2002年度「経済学入門A」配布レジュメ(2)

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updated: 04/26/2002

2.市場と計画

■集権的計画の抽象モデル

 

(参考資料2−1を参照)

 

■経済活動のコーディネーション(調整)の諸類型(図表2−1)

◇コルナイ・ヤーノシュによる四つの調整様式論

官僚的調整:計画経済の主たる調整様式

調整者と被調整者の間の垂直的関係

調整者の指令や禁止を個人や組織に受容させる誘因は、法的制裁に裏付けられた行政的強制力

取引は貨幣化される必要はない。

 

市場的調整:市場経済の主たる調整様式

売り手と買い手の間の水平的な対等関係

個人や組織の誘因は、金銭的収益獲得

市場的調整では貨幣の使用が必然となる。

 

倫理的調整

個人ないし組織の間には水平的関係

誘因を与えるものは相互主義や相互扶助の期待であり、一方的な愛他主義も可能

 

攻撃的調整

調整者と被調整者の間には垂直的関係

従属者に対する支配者の暴力、つまり支配者が望む変換や取引の強制が誘因

 

現実には種々の基本形が併存して機能している。

 

◇資本主義生産に関する注意点

労働者と資本家の関係

対等な関係で労働契約を結ぶという点では市場的に調整される

企業内では計画的に仕事が進められ、労働者は雇われている間は資本家の指揮に服すという意味では官僚的調整が存在している

 

 

■集権的計画経済の現実(1):「正しい計画」をつくることの困難

◇情報収集と処理の困難

莫大な情報量

消費者の好みの内容と分布、生産要素の賦存量と入手可能性、利用可能な技術など

 

完全な市場メカニズムならば、すべての情報は価格に表現される。

市場参加者は各自の能力と嗜好と市場価格さえ知っていればよい。

 

◇妥当な計画をつくることの現実的な困難(溝端[1996]

(1)企業は記号化された意思決定項目をめぐり財のユーザーではなく中央計画機関との間で交渉する

中央は企業の生産能力を最大限に拡張するように『緊張した計画』を押しつける

↑↓

企業は確実に目標を達成するためにゆとりのある『緩い計画』を中央に示して対抗する

→実態と離れた計画。中央の「部分的無知」化

 

(2)企業は過剰の在庫による調整や過小の生産報告といった資源浪費的な行動。計画外取引の発生。

 

(3)省庁−企業のセクショナリズム

 

■集権的計画経済の現実(2):不足の政治経済学

◇不足経済のメカニズム(コルナイ[1984]

1.ソフトな予算制約(図表2−2)

ミクロ経済学における予算制約線

 

社会主義企業の「ソフトな予算制約」

(1)費用に調整される管理価格。

(2)困難に陥った企業に国が与える補助。

(3)免税・特例等のソフトな租税制度。

(4)事後的交渉の余地が存在するソフトな信用制度。

 

2.広範にわたる慢性的不足

予算制約がソフトであれば、企業の需要は過大となる。

@投資渇望と拡張ドライブ

A量志向とため込み

B利潤ではなく輸入品を獲得するための輸出ドライブ

 

超過需要が発生し、それは価格メカニズムによって調整されず、不足が生じる

行列

適応:強制代替、探索、購入延期

 

ハンガリーにおける不足の指標(図表2−3)

 

不足の帰結

@消費者の厚生を減じる

 

A生産の非効率

 

B特有の社会関係の発生

 

Cイノベーションが停滞

 

3.企業の価格反応性の弱さ、鈍さ

価格が調整のシグナルにならない

不足という数量指標による生産調整

ソフトな予算制約があれば企業は投入財と製品の価格に反応しない

 

◇社会主義的人間?

スターリン時代のソ連や改革・開放以前の中国では自己利益よりも階級的利益や社会発展を優先する社会主義的人間の育成が強調されたが、現実的ではなかった。

 

◇資本主義における「ソフトな資本制約」(テキスト49頁)

政府の救済を当て込んだ企業行動

 

公共調達における価格の引き上げ

 

■純粋な市場的調整の特徴

◇利潤動機に導かれた生産拡大(39-40頁)

引用されているスミスの言葉は、こうした利害関心に基づく取引の拡大によって分業が拡大し、富を増大させるという流れの中で言われている。つまり、

利害関心→交換による取引拡大→分業拡大→富の増大

 

◇価格をシグナルとした調整(41-43頁)

「見えざる手」という言葉は、『国富論』では「国内で生産できる品物の外国からの輸入に対する制限について」という章で現れる。

 

『国富論』(水田訳第2分冊303-304頁より)

「国外の勤労よりは国内の勤労を支えることを選ぶことによって、彼はただ彼自身の安全だけを意図しているのであり、またその勤労を、その生産物が最大の価値をもつようなしかたで方向づけることによって、彼はただ彼自身の儲けだけを意図しているのである。そして彼はこのばあいにも、他の多くのばあいと同様に、みえない手に導かれて、彼の意図のなかにまったくなかった目的を推進するようになるのである。またそれが彼の意図のなかにまったくなかったということは、かならずしもつねに社会にとってそれだけ悪いわけではない。自分自身の利益を追求することによって、彼はしばしば、実際に社会の利益を推進しようとするばあいよりも効果的に、それを推進する。公共の利益のために仕事をするなどと気どっている人々によって、あまり大きな利益が実現された例を私はまったく知らない」。

 

自分の生産物価値を最大化しようとする労働配分→市場による非人格的調整(輸入と国内生産の選択を含む)→一国の生産物価値の最大化

 

◇情報システムとしての市場

(前述)

 

◇資源配分の効率性

完全競争市場で人々が合理的に行動すれば、資源配分の効率性が達成される。

 

※完全競争(『経済辞典』187頁)。ある財について、@供給者と需要者の数が極めて多く、A個々の市場参加者は市場全体への影響力が微少なため市場価格を与件として受け取り、B彼らは完全な市場情報・商品知識を持ち、C売買される財はまったく同質で、商標・特許などによる製品差別化は存在せず、D市場参入は自由である、などの特徴をもつ市場状況をいう。純粋競争に比し、市場参入自由などの点で頼厳しい完全条件を付与されている。

※資源配分の効率性→最適資源配分(同上444頁)。パレート最適な配分:誰かの経済状態を悪化させることなく1人以上の経済状態を改善するように変更することが不可能な資源配分。

 

◇比較に関する注意

現実の集権的計画経済⇔純粋な市場経済  必ずしもフェアでない

現実の集権的計画経済⇔現実の市場経済  市場経済が多様で単純に比較しにくい

→以下、集権的計画経済と対照的な例と、テキストに登場する例を挙げる

 

■「過剰」の政治経済学――製品開発と依存効果

◇企業と資本主義経済にとっての新製品の重要性(大友[2001]

プロセス・イノベーションとプロダクト・イノベーション

 

新製品による新市場創造

 

◇継続的な新製品開発

消費者の需要にあわせて製品を送り出すだけでは十分ではない。むしろ積極的に消費者の欲望を操作し、需要を創造しなければならない

組織的な製品開発

 

マーケティング

 

◇ゆたかな社会における依存効果(ガルブレイス[19841990]

社会がゆたかになるにつれて、欲望を満足させる過程が同時に欲望を作り出していく程度が大きくなる。

欲望が欲望に依存する。示唆や見栄の役割

 

欲望は生産に依存する。広告・宣伝を通じて欲望をつくりだすことが、企業の本質的な活動の一部になる。

 

依存効果に依拠したたえざる製品開発は、「不足」現象ではなく「過剰」をもたらす

 

※依存効果(『経済辞典』1139頁):消費者の欲望に従って生産者が物を生産するという消費者主権の考え方に対し、むしろ広告などの手段により生産者が消費者の決意を支配することを示す効果で、欲望そのものが巨大企業の宣伝・販売活動に依存しそれに操られていることをさす。ガルブレイスによって用いられた述語。

 

◇「不足」と「過剰」の社会観

社会システムの最適化をめざす計画は個人主義によって裏切られ、個人主義にもとづく市場は社会システムによって裏切られる。「不足」と「過剰」が示すのは、自由な個人と社会システムの対立である。

 

■コーポレート・ガバナンスの問題

◇株式会社

株式

株主総会

経営者(取締役と執行役員)

 

◇所有と経営の分離

市場経済と資本主義の建前からいえば、持ち株数に応じた株主の利益を実現するように株式会社は行動すべきであるが、そういう結果は保証されない

 

◇経営者支配をもたらす契機

企業活動の効率を上げるために株主の介入や持ち株に応じた厳密な権利配分が障害となる

 

株式所有の分散

 

経営者職務の専門化・複雑化

 

◇企業の行動目標の分散化とその問題性

経営者自身の利益

 

企業自体の成長

 

従業員集団の利益

 

(参考資料2−2)

 

◇株式会社と市場経済の多様性(伊東[1997]第V部)

 

◆文献

コルナイ・ヤーノシュ(盛田常夫編訳)『「不足」の政治経済学』岩波書店、1984年。

アダム・スミス(水田洋監訳・杉山忠平訳)『国富論』岩波文庫、2000年第1分冊、以後続刊(原書第51789年)。

溝端佐登史『ロシア経済・経営システム研究』法律文化社、1996年。

ジョセフ・E・スティグリッツ『入門経済学 第2版』東洋経済新報社、1999年(原書1997年)。

大友伸一『恐慌理論とバブル経済』創風社、2001年。

ジョン・ケネス・ガルブレイス『ゆたかな社会 第4版』岩波書店、1990年(原書1984年)。

伊東光晴『現代経済の変貌』岩波書店、1997年。

金森久雄・荒憲治郎・森口親司編『有斐閣経済辞典 第3版』有斐閣、1998年。

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