「企業論」講義レジュメ(第2部その3)


update: 2001/01/29

 

4 労働者の技能と労働組織

(1)多品種・小ロット・大量生産システムにおける技能

■多品種・小ロット・大量生産の下での技能

 技能の二つの契機

  1)生産の構想(目的、計画、理念)

  2)与えられたプロセスにおける個別性への対処(カン、コツ)

  実際の局面では、両方の性格をもつことが多い(新しい製品に対応した加工順序の工夫、など)

 基本傾向――労働の単純化、標準化による技能の排除

  大量生産や、垂直的・機能的に統合されたビジネス・プロセスのないところでは困難

   例:工芸品の一品生産、消防士、外科医……

 生産労働者の技能の残存と変容

  影響を与える2要因

   自動化による影響

   多品種・小ロット化の影響

  残存と変容

   技術的に機械化困難なもの――NC工作機械、工場運用・監視システムによる自動化の試みも

    手工的熟練(高精度金属加工の段取り、加工、検査など)

     大量生産の工程自体には少ないが、それを支えるサポーティング産業や開発・試作過程に必要

    機械化を前提としたシステムの操作・監視(高炉炉況判断など)

   経済的に機械化困難なもの(一部の組立作業など)

    技術的には高水準とみなされないが必要な技能。訓練はさほど必要でない場合もあり。

   非定常的な作業や個別性の残る作業(インライン検査、機械のクセを読んだ運転、トラブル対処)

    技術的評価は様々だが(後述)、必要な技能。OJTを中心とした訓練が一定程度必要。

   保全・修理――専門工

    技術的に高水準とみなされる。Off JTを中心とした訓練が必要。

◇参考

野村正實_熟練と分業:日本企業とテイラー主義_御茶ノ水書房_1993

宗像元介_職人と現代産業_技術と人間_1996/10

ピオリ,マイケル=J/セーブル,チャールズ=F)(山之内靖・永易浩一・石田あつみ訳)_第二の産業分水嶺_筑摩書房_1993/03

(2)知的熟練をめぐる論争と研究の深化

■小池和男の知的熟練論(1991年ごろのもの)

 国別企業別の生産性格差の要因として、直接労働者の技能形成を重要視する。

 直接労働者の技能を知的熟練と呼ぶ。その主な内容は、変化と異常に対処する能力である。

  異常の例。不良品が出た場合。(a)問題の原因推理, (b)不良の原因の直し, (c)不良品の検出

  変化。(a)生産量の変化, (b)製品の変化, (c)生産方法の変化, (d)人員構成の変化

 知的熟練を形成する主要な方法は幅広いOJTである。

 右上がりの賃金カーブは、知的熟練の蓄積を反映し、またそれを促すものである。賃金を資格制にすること

 が知的熟練の形成に効果的である。

 日本企業では、知的熟練は企業によって実際に測定されている。ブルーカラーについては「経験の広さ」と

 「経験の深さ」をあらわす2種類の仕事表と人事査定によって、ホワイトカラーについては人事査定によって

 測定される。人事査定の公正さは複数の査定者がいることによって確保される。

  ※小池の仕事表はたびたび改訂されるが、もっとも詳しいものを表U‐6に示す。

 →新古典派ベース制度派経済学の発展と呼応し、浅沼理論と合わせて日本企業の生産システムの肯定的

  叙述の骨格となる。

■野村正實の小池批判(1992-3)

争点

小池説

野村説

野村による批判の内容

従業員区分

1. 生産労働者≒直接労働者2. 技術者、事務などのホワイトカラー

1. 直接労働者(半熟連工)2. 準直接労働者@ 運搬、清掃など単純作業(不熟練工)A 保全検査を含む工機部門(専門工)3. 間接員(事務、技術者など)(ドイツをモデルとした理念型)

小池は事実として「生産労働者」以外の労働者(準直接労働者)が存在していることを知っている。しかし、分析においてそれらの労働者を黙殺し、直接労働者の技能だけを問題にしている。

OJTOFF-JT

職場でのOJT、つまり実務訓練こそが技能形成の主役なのである。主流はOJTである

専門工にとって、長期のOFF-JTは必要条件である。

氏は専門工を「特殊な職場」として切り捨て、考察の対象から放逐している。

「知的熟練」と生産性

競争力の差を決める要素として、直接作業者の熟練形成を重要視する。とくに、機械設備に大差がなく、かつ大きな生産性格差がある場合に、直接労働者の熟練形成を生産性の決定要因として重視する。

日本親工場とイギリス子会社のTV基板生産の例1. 部品の品質2. 機械の改良の問題3. 作業・保全労働者の質4. 設計技術

設計技術、生産技術、専門工の技能、原料部品の品質などの要因を吟味しなければならない。直接生産労働者が生産性格差の最大要因であるとはいえない。

「知的熟練」・多能工化の内容

多能工化という言葉は使用していない。知的熟練は、「ふだんと違った作業」を行う能力であり、変化と異常への対処能力である。

多能工化には三つのタイプがある(図U‐25)1. 混合多能工@ 低度技能A 高度技能2. 高位多能工化3. 低位多能工化「知的熟練」は、いわゆる多能工化概念に照らして低位多能工プラス中位多能工である。

1.「知的熟練」は専門工のレベルの技能を含んでいない。2.直接生産労働者の「知的熟練」は、生産性を決まる要因の一部分しかないので、生産性を大きく左右できない。

いわゆる年功賃金

1. 熟練が賃金を決める。2. 賃金の年功カーブは企業内熟練の蓄積を反映している。

1. 賃金カーブは、人事査定による労働者間競争を前提とした「年齢別生活費保障型」である。この場合の生活費とは男性のものである。2. 「年齢別生活費保障型」賃金カーブが先に決まり、企業はそれにみあった労働力利用をおこなうために男性労働者を訓練し、年齢の上昇とともにより技能を必要とする仕事につける。

同年齢で入社し、人事査定の結果が同じであれば基本的な賃金部分は、専門工と直接労働者と同じである。賃金格差は技能格差を反映していない。

女性労働・性別分業

分業の全体像に関心を払わないままに、労働者が知的熟練を持つかどうかを問題にする。

 量産職場における男女間分業をみるには電機産業のケースが適切である。自動車企業は女性の直接労働者がほとんどいないので、分業の全体像をとらえるには不適当である。 単純労働を女性に割り当て、非量産の組立作業を外注するという分業構造を前提として、男性直接労働者の技能向上が可能になっている(後述)

 明確な男女間分業を無視して、男性労働者だけをどりあげ、そこにある程度の技能形成を賛美することは一面的である。

※この図は、1999年度工業経済学特論において高千恵氏(経済学研究科前期課程)が提出したレポートをベースに改訂した。

■小池説の修正(1993)

 小池の野村への応答は、依然として直接作業者の知的熟練を強調するものであった。

 しかし、保全工・専門工と直接作業者の間に分業があり、その関係が焦点だと認めたため、野村説に接近し

 た。

■「経験の深さ」を示す仕事表の実在性に対する批判

 遠藤公嗣の批判(1999年)。

  小池は、「経験の深さ」仕事表を使えば、直接作業者が知的熟練を持っていると野村に反論できたはずで

  ある。なぜそうしなかったのか。

   ↓

  仕事表は出典が明らかにされておらず、内容も不自然な改訂がなされている。特に「経験の深さ」仕事表

  は小池のみが存在を指摘しており、他文献で確認されたこともなく、創作の疑いが濃い。

 野村正實の批判(2000)

  仕事表は製造現場の常識から見て不自然な点が多すぎる。例えば、複数種類の機械が存在する職場

  に、「経験の深さ」を示す仕事表が1枚ですむはずがない。

  小池は仕事表の出所を明示していない。しかし、「経験のひろさ」仕事表の出所となる可能性の高い実態

  調査は存在する。しかし、その調査報告書を検討すると、報告書の叙述と小池が示す「経験の深さ」仕事

  表は整合しない。「経験の深さ」仕事表は創作である。

  小池が出典を明示している「技能確認表」は、「経験の深さ」仕事表とは異なるものであり、またそれによる

  技能確認が査定に反映されているという証拠はまったくない。

 仕事表が創作であることの経済学的意味

  「右上がり賃金カーブは技能の向上を反映している」という主張は証明されていない。

  「右上がり賃金カーブ」が先に決まり、仕事の配分が後から決まっている可能性。その意味は第3部で。

◇参考

野村正實_熟練と分業:日本企業とテイラー主義_御茶ノ水書房_1993

野村正實_終身雇用_岩波書店_1994/10

野村正實_知的熟練論の実証的根拠:小池和男における理論と実証_『大原社会問題研究所雑誌』第503_2000/10

小池和男(今井賢一・小宮隆太郎編)_知的熟練と長期の競争(『日本の企業』)_東京大学出版会_1989/10

小池和男_仕事の経済学_東洋経済新報社_1991

小池和男_知的熟練再論:野村正實氏の批判に対して_『日本労働研究雑誌』19937月号_1993/07

小池和男_仕事の経済学(2)_東洋経済新報社_1999/05

遠藤公嗣_日本の人事査定_ミネルヴァ書房_1999/05

(3)日本の多品種・小ロット・大量生産システムにおける分業構造

■男子正社員の労働編成(再論)

 技術者・専門工・作業者の分業関係が基本的な問題

 作業者の技能の性格(1でみた「労働の包括性」の限界。むしろ「職務のあいまいさ」が適当か)

  改善に果たす役割は限定的

   問題の所在の一時的な指摘。小改善

   設備の立ち上げ、操業方法の小改善による省エネなど、条件により一定の効果

    例:第一次石油危機後の鉄鋼業における自主管理活動

    専門工・技術員による改善が主流(機械を修理し、ラインを改善するレベル以上)

   →作業員の構想労働はそれほどない

  非定常時の一次対応は作業員がする

   機械を止めて、適切な報告をするレベル

   軽保全(整理整頓、オイル差し、調整でもたせる、マニュアルを使って対応)

   →個別性への対処では一定の役割

 要員削減に対処する少数精鋭化としての多能工化の意味

  工夫→削減か、削減→工夫か

  必要になる能力として、作業速度、強度に耐える強靭さの比重が大きくなる。これは技能と呼びにくいし、まして熟練ではない。

■性別分業と企業間分業

 電機工場などでは、女子正社員およびパート労働者(これも女性多い)が単調労働(図U-26

  理由:女性を、結婚退職を前提として管理し、教育・訓練が必要ない職務につけてきた。

 自動車組立工場や製鉄所では女性の作業員が少ないので、この構造が見えない

  単調労働は、下位の部品メーカーや構内作業請負会社が担っている

■参考:ホワイトカラーの場合

 旅行業の視点の場合(表U‐7)

 商社の場合(表U‐8)

■あいまいさとフレキシビリティ

 職務があいまいな基幹的作業労働者、専門工、技術者、有力な一次サプライヤーの分業に基づく協業

  技能・専門知識の格差は歴然としているが、分断・境界がない。

 境界が権利・義務関係として固定されないことの意味

  テクニカルな意味で:漸進的な技術変化への対応がしやすい

  企業のQCDから見て

   垂直的な情報費用の削減

   フレキシブルな配置による合理化の実現

  労働者の資産としての技能という点から見て

   能力が労働者個人(サプライヤー・システムでは部品メーカー固有)の所有物、資産として認知されにく

   い。

   能力の範囲があいまいなので、能力の証明には、それを無限定的に発揮するしかない

    「どんな仕事もこなせる能力」「言われたことを超えて、仕事が終わるまでやる能力」

■技能の二つのレベル

 新古典派ベース制度派の考えとの相違

  能力は自動的に特定個人の資産に帰着するのではない。

  資産としての能力が普遍的か関係的かも自動的には決定されない。

 労働過程における技能

  技術的なレベルの問題→物的生産性や品質への貢献

 社会的に制度化された技能

  労働者が所有するなら(人的資本論)→賃金、作業条件、労働条件をめぐる交渉力の基礎

  企業が所有するなら→企業利益への貢献。交渉力の基礎にならない。

 制度化を左右する要因

  公的教育制度、職業訓練制度、労働組合の組織形態、採用方法、職務区分、移動・昇進のルール、賃

  金・労働条件の決定方法、雇用調整ルール、先任権、社会保障制度。

◇参考

野村正實_熟練と分業:日本企業とテイラー主義_御茶ノ水書房_1993

宗像元介_職人と現代産業_技術と人間_1996/10

金子勝_市場と制度の政治経済学_東京大学出版会_1997/09

鈴木良始_日本的生産システムと企業社会_北海道大学図書刊行会_1994/03


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