1999年度工業経済学特論講義レジュメ(4)


2000125日現在

川端 望

Tel&Fax 022-217-6279

mailto:kawabata@econ.tohoku.ac.jp

HP http://www.econ.tohoku.ac.jp/~kawabata/index.htm

4部 日本企業の労務管理 

XII. 能力主義管理の展開

1 理論的・歴史的前提

■労使関係・労務管理の分析基準

 単純化された新古典派:均衡と効率性→組織の経済学:コーディネーションとインセンティブ

 単純化されたマルクス主義:搾取と抑圧→現代の批判的経済学:資本蓄積と権力配分、公正(fairness)

  労働組合の結成や拡大の理由は賃金水準よりもこちらの方が大きい。

■戦後民主主義の一部としての労働運動の成果と限界

 ブルーカラー・ホワイトカラーの身分的差別の撤廃

 大企業・男子・正社員とそれ以外の格差

 公平な処遇基準を未提出

  電産(型)賃金体系における生活給と能力給(図]U-1

■能力主義管理研究の重要性

 能力主義管理は現在でも大企業の労務管理のベース

 概念と歴史観の混乱――いま現在は、「能力主義管理」なのか「年功序列」なのか。

■「日本的経営」の主要概念の事実と虚構と神話

<小報告>

◇参考

遠藤公嗣_日本の人事査定_ミネルヴァ書房_1999/05

遠藤公嗣(中村政則・天川晃・尹健次・五十嵐武士編)_労働組合と民主主義(『戦後民主主義:戦後日本 占領と改革第4巻』)_岩波書店_1995/11

野村正實_終身雇用_岩波書店_1994/10

2 能力主義管理と年功賃金 −197080年代−

(1)能力主義管理のしくみと機能

■能力主義管理の下での賃金・処遇の決定

 職能資格制度が代表的。

 賃金:賃金体系によるが、いずれにしても、年齢または勤続年数、資格、査定による決定が一般的。

 処遇:資格を軸とする。

■職能資格制度の仕組み(表]U-1(図]U-2)

 職務遂行能力に基づき、資格を階層的に配置。

 資格による職能給の決定(基本給が職能で決まる会社などバラエティあり)。

 職能資格と職位(役職)は別で、当初はタイトにリンクさせられたが、実態としては変更。

 昇格は経験年数・試験等によるが、職場推薦など査定が加わる(図]U-3)。

■査定(人事考課)の特徴

 査定が昇給に影響する。春闘の数値だけでは、自分がいくら賃上げになるかわからない。

 成績効果・能力効果・情意考課の三大要素

  職務のあいまいさと職務遂行能力のあいまいさ(表]U-23、4)

  査定の一方的性格(結果の未通知が過半)

 査定のもたらす従業員間の関係

  過密労働要求が正当とされる傾向(表]U-5)。

  恣意的評価と性と信条による差別(図]U-4)

(2)能力主義管理の年功的運用

■年功的運用を促す要因

 フォーマルな年功制と運用上の年功制

  年齢級や、基本給の定期昇給による明示的な年功制の残存。

  職能資格制度の年功的運用。

 企業側による能力評価基準の確立の努力と困難(表]U-6

  職務のあいまいさの重要性の強化

   高度成長期:技術革新への適応

   石油危機以後:技術革新への適応プラス雇用調整

 男子正社員の絶対区分的公平観

  「基準をクリアーした者はみな昇格させよ」(「差をつけろ」ではない)

  「同期に遅れたることは恥である」(「同期を蹴落としたい」ではない)

  →職務給への拒否感と職能資格制度の受容

 家族単位生活給思想(≒年功賃金カーブ選好)が容易に希薄化せず

  貧困な社会保障を代替

  男性優位社会の家族賃金イデオロギー→「嫁さんと子どもを養う賃金」

 この傾向は封建時代や前近代の遺物でなく、高度成長期に強化されたことに注意。

  専業主婦増加。結婚年齢の低下

  親より豊かになる一つの方法としての「サラリーマン・専業主婦」分業

■年齢・勤続年数による昇格と賃金決定の存続

 絶対区分の広がり。

 昇格の年功的運用=「上ずり」現象

  視角と役職の結合関係がルースに。資格定員解消の傾向(表]U-7)。

  40歳程度まで、厳しく差をつけた選抜を控える傾向。

■経営側による年功的運用容認の条件

 二つの見解

  労働者の技能=報酬としての賃金上昇(企業特殊的熟練説。小池和男説)

  企業は家族単位生活給を払わざるを得ない→勤続とともに技能を要する仕事に移す(野村正實説)

   ブルーカラーについての証拠:保全工と作業員は同期入社同一査定なら同一賃金。

 学卒新規一括採用と年功的処遇(図]U-5

  企業が成長している限り、年功的な賃金カーブでも平均労働コストは抑えられた。

  女性・パート差別による補完

(3)女性・パートの処遇との補完性

■賃金格差の年齢別概括と推移(図]U-6)

 パート化との関係(図]U-7)。合理的な格差を越えた差別

■処遇における女性差別

 結婚退職の習慣化と強要

 男女雇用機会均等法以後も、コース別管理による女性差別の継続

■男子正社員の処遇との補完性

 家族賃金との補完性――生計費補助分しか払おうとしない

 夫の高密度労働と専業主婦の家事労働・育児負担の補完性→男性・女性全般への適用

 おそい選別との補完性

(4)バブル崩壊で何がかわったか

■環境の変化

 各産業部門での国際競争の激化

 低成長予測

 情報技術の発達

 ライフ・スタイルの多様性の要求の強まり

■企業の受け止め

 事業の再編成と人員の削減・配置替えへの要求の強まり

 総人件費抑制を目標とし、年功的運用を従来以上に忌避

 企業間関係の見直し(系列の侵食、アウトソーシング)

 工場に比べて能力主義の運用が弱かった、管理部門の合理化が課題に。

◇参考

遠藤公嗣_日本の人事査定_ミネルヴァ書房_1999/05

野村正實_終身雇用_岩波書店_1994/10

野村正實_雇用不安_岩波書店_1998/07

小池和男_仕事の経済学(2)_東洋経済新報社_1999/05

鈴木良始_日本的生産システムと企業社会_北海道大学図書刊行会_1994/03

伊田広行_21世紀労働論:規制緩和へのジェンダー的対抗_青木書店_1998/02

大沢真理_企業中心社会を超えて:現代日本を<ジェンダー>で読む_時事通信社_1993/08

山田昌弘_家族のリストラクチュアリング:21世紀の夫婦・親子はどう生き残るか_新曜社_1999/09

XIII 「新・日本的経営」と成果主義

1 『新時代の「日本的経営」』

<小報告>

2 能力主義の徹底から成果主義の強調へ

■成果主義の方向性

 能力主義を成果基準の方向に切りかえる

 職務を明確にした上で成果を評価する

■日本型職務給

 ほぼアメリカ型の職務給のケース:日本HP

  職務記述書作成→職務分類→給与カーブ設定

  同一職務等級でも年齢昇級あり

 日本型職務給:兼松(表]V-1)

  職務等級(仕事の評価)を設定しているが、実際は職能資格(人の評価)

■成果主義の日本的様相

 リファインされた能力評価プラス業績評価:日本NCR

  プロフェッショナルSE年俸制

  業績評価とコンピテンシー・アセスメントに基づくバンド(等級)(図]V-1)

   人の能力評価による

■短期的なねらい

 中・高年労働者の賃金コスト対策(図]V-2)

3 短期的効果と展望

■「有期雇用」の急速な拡大

 パート労働の急速な拡大(図]V-3

 製造ラインのパートタイマー、「派遣工」

■大きな変化はあるか?

 短期的な人件費削減の手段をてばなさない企業

  属人的評価を含む能力主義、性別分業を軸とした処遇、人事査定の不明瞭さと非公開性

 並行して進められる中・高年の雇用調整が公正さへの疑問を招く

  出向・転籍・希望退職の拡大

   1980年代の造船・鉄鋼など→90年代には多くの産業に

  雇用調整の規模と方式が社会問題化

   転籍に同意させるための冷遇(日本NCR)、肩たたきとその後の解雇(セガ。裁判所は解雇無効を決定)

 要員の削減によるノルマの増大

  個別評価のゆくえ。個人ノルマの事例(表]V-2)

  女性の適応

   これまでの選択肢:男性正社員なみのはたらきぶりによる「勝負」か、総合職・昇進の回避か(図]V-4)

   適応条件の変化

    回避→結婚・専業主婦化の条件が縮小。「勝負」か低い条件での就業継続に追いこまれている。

 変化の兆候

  労働者間競争、性別分業、人事査定に関する社会意識の変化

  正社員・パートタイマーの賃金格差についての判例(丸子警報器事件など)(表]V-3

◇参考

木下武男_日本人の賃金_平凡社_1999/08

日本経営者団体連盟新・日本的経営システム等研究プロジェクト_新時代の「日本的経営」:挑戦すべき方向とその具体策_日本経営者団体連盟_1995/05

熊沢誠_能力主義と企業社会_岩波新書_1997/02

XIV 労働運動と賃金・処遇問題

1 能力主義管理と労働組合

<小報告>

2 賃金論と賃金運動論

■様々な賃金カーブ

■平等主義的抵抗論の行き詰まり

 査定排除と一括大幅賃上げ(「誰でもン万円」)による格差縮小

 現実におこなわれる賃金の格差づけや査定に対して無力

 年功制擁護によってパート・女性との格差を放置

■コンパラブル・ワース(同一価値労働同一賃金論)

 女性差別への対抗理論として国際的に認められている。

 パートの処遇改善の根拠となる。

 制度設計と力関係次第では、単なる総人件費抑制に終わる

■労働者間競争とどうつきあうか

 戦後労働運動の「ゼロか百か」の原則論→力関係が弱くなると経営裁量がずるずると拡大

  首切り反対→雇用調整のルールを提起しない

  査定による差別反対→査定のルールを提起しない

 様々なレベルでのルールづくり

◇参考

野村正實_終身雇用_岩波書店_1994/10

遠藤公嗣_日本の人事査定_ミネルヴァ書房_1999/05

伊田広行_21世紀労働論:規制緩和へのジェンダー的対抗_青木書店_1998/02

木下武男_日本人の賃金_平凡社_1999/08

金田豊_独占の賃金破壊にどう対応するか_『労働運動』19999月号、新日本出版社_1999/09

熊沢誠_能力主義と企業社会_岩波新書_1997/02

 


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