update:2000/12/5
川端 望
(1)製品開発競争の一類型――半導体の事例
■半導体産業における競争
製品サイクルの存在:DRAM(記憶保持動作が必要な随時読み出し書き込みメモリー)は3-4年で集積度
の高い新製品に置き換わる(図U-11)
膨張する研究開発投資と設備投資(図U-12)
習熟効果によるコスト・価格の低下(図U-13)
スピードが重要になる競争
迅速な次世代製品開発→シェア獲得→習熟効果でコストダウン・大きい利幅→投資の回収→次々世代の
迅速な開発
遅い製品開発→シェア喪失→価格低下による利幅圧縮→投資回収できず→次々世代の開発に失敗・遅
れ
連続的なイノベーション=既存製品・設備の陳腐化を伴う。
陳腐化をおそれて開発をためらえば、他社が開発する。陳腐化を見込んで投資回収できるほど迅速に開
発する必要
■半導体産業の製品開発課題と対策(1)次世代・次々世代技術への対応
投資負担と利益を考えた戦略
自社開発。
時差並行開発システム(次世代と次々世代を同時並行開発)
負担大きければ課題絞り込み。
生産に専念(台湾に多いファウンドリ企業)←→開発に専念(アメリカに多いファブレス企業)
■開発、試作、量産化の期間短縮(速さと確実さ)
試作ラインの早期立ち上げ:シミュレータ、検査環境の整備
設計ミスの減少:シミュレータ、CADの開発
コンカレント・エンジニアリング(並行開発)(図U-14)
開発・設計・量産立ち上げの同時並行化
早い段階での仕様の確定→ユーザーの製品仕様に合わせて設計(デザイン・イン)→量産化したとき
には需要あり
垂直的立ち上げ(図U-13)
設備をただちにフル稼働させ、かつ所定の歩留まりを達成する
垂直的立ち上げの意義
歩留まり問題の克服→早期の償却完了
コピー・イグザクトリー
開発ラインで決めた製造装置やプロセスをそのまま量産ラインに移管する
量産ラインシミュレーション能力が必要
■製品開発の別の類型――規格・OSの制覇
早期開発→シェア拡大→デ・ファクト・スタンダード→連結利益効果による自己再強化
国家の介入が入ることも
例:ビデオデッキ、Wintel時代のパソコン用OS・アプリ・CPU、次世代携帯電話、携帯電話での情報サー
ビス
◇参考
肥塚浩_現代の半導体企業_ミネルヴァ書房_1996/11
(2)製品開発活動の理論的位置
■研究・開発はスタッフかオペレーションか
スタッフとみることの問題点(図U-15)
製品開発の競争における重要性
コストの9割以上は設計段階で決まる→設計段階でのコスト削減の重要性
原価企画(ターゲット・コスト・マネジメント)
製品の企画・開発にあたって、顧客ニーズに適合する品質・価格・信頼性・納期等の目標を設定し、上
流から下流に及ぶすべてのプロセスでそれらの目標の同時的な達成を図る、総合的利益管理活動
森俊治:オペレーションとみる=それがないと企業の本質的な部分が失われる
研究・開発は生産過程の初段階をなす
商品生産におけるモノの生産と便益(Benefit)の生産。便益生産において研究開発はオペレーショ
ナル・ワークである。
<調達→生産→販売>と<開発→製造→販売>
基礎研究は別
■企業=情報システム論による製品開発管理論(藤本隆宏)
情報処理としての開発・生産活動(図U-16)
消費のシミュレーションとしての製品開発(図U-17)
■森説・藤本説の共通点
自然物としてのモノでなく、社会的に規定された商品の便益や情報が生産され、消費される。
製品開発は資本主義企業における生産過程の不可欠の構成要因である→ビジネス・プロセス内部にある
■オペレーションとしての製品開発の抱える問題
それ以外の研究開発活動との関係
基礎研究
生産技術開発
創造性のマネジメントという課題
◇参考
森俊治_研究開発管理論(改訂増補版)_同文舘_1991/10
藤本隆宏・クラーク,キム・B(田村明比古訳)_製品開発力:日米欧自動車メーカー20社の詳細調査_ダイヤモンド社_1993/02
藤本隆宏_生産システムの進化論:トヨタ自動車にみる組織能力と創発プロセス_有斐閣_1997/08
著者_タイトル_所収・発行_発行年月
ポーター,マイケル・E(土岐坤・中辻萬治・小野寺武夫訳)_競争優位の戦略:いかに高業績を持続させるか_ダイヤモンド社_1985/12
(3)企業=情報システム論からみた自動車産業の製品開発
■日本企業の開発組織の特徴
部品メーカーの開発力の活用(3で後述)
自社の製造能力の活用
製品開発プロセスには、試作車製作や金型製作などの製造活動が埋め込まれている。製造能力の優位
が開発能力の優位につながる
オーバーラップ型開発=コンカレント・エンジニアリング(図U-18)
製品エンジニアリングと工程エンジニアリングが期間的にオーバーラップ→開発期間短縮
上流と下流が密接にコミュニケートできる場合に限られる
■開発組織の統合――80年代に特に開発パフォーマンスの高かった企業の特徴
エンジニアの専門化の程度が低い
内的統合者(プロジェクト・コーディネーター)の影響力が強い
部門間の統合
外的統合者(コンセプト・チャンピォン)の影響力が強い
製品コンセプトの創造と具体化
重量級プロダクト・マネージャーの重要性(図U-19)
■製品開発と基礎的な研究
製品開発:試行錯誤と、まとめ技術
基礎的な研究
ひとつひとつのプロジェクトに乗らない。オペレーションではなくスタッフ。
「冷蔵庫」には何が入っているか
基礎研究の成果か。先行研究・先行開発(次期、次々期対応)の成果か
■自動車企業の製品開発パフォーマンス
T-3-(2)を参照
◇参考
藤本隆宏・クラーク,キム・B(田村明比古訳)_製品開発力:日米欧自動車メーカー20社の詳細調査_ダイヤモンド社_1993/02
藤本隆宏_生産システムの進化論:トヨタ自動車にみる組織能力と創発プロセス_有斐閣_1997/08(第6章)
明石芳彦・植田浩史編_日本企業の研究開発システム:戦略と競争_東京大学出版会_1995/04
(4)バブル期以後の製品開発の問題
■欧米自動車メーカーの逆キャッチ・アップ(表T-3、図U-18)
パフォーマンスの変化
開発リード・タイムの部分的逆キャッチ・アップ
開発生産性の逆キャッチ・アップ
総合商品力における日本のレベル・アップ
一次部品メーカー数の絞り込みとシステム・サプライヤー化
コンカレント・エンジニアリング
■バブル期の過剰設計問題
過剰設計問題とは何か
製品バラエティの過剰、モデル・チェンジの頻度過剰、共通部品過少、過剰装備、過剰品質、過剰仕様
企業と環境の関係から見た問題の性格:不適応というより過剰適応(保持する能力の使い過ぎ)
環境変化により、強みの源泉となる能力が弱みに転化
ただし、能力がすべて無効になるわけではない
能力の過剰蓄積・過剰使用
開発生産性→モデルの過多
短い開発リード・タイム→設計簡素化・部品共通化ができず
高級化路線の行き過ぎ
系列部品メーカーの能力への依存→設計簡素化・部品共通化できず。
重量級PM→設計簡素化・部品共通化できず
■90年代のの製品開発:設計簡素化
過剰適応→なお能力は有功であるという側面と、変化を迫られる側面
設計段階でのコスト削減をいっそう重視(品質は下げずに)
部品共通化(モデル間、世代間)
仕様数削減
VE(バリュー・エンジニアリング:機能とコストの関係に焦点をあてたエンジニアリング手法)
1993年度、トヨタは約1600億円コストダウン。うち3分の2は設計簡素化
トヨタ自動車における製品開発組織の変革(図U-20)
共通するプラットフォームごとに原価企画→複数のプロジェクトに適用
共用技術の先行開発→全プラットフォームに適用
■新たなイノベーションの時代?
環境制約による、エンジンの大転換の予兆
ハイブリッド車の登場。燃料電池の開発をめぐる国際的合従連衡。
積み重ねとまとめ技術か、科学的研究をベースにした飛躍か
◇参考
藤本隆宏(企業行動研究グループ編)_能力蓄積のプロセスと過剰適応(『日本企業の適応力』)_日本経済新聞社_1995
藤本隆宏_生産システムの進化論:トヨタ自動車にみる組織能力と創発プロセス_有斐閣_1997/08(第6章)
岡野浩(大阪市立大学経済研究所 明石芳彦・植田浩史編)_原価企画と製品開発:トヨタ自動車を中心として(『日本企業の研究開発システム』)_東京大学出版会_1995
(1)社会的分業構造とサプライヤー・システム論
■機械工業の社会的分業構造(図U-21)――渡辺幸男の山脈構造型社会的分業構造図
楕円は競争範囲をあらわす
山と山の重なりに注意。完成部品メーカー(一次部品メーカー含む)でも複数納入先を持つし、零細な加工
専門メーカーが多用な産業から受注して経営を成り立たせていることがわかる(「ピラミッド型」・閉鎖的系列
論の一面性)
どの企業群に注目するかで、議論は変わってくる。一面化してはならない。
加工専門メーカーへの注目→都市型工業集積論(中小企業中心)
技術的能力の高い一次メーカーへの注目→サプライヤー・システム論(大企業も含む)
中小の完成品メーカー→中堅企業論
支配・従属関係の中にある部品特化・組立特化下請中小企業→階層構造論(中小企業中心)
以下、自動車部品のサプライヤー・システムを取り上げる
◇参考
渡辺幸男_日本機械工業の社会的分業構造:階層構造・産業集積からの下請制把握_有斐閣_1997/12
植田浩史_サプライヤ論に関する一考察:浅沼萬里氏の研究を中心に_『季刊経済研究』第23巻第2号、大阪市立大学経済研究会_2000/09
(2)自動車産業における部品取引
■加工組立産業の部品サプライヤーにおける製品単価の決定方式(表U-4)
トヨタの例:取引単価の中心である加工費
トヨタは、一次メーカーの成長に必要である利益を考慮しつつ、厳しく査定する(自社の直接的利益、サ
プライヤーへのインセンティブ、サプライヤーが適度に成長する展望のバランス)。
価格決定は量産の直前であり、開発にサプライヤーが参加している場合、サプライヤー選択と価格決定
は分離している(←→競争入札)。
量産開始までにVEによる原価低減活動をおこなう(図U-22)
部品メーカーが、トヨタによる工数の厳密な査定を困難にするような技術的主導性を発揮できれば、利
益幅を増大させられる。
製品単価決定後に部品メーカーが合理化をおこなえば、見積もり工数と実際工数の差に応じて部品メ
ーカーの利益が大きくなる(合理化のインセンティブ)。
VA(バリュー・アナリシス)効果還元分
量産後の原価低減を実現できれば、取引単価も下がるが一定部分は一次メーカーに還元される。
年二回の価格の改定
価格は基本的に下がる一方。
利益のシェアやインセンティブのあり方についての頻繁な修正。
■製品単価決定システムの意味
トヨタ主導による原価低減の追及
価格低減ではなく原価低減が求められている
開発と量産準備の過程でトヨタの指導による原価低減活動(VE)。さらに、部品メーカーの生産管理の
改革を促す。効果の一部は部品メーカーに還元される。
取引関係の安定とスイッチングのバランス
複数発注によるプレッシャー
当該部品の量産が続く間(80年代では2年か4年)はスイッチングしない慣行
長期的な受注増加の見通しがあればこそ、サプライヤーは契約確保後の原価低減を受け入れる
◇参考
植田浩史_自動車産業の企業階層構造:自動車メーカーと1次部品メーカーの結合関係(1)(2)(3)_『季刊経済研究』(大阪市立大学)第12巻第3号、第13巻第1号、第14巻第2号_1989/12、1990/07、1991/09
浅沼萬里_日本の企業組織 革新的適応のメカニズム:長期取引関係の構造と機能_東洋経済新報社_1997/06
清@一郎_価格設定方式の日本的特質とサプライヤーの成長・発展:自動車産業における日本的取引関係の構造原理分析(2)_『経済研究所年報』(関東学院大学)第13集_1991/03
(3)部品の開発・生産システムとサプライヤー
■サプライヤーの製品開発への関与(図U-23)
自動車メーカーが市販品を購入する場合は、開発への関与なし
貸与図:自動車メーカーが設計をおこない、図面を部品メーカーに貸与する。サプライヤーは設計変更の
要請や提案をおこなう。自動車メーカーに品質保証責任がある。
承認図:部品サプライヤーが設計・開発をおこなう。自動車メーカーは部品メーカーが設計した図面を承認
する。サプライヤーに品質保証責任があると言われている。
委託図:部品メーカーが設計・開発を行なうが、設計の外注と量産の外注が切り離されている。部品メーカ
ーは図面や関連情報を自動車メーカーに譲り渡し、設計料のみを受け取る。
■部品メーカーの開発システム:A社(自動車用照明機器)の例
A社概要(1993年調査)
従業員4617人
売上高1558億円
照明機器の部品としての特徴
重要保安部品なので、量産開始前に安全基準をクリアし、ラインオフ6ヶ月前に型式認定
照明機器はデザイン面で重視されるため、マイナーモデルチェンジ毎に全面的に変化するので
開発組織
研究部――長期的、中期的な先取研究・開発
技術本部――設計、量産のための準備
金型内製部門もあり。開発期間やコストに影響。
先取研究・開発
研究部でアイディアを出し、試作・実験
技術本部の製品開発室で、コスト問題などを解決し、製品化へ進める
自動車メーカーに技術者を常駐させ(デザイン・イン)情報を取得
開発プロジェクト(フルモデルチェンジの場合)
ラインオフの35-36ヶ月前:自動車メーカーから照会
まだ漠然とした要求→先取研究・開発の成果を生かして具体的設計に仕上げる
24-25ヶ月前:設計確定→工法設計、生産設備、金型準備
30ヶ月前頃:原価提示による入札で価格決定(設計イコール量産受注ではない)
10-12ヶ月前:量産準備
6ヶ月前:型式認定
開発期間短縮の工夫
並行作業
CAE(コンピュータ・エイデッド・エンジニアリング)
日程総括室での管理・調整
■サプライヤーの開発関与の過程について
サプライヤーの技術的能力向上=進化説(浅沼萬里の新古典派ベース制度派的理解)
貸与図部品を生産する貸与図メーカーから承認図部品を製造する承認図メーカーへの進化(表U-5)
関係的技能の向上→収益性向上(査定工数と実際の差VE、VA効果還元、による超過利潤)
製造から開発への競争場面拡大説(植田浩史)
部品自体の高度化、自動車メーカーの開発工数負担の増大→サプライヤーへの関与要請、という自動車
メーカー側の事情を考慮すべき
供給部品の転換ではなく、同一の部品の高度化を通じて貸与図メーカーから承認図メーカーになる
これ自体は競争場面の拡大である
成長したサプライヤーとしなかったサプライヤー(2次メーカーになるなど)にわかれる
開発競争とバブル
単価は必ず下がる→製品開発が1次部品メーカーの戦略になる
新製品は単価が高い
新製品は、組立メーカーが工数を(したがって価格を)厳密に査定しにくい
自動車産業では、組立メーカーの高級車志向・過度な多品種・多仕様化と部品メーカーの戦略が合致
バブル崩壊=開発方式の変化=サプライヤー・システムの変化
■長期的関係を前提としたシステムとその動揺(植田説)
承認図方式の、「契約的枠組み」としての整合性:開発に貢献する能力の評価と支払いはどうなっているか
開発に関与するようになってからも、開発費は単価に含まれていない
プロジェクトごとの開発費
一次メーカーは、先取研究・開発も行っている。その費用
設計・開発を委託されたことが、自動的に量産委託につながるわけではない。しかし、結果としてはつな
がることが多い。このあいまいさは、社会関係によって許容されないこともある。
欧米で委託図方式がとられていることが少なくないのは、それが理由ではないか。
承認図の所有権のあいまいさと、承認図の内容のあいまいさ
海外生産の場合(図U-24)
組立メーカーが、海外のサプライヤーにわたすなどの目的で型図面提出を金型メーカーに要求する場
合
あいまいさが問題にならなかったのは、右上がり成長のもとでの長期的関係による
開発に対する評価は、開発費と他の費用が一体となって払われれ、かつ受注そのものが拡大しつづける
ことで、あいまいになされてきた。
系列の再編や崩壊の中で、こうした関係は成り立ちにくい。個別に、的確に能力評価をする必要。
◇参考
浅沼萬里_日本の企業組織 革新的適応のメカニズム:長期取引関係の構造と機能_東洋経済新報社_1997/06
植田浩史(明石芳彦・植田浩史編)_自動車部品メーカーと開発システム(『日本企業の研究開発システム:戦略と競争』)_東京大学出版会_1995/04
植田浩史_サプライヤ論に関する一考察:浅沼萬里氏の研究を中心に_『季刊経済研究』第23巻第2号、大阪市立大学経済研究会_2000/09
植田浩史_必要なのは取引ごとに技術力、成果を評価するシステムづくり:下請・サプライヤシステムの変化と中小企業_『中小公庫マンスリー』1999年3月号_1999/03
植田浩史(大阪市立大学経済研究所 森澤恵子・植田浩史編)_現地生産・開発とサプライヤ・システム:英国日系自動車企業の事例(『グローバル競争とローカライゼーション』)_東京大学出版会_2000
田口直樹_金型産業における取引構造_『金沢大学経済学部論集』第19巻第2号_1999/03