにおける機会不均等
※コンテスタビリティ理論:既存産業で企業数が少なくても、潜在的な新規参入圧力が有効に働くかぎり、既存企業は価格支配力を行使できず、企業が採算割れをしないという制約下で最も効率的(ラムぜー最適)な資源配分が実現されるという理論。ただし、ボーモルらによって展開されるこの主張が成り立つためには、参入がサンク・コストを伴わないことが不可欠である(『経済辞典』425頁)。
※サンク・コスト:埋没費用。事業に投入された資本のうち、生産を縮小または撤退したときに回収することが不可能な資産の額。鉄道事業など初期投資が大きく、他の用途に転用しにくい事業では、サンク・コストが大きく、経済的規制を課す根拠となる。
規制緩和→新規参入→活発な競争→集中・集積→独占的行動
規制緩和と競争促進をすべきではなかったのか?
競争と新規参入を阻む規制が緩和ないし撤廃されるべき場合であっても、政府は、競争条件を確保するために別の形で介入をせざるを得ない
政府は競争のルールを確立し、これを守らせるためのレフェリーの役割を果たさねばならない。それだけでなく、少なくとも市場をコントロールする力のあるプレイヤーが、ルールを勝手に変えてしまう危険があるときは、政府は自由放任策をとるべきではなく、公正なルールを確保するために介入することが望ましい。
■経済組織の自由放任論的理解
計画経済の失敗を追い風とした、自由放任主義のイデオロギー化
企業組織の創出や再編成が、すべて市場競争のもとでの懸命な生き残り策として肯定的に評価される
テキストの例:垂直統合
独占か、取引費用の節約か
取引費用理論の産業組織論
取引費用の高低によって経済組織(垂直統合、市場取引)が選択される。
企業の垂直統合、多角化、雇用の様々な形態など経済組織のあり方を説明する重要な理論。
※取引費用:生産費用と区別される、取引を行うためにかかるコストであり、情報の収集コスト、契約を結ぶコスト、契約を守らせるコスト、リスクにかかわるコストなどがこれにあたる(川端)。
取引費用理論の研究者は、垂直統合は、取引の連鎖から競争相手を排除する独占的行動につながる場合もあれば、効率的な組織形態である場合もあると述べている(ウィリアムソン[1975/1980])。
しかし、取引費用理論はしばしば自由放任を正当化するためにイデオロギー的に利用される。75頁のアドバイザーのように「もし組織の特定の形態が効率的ならば、それは繁栄するでしょう。もしそうでなければ、それは消滅する運命にあります」と言い始めるとほとんど根拠がない。
日本の企業合併・買収は効率的な組織を生み出すか?
■まとめ――独占と権力の政治経済学
私は一般論としては、SCPパラダイムのような因果関係もイノベーション論や取引費用理論のような因果関係もありうると思う。ケース・バイ・ケースで国・地域別、時代別に考えるよりないと思う。
しかし、重要なことは著者たちの見解を敷衍していくと、政治経済学の根本問題に突き当たるということである。
1.著者たちは、国家によるものであれ、私的独占企業によるものであれ、経済権力の集中を排除し、市場に分権的な意思決定システムを確保しようとしている。
含意(1)競争による経済効率の確保
含意(2) 権力をコントロールし、その集中からもたらされる乱用を阻止することに政治的価値を置くこと
著者たちは反トラスト法を憲法になぞらえる(アダムス・ブロック編[2001/2002]、およびテキスト第7日)。
自由放任論者との関係
一致点:分権的意思決定システムを指向
相違点:自由放任論者は含意(1)しか認めない。効率がよければ巨大企業に経済力が集中してもかまわないと考える。著者たちは、反独占政策は純経済的問題ではなく、政治選択の問題でもあると考えている。
2.著者たちは、市場の分権的な意思決定システムは、自由放任では確保できないと主張している。なぜなら、自由放任のもとでは独占的行動が生じるからである。
自由放任主義者と正面から対立
ブロックは自由放任主義者を「経済的ダーウィニスト」と呼んで、こう批判する。
「競争の勝者を罰するなというダーウィニストの説教は公共政策の目的に適っていない。むしろ重要な問題は、競争相手と思われる者にハンディキャップを課す権利や、共謀して競争の制度を取り除いてしまう裁量をトロフィーの中に入れてやることなしに、勝者にどう報いるかということである」(アダムス・ブロック編[2001/2002])。
「勝者に報いるべきだ」という「平等主義批判」への留保点
市場のルールは市場で自動的には定まらない。ルールのあり方が争われねばならず、その争いは経済問題であると同時に政治問題にならざるを得ない。
3.著者たちの見解を敷衍すれば、権力集中を排除して市場競争を確保するためには、ルールを守らせる強力な政治権力が必要だというパラドックスが生じる(130-131頁などを参照)
この問題を取り扱うために経済学や社会科学全般がどういう姿をとらねばならないかについては、時間が許す限り後の章で扱う。関心のある者は、最近の試みとして、金子[1999]を参照されたい。
以上のように、独占問題は経済と政治の絡み合いを表現している。
◆文献
西村可明_市場経済化政策の再検討_『経済研究』一橋大学経済研究所(岩波書店発売)Vol.50, No.4_1999/10_
ウォルター・アダムス&ジェームス・W・ブロック(編)(金田重喜監訳)_現代アメリカ産業論 第10版_創風社_2002/04_原書2001年。
以下を所収
ウィリアム・G・シェパード(金田重喜訳)「航空輸送業」
ジェームス・W・ブロック(川端望・榊原雄一郎訳)「自由企業経済における公共政策」
J・A・シュムペーター(塩野谷祐一・中山伊知郎・東畑精一訳)_経済発展の理論:企業者利潤・資本・信用・利子および景気の回転に関する一研究(上)(下)_岩波書店_1977_原著第1版1912年、第2版1926年。
O・E・ウィリアムソン(浅沼萬里・岩崎晃訳)_市場と企業組織_日本評論社_1980/11_原書1975年。
金子勝_市場_岩波書店_1999/10_