update:2000/12/5
川端 望
(1)生産システムの定義
■生産の概念
狭義の生産と広義の生産=再生産(生産と消費の反復)
資本主義経済における生産と再生産
物的再生産と資本・賃労働の再生産
■システムの概念
井上義祐による定義
ある目的達成のために、いくつもの構成要素がその環境との関連の中で相互に作用し合うひとつの全体
システムの目的と機能:宣言された目的と実際の方向性がずれる可能性
システム評価の視座:目的合理性と意図せざる結果の双方に注意が必要
■生産システムの概念
企業レベル:本講義ではこのレベルで議論する
企業の生産目的に導かれた、生産工程に即しての労働手段、労働対象、労働の結合様式
社会レベル
◇参考
井上義祐_生産経営管理と情報システム:日本鉄鋼業における展開_同文舘_1998/04(第1章)
(2)要素的把握と循環的把握(図T-1)
■要素的把握
技術・管理・労働
物的システムと労働システム
■循環的把握
開発・購買・製造・流通・販売の機能的統合
部分最適化から全体最適化への模索と困難
サプライ・チェーン・マネジメントの視座
取引問題(公正性と分配)の深刻さ
◇参考
坂本清(編著)_日本企業の生産システム_中央経済社_1998(第1章)
岡本博公_生産システム・事業システム・企業システムの展開(『日本経営学会第72回大会報告要旨集』)_日本経営学会_1998/09
(3)社会構造的条件と経済合理性
■社会構造的条件
競争構造
産業構造
労使関係
一見技術必然的な手法も、労使関係に左右される。「省人化」の例(図T-2)
社会的諸制度
■生産システムの技術的・社会的特質と経済合理性(効率性または資本蓄積)
技術的・社会的特質によって、生産システムには有意な差が生じる(制度的・複線的)
諸特質は、経済合理性を通じてあらわれる(普遍的)
◇参考
鈴木良始_日本的生産システムと企業社会_北海道大学図書刊行会_1994/03(第2章)
宗像正幸_「日本型生産システム」論議考:その含意をさぐる_『国民経済雑誌』(神戸大学)第174巻第1号_1996/07
(4)生産システムの競争力評価
■評価の視角
基本的指標と相互間のトレード・オフ
生産における品質、コスト、生産性、納期。
開発におけるコスト、生産性、設計品質、開発リード・タイム。
フレキシビリティ(後述)
問題解決と自己改善
◇参考
藤本隆宏_生産システムの進化論:トヨタ自動車にみる組織能力と創発プロセス_有斐閣_1997/08(第1章)
(1)社会工学の文脈におけるシステムズ・アプローチ
■1960年代におけるシステムズ・アプローチの開発と拡大
アメリカ合衆国における国防問題
非軍事問題への適用――社会工学的テクノクラシー
ベトナム戦争の敗北、人種対立の先鋭化、スタグフレーションなどによる後退→新保守主義の台頭
(2)企業・産業論におけるシステム概念
■契機としての日本企業論:1970年代後半-80年代
高度成長→1974-75年恐慌からの早期回復→貿易摩擦→在外生産の展開
前近代的労使関係・低賃金説→日本的経営=「三種の神器」説(1978年OECD『対日労働報告書』)→日
本的生産システム論
ポスト大量生産、「ポスト・フォーディズム」、ジャパナイゼーションをめぐる論争
■なぜ、生産「システム」か――経営の個々の要素よりも、その補完性に注目
もはや低賃金では説明できない――単純な貿易理論では説明不可
産業によっては、必ずしも技術が最新ではない――技術決定論でも説明不可
■生産システム論の拡散:1990年代以後
背景
マクロ的条件の転換:生産システムだけでは環境に適応できない
IT技術の発展
作業の自動化よりもコミュニケーションの変革
OSをめぐる競争
システムの拡張
開発・生産システム
サプライ・チェーン・マネジメント
ビジネス・モデル
(3)企業と生産のフレキシビリティ
■フレキシビリティ概念台頭の背景
1970年代の世界経済の激変:ニクソン・ショック(1971)、オイル・ショック(1973)、スタグフレーション
変化する環境を、国民経済レベルで制御することの困難性
環境変化に対して、企業が適応することを迫られる
■フレキシビリティとは何か(1)――構造形成的フレキシビリティ
万能職場どうしの結合関係。ひんぱんな変更。
町工場どうしの仕事の回しあい、繊維産業のイタリア・モデルなど
↓↑
垂直的なビジネス・プロセス。組織的統合は変化しても、ビジネス・プロセスはさほど変化せず。
トヨタ生産方式、繊維産業のアメリカ・モデルなど
■フレキシビリティとは何か(2)――構造前提的フレキシビリティ
|
機能的フレキシビリティ |
数量的フレキシビリティ |
生産のフレキシビリティ |
効率的な多品種・小ロット生産 |
生産量の円滑な調整 |
労働のフレキシビリティ |
多能工化 |
労働支出の円滑な調整 |
■労働者からみたフレキシビリティ
多能工化をめぐる争点
低位多能工化か高位多能工化か
能力を資産とできるか
労働支出の調整をめぐる争点
レイオフかワークシェアリングか
正規雇用か非正規雇用か
◇参考
桜井等至_システム論の考え方(増訂版):経済問題解決のための新しい視角_ぺんぎん出版_1979/06(第1章。より専門的には、本書で引用されている文献を参照)
湯浅良雄_現代の労働過程:リストラクチュアリングと生産システムの改革_柏書房_1997/10(特に補論T)
加藤哲郎・スティーブン,ロブ(編)_日本型経営はポスト・フォーディズムか?_窓社_1993/10
ピオリ,マイケル=J/セーブル,チャールズ=F)(山之内靖・永易浩一・石田あつみ訳)_第二の産業分水嶺_筑摩書房_1993/03
鈴木良始_日本的生産システムと企業社会_北海道大学図書刊行会_1994/03(序章)
宗像正幸_「フレキシビリティ」論議によせて_『国民経済雑誌』(神戸大学)第166巻第4号_1992/10
宗像正幸, 現代生産システム研究の理論的射程, 『国民経済雑誌』第182巻第2号, 2000/08
ミルグロム,ポール&ロバーツ,ジョン(奥野正寛・伊藤秀史・今井晴雄・西村理・八木甫訳)_組織の経済学_NTT出版_1997/11(日本語版への序文)
野村正實, 熟練と分業:日本企業とテーラー主義, 御茶ノ水書房, 1993
(1)生産システムのパフォーマンス
■多品種化の進展
日米自動車メーカーの製品多様性(表T-1)
■低コスト・高品質
日米比較(表T-2、図T-3)
■短納期化
トヨタ自動車におけるオーダー・エントリーシステムの発展(図T-4)
品種・使用のレベル |
1980年代前半 |
1980年代後半 |
1990年代前半 |
車種別台数確定 |
生産開始20日前に1ヶ月分確定 |
15日前に1ヶ月分確定 |
15日前に1ヶ月分確定 |
型式レベル確定 |
10日前に10日分 |
10日前に10日分 |
7〜8日前に10日分 |
デイリー変更 |
5日前に1日分 |
4日前に1日分 |
3日前に1日分 |
◇参考
岡本博公_現代企業の生・販統合_新評論_1995
岡本博公_生産・販売統合システムの発展_『日本経営学会誌』創刊号、千倉書房_1997/04
鈴木良始_日本的生産システムと企業社会_北海道大学図書刊行会_1994/03
(2)自動車企業における開発システムのパフォーマンス測定
■開発生産性(表T-3)
日本のプロジェクトはアメリカ、ヨーロッパの2倍近い
■開発リード・タイム(表T-3)
日本企業のプロジェクトは欧米より平均して1年早く開発完了
■総合商品力(表T-4)
地域特殊性なし。特に日本車が優れてはいない。
◇参考
藤本隆宏・クラーク,キム・B(田村明比古訳)_製品開発力:日米欧自動車メーカー20社の詳細調査_ダイヤモンド社_1993/02
藤本隆宏_生産システムの進化論:トヨタ自動車にみる組織能力と創発プロセス_有斐閣_1997/08
(1)大量生産と多品種・小ロット生産の矛盾
■前提
各品種の生産量が、専用ラインを設けるほどではない
■在庫極小化と納期短縮の矛盾
納期を短くするには、見こみ生産で多様な在庫をそろえておく必要性→在庫費用がかさむ
在庫をなくすには、注文生産にすればよい→納期が長くなる
解決の方向
見こみ生産でも在庫を減らす=計画数量を細かくして予想精度を上げる
注文生産でも納期を短くする=生産リードタイムを縮小する
■バッファ極小化と生産性向上の矛盾
生産性向上には、個々の工程の高速化→不均衡による手待ち・在庫
バッファ極小化には出荷する順に切り替え生産→生産リードタイムが長くなる
解決の方向――JIT生産:「必要な時に、必要なものを、必要なだけ」生産する
高速化しても不均衡を起こさない→平準化生産
切り替え生産でもリードタイムを長くしない→段取り替えの高速化
◇参考
岡本博公_現代企業の生・販統合_新評論_1995
井上義祐_生産経営管理と情報システム:日本鉄鋼業における展開_同文舘_1998/04
(2)JIT生産方式概論
■システムの基本特性
徹底した同期化(見えないコンベアによる全工程の連結)
そのために在庫を徹底的に圧縮(製品・仕掛品・購入品)
システムの範囲の拡張(製造部面にとどまらない意義)(SCMとの関係)
組立メーカー→部品メーカー→流通システム→……
■鈴木良始によるサブシステム構成の整理(図U-1)
■後工程引取り方式
直接効果:作りすぎ防止
JIT生産と計画生産(図U-2、図U-3)
■品質管理と設備保全
直接効果:前工程のトラブルによる後工程停止の防止
在庫がないので、良品をとどこおりなくラインに流す必要がある
■生産の平準化による小ロット生産
後工程が引き取る品目・量の平準化
二種類あるが、ここでは品種別数量の平準化を説明する
ダンゴ生産(図U-4):前工程もしくは部品メーカーに、手待ちもしくは在庫が発生。かんばんが凶器に。
平準化生産(図U-4):手待ち・在庫極小化。
平準化に伴う小ロット生産の必要性
平準化→頻繁な段取り替え→迅速化の必要性と工夫(表U-1)(図U-5)
大ロット生産との比較
まとめ生産による個別工程での生産性追求→在庫累積
JIT方式に比べて、品質管理・設備保全の必要性に迫られない
■U字型ライン(図U-6)
相対的に単純な低速汎用設備
U字型の配置
多能工化
自動送り・自動停止機構
■「自働化」(にんべんのついたじどうか)
自動送り機構
加工終了・異常検知による自動停止機構→問題の顕在化により改善を促す
◇参考
鈴木良始_日本的生産システムと企業社会_北海道大学図書刊行会_1994/03(第1章)
門田安弘_新トヨタシステム_講談社_1991/06 (英語版には更に新版あり)
(3)JIT生産方式をめぐる諸問題
■普遍性と特殊性
普遍性――多品種・小ロット生産で高レベルの生産性・品質・納期をめざす限り適用可能な側面
特殊性――社会構造的諸条件に左右される側面
日本的労働編成との強い補完性
■JITと日本的労働編成の補完性
日本的労働編成の特徴(表U-2)
労働の包括性
作業者の汎用性(柔軟性)
集団責任に媒介された個人責任
作業者の改善活動への関与とJITの細かな技術
前述した作業者数削減の例
作業者による設備管理・品質点検の参加
参加の程度は後述
■JITの徹底による労働者への圧力
余裕のない作業
1980年代までのトヨタは、標準作業設定にあたって余裕率を見込んでいなかった
「権限なき責任」の広がり
企業における能力の発揮=人間性、という一面化。規制がなければ高密度労働の歯止めがなくなる。
■社会的費用
小ロット配送による交通混雑,排気ガス
◇参考
鈴木良始_日本的生産システムと企業社会_北海道大学図書刊行会_1994/03
(4)自動車産業における生産ライン改革
■設備投資基準の例
ある推定(表U-3)
1年単位の計算例:設備投資1200万円=1人1直労務費600万円×2直
■トヨタと日産における自動化
トヨタより日産の方が自動化志向である(表U-3)
下請部品メーカーの多品種・変量生産対応能力の違い
石油危機後、トヨタは、機械化を抑制しながら生産性をあげるよう、一次部品メーカーを指導
日産は相対的に困難→量産または機械化による多品種生産
労使関係の違い
日産では、1953年争議後に対抗的労働組合が衰退する。かわって主流となった組合も、1980年代初頭
まで対抗的職場規制をある程度引き継いでいた(要員、移動、労働時間の規制など)
→経営側は、組織的合理化が困難なため、機械化による合理化を重視
■バブル経済期の労働力不足と「労働の人間化」問題
「労働の人間化」問題
テーラー・システムによる「構想と実行の分離」、ライン労働による疎外感、労働負担の重さは、欧米では
1960‐70年代に問題に
日本ではバブル経済期にようやく表面化
バブル期の労働力不足:一般的な不足以上に、きつい作業である自動車生産ラインは不人気
採用後1年で4分の1、採用後5年で約半数が退社。
1989年自動車総連アンケートで、「あなたは子どもを自動車作業で働かせたいと思いますか」という質問
に対する回答:「働かせたいと思う」3.7%、「働かせたいとは思わない」43.3%
従来型の対応=期間工の導入がもたらした二つの問題
品質問題
月当たり賃金が期間工>本工となる逆転現象で、本工の労働意欲低下。
■「人にやさしい工場」の建設
日産自動車九州工場第2組立工場(図U-7のC工場)
在来型のライン(1450m)を自動化
マツダ防府第2工場(図U-7のA工場)
サブラインでまとまった単位の部品をモジュールに
メインラインを短縮し、モジュールをロボットで組み付け(図U-8)。その他にも自動化。
トヨタ自動車九州宮田工場(図U-7のB工場)
TVAL(Toyota
Verification of Assembly Line)の開発
労働科学の手法で作業負担を定量化し、きつい作業を改善。
女性労働者を作業ラインに採用。
完結型ライン
組立ラインを11本に分割し、各ラインの間にバッファを入れる
ラインごと(「組」ごと)に作業にまとまりをもたせ、品質確認もおこなう。
きつい作業は、簡単な機械で、作業環境や作業ペースを損なわないように自動化
インライン型メカニカル自動機(図U-9)
らくらくシートの例(図U-10)
■バブル崩壊とローコスト・オートメーションへの転換
バブル崩壊と新工場
日産九州第2、マツダ防府第2:稼働率低下。償却負担に苦しむ。特に、防府第2は高級車専用工場だ
ったので、フレキシビリティなし(モジュール化するとクルマの設計を変えねばならない)。
宮田工場:6割操業でも利益が出ると言われる。これまでのところ成功。
各産業で、ローコスト・オートメーション、自動化の見直しが進む。セル生産方式など。
ローコスト・オートメーションの問題点(自動車産業に限らず)
目的がコスト面に偏重する傾向
バブル期に着手された作業環境、作業条件、労働条件改善が後景に追いやられ、ローコストでの生産
性向上が急速に押し出されている
不況で厳しい雇用調整→労働力不足のときの問題が後景に追いやられる危険
◇参考
坂本清(林正樹・坂本清編著), 日本型生産システムの特徴と革新(『経営革新へのアプローチ』), 八千代出版, 1996/06
生産システム研究会, 工場見学記録第1集:生産システム研究会研究調査中間報告T, 『大阪市立大学経済研究所ワーキング・ペーパー・シリーズ』No.9502, 1995/04
藤本隆宏・武石彰, 自動車産業21世紀へのシナリオ, 生産性出版,
1994/10
篠原司, 自動車の組み立て革命:モジュール設計・生産始まる, 『日経メカニカル』1992年9月7日号、日経BP社, 1992/09
上井喜彦, 労働組合の職場規制:日本自動車産業の事例研究, 東京大学出版会, 1994
浅生卯一・猿田正機・野原光・藤田栄史・山下東彦, 社会環境の変化と自動車生産システム:トヨタ・システムは変わったのか, 法律文化社, 1999/09
野村正實, トヨティズム:日本型生産システムの成熟と変容, ミネルヴァ書房, 1993/12