工業経済学特論の採点結果と講義の反省


更新日:2002年2月8日

 

レポート総評

 国際分業と対外直接投資の理論をとりあげているものが多く、これらが受講生に印象的であったことがわかる。各国の比較優位産業の交替に関する雁行形態論、先進国の比較劣位部門に対外直接投資のインセンティブがあるとする村岡理論や小島理論に関しては、概要を理解しているレポートが多い。また、これらの理論モデルの限度について論じているものも多い。特に、技術の集積、産業集積の程度と内容、多国籍企業の戦略によって、先進国の空洞化、途上国の工業化のありかたが左右されることが注目されている。

 反面、日系多国籍企業の生産システムの国際的展開の現段階についての指摘は少なく、また工業化に際しての政府の役割は一般的には指摘されているが具体的に述べられてはいない。これは講義する側の解明不足でもあるだろう。

 なお、説明の明快さやわかりやすさ、図表の出所の明示、箇条書き的レジュメとレポートの区別、といった基本的な作法について、問題の残るレポートも少なくない。これで何とかなるだろうと思うのは甘えである。研究者を目指すのであれ、高度職業人をめざすのであれ、自己を表現する文章についてもっとプロ意識を持つことを望む。

個別レポート評価

 ※100点満点とした場合、優は80-100点、良は70-79点、可は60-69点、不可は0-59点に相当する。この項をウェブに掲げるのは、講義内容や評価基準を広く知ってもらうことが目的であるので、受講生の氏名は略した。以下、6本の提出レポートにたいする評価を述べる。

 

「対外直接投資と途上国工業化 −『空洞化を超えて』から5年後の今−」:「良」相当

 関満博『空洞化を超えて』以後の産業空洞化の進行について、技術の空洞化、地域の空洞化の深刻さを論じている。技術の集積構造を論拠にした空洞化論はその限りでは説得的であるし、中国製造業の発展が、雁行形態とは異なる日本産業との競合を引き起こすという指摘もよい着眼である。しかし、考え方としては関氏の議論の一部を延長したに過ぎない。空洞化が進むというだけでなく、空洞化の構造や、空洞化と別のベクトルが生じていないかどうかを探るといった努力がほしい。

 

「日系企業の在外生産と生産システムの再構築 −日本織物産業の構造調整−」:「優」相当

 日本の織物産業について、抽象的に「衰退産業」と決めてかかる態度を批判し、実際の産業の構造に即して問題点を取り出している。川中部門の構造的条件を無視して高付加価値分野への移動を安易に論じたり、織物産業が単なる労働集約型産業でない「コミュニティ」や「文化」と関わる別の姿に変わろうとする努力を捨象して縮小の必然性を論じる態度をいましめている部分は説得力がある。ただ、富澤修身・伊丹敬之・伊丹研の成果に対する自己のスタンスを明確にしようとつとめてはいるが、結果としては富澤のスタンスをなぞっているところが多い。

 

「日本のアジア向け直接投資とアジア諸国の工業化について −日本の対中国直接投資を中心として−」:「良」相当

 日本の対外直接投資と、その中の対中直接投資について時系列的な変遷を観察している。対中直接投資が当初非製造業中心であったことから、低い労働コストを志向するもの、国内市場に注目するもの、形成された技術基盤を活用するものに変化してきたということは多いにありうる。しかし、事実関係に対する時代区分にとどまっていて、解釈、分析が不足している。特にまとめがなく終わっているのは重大な欠陥である。

 

「対外直接投資と途上国工業化 −小島理論を巡って−」:「優」相当

 小島清の「順貿易志向型FDIは投資国、受入国双方に利益をもたらす」という主張を、特に技術移転論の見地から検討し、FDIによる技術移転は自動的には進まず、様々な制約があることを示している。移転される技術の選択は多国籍企業の戦略や途上国に間する情報に制約されること、工業化には技術の幅が必要であること、個人レベルの技術形成を企業のそれに、企業レベルの技術形成を社会のそれにつなげるには独自の制度・政策が必要であることを簡潔に明らかにしている。講義で学んだ理論を踏まえて自己の見解を打ちだしている点では優れたレポートである。ただし、技術移転・技術形成は必ずしも小島理論の核となる部分ではなく、検討対象の選択が適切であったかどうかは疑問が残る。

 

「対外直接投資と途上国工業化」:「良」相当

 東アジア諸国の工業化における直接投資の役割について理論的に考察している。特に、直接投資による産業構造の変化だけでなく、直接投資によって後方・前方連関を通した国内外の生産ネットワークが形成されることをみるべきだという主張、アジア域内での相互投資と産業集積の好循環が重要であるという主張が独自のものである。前方・後方連関による生産・貿易拡大と産業集積は、今日の東アジアにおける国際分業の大きな論点であり、着眼はするどい。しかし、説明は不足している。特に、比較劣位産業の移転と「カントリーリスクを踏まえた選択的投資」を対立させたり、アセアンを中心とした相互投資を「水平的」と呼んだりする理由や、途上国同士の直接投資が重要であるかとする根拠は、十分に示されていない。

 

「東アジアにおける国際分業 −戦後日本と東アジア地域の発展過程−」:「優」相当

 戦後東アジアの国際分業と貿易構造の変遷をたどりつつ、そこではアメリカという巨大な市場が大きな役割を果たしていたこと、途上国の発展には政府が世界市場に開かれた輸出指向工業化政策をとったことを主張している。そして経済発展過程が経済理論どおりにそのまま進むものではないことを確認している。また東アジア経済に関する文献サーベイに努力している。この限りでは議論は着実である。ただ、政府の関与が具体的にどのような役割を果たしたかは描かれていない。文献サーベイも、様々な研究成果が未消化なまま紹介されるにとどまっており、自己の見地からの位置づけがはっきりしていない。

最終成績

 レポートと平常の出席、報告、討論への参加を総合して100点満点で採点した。その結果、受講者6名中5名を「優」合格とし、1名を「良」合格とした。

講義を終えての反省

 まず講義技術の面では、前半は丁寧に過ぎて、後半は駆け足になったことを反省すべきであろう。また、プレゼンの仕方も一部工夫はしたものの、テキストに沿って解説するだけになった単調な回もかなりあったと思う。テキストを理解してもらう場合でも、討論やQ&Aなど、双方向のコミュニケーションを通しておこなえるようにすべきかもしれない。

 内容面では、当初私が想定した以上に競争戦略、産業集積を繰り返し論じることになった。途上国側の制度と能力の重要性については、ほぼ計画通り話すことができた。これらによって、グローバライゼーションと雁行形態的な国際分業展開の合理性を認めつつ、自由競争がこれを自動的に実施するかのような図式的発想は相対化する見地を明確に伝えることができた。年度途中で院生と大野健一氏との懇談の場を持つことができたこともこの点でプラスになったと思う。

 そのかわり、繊維産業論を省略してしまったこともあって、生産システム論をうまく伝えられなかったと思う。サプライヤ・システム論だけは丁寧にできたと思うが、生産管理論や労働組織論はまとめて話すことができなかった。

 これはテキストの内容そのものへの反省につながる。もともとこのテキスト『グローバル競争とローカライゼーション』は大阪市立大学経済研究所プロジェクト「生産システムの高度化とグローバル・ローカラゼーション」の成果である。プロジェクト開始の当初、私が抱いていた問題意識は、Richard C. Hill & Kuniko Fujita論文のように、「生産システムのあり方がグローバライゼーションとローカライゼーションのあり方を左右する」というものであった。しかし、講義を終えて降りかえってみると、「様々な制度的要因や主体の能力がグローバライゼーションとローカライゼーションのあり方を左右し、その結果生産システムが構築される」というようにもみえる。つまり、当初生産システムを強い規定要因とみていたのであるが、結局できあがったテキストとその内容を拡張した講義では、経営戦略、途上国政府・企業の能力、産業集積の量と質の方が規定要因として強調され、生産システムは規定される側に位置づけられることが多かった。そして、基本的にはこの方が正しいのかもしれない。もちろん、構築された生産システムのあり方がまた規定要因になるという側面も否定はできない。さらに検討を続けようと思う。講義をしながら研究を深められたことはよかったが、受講する立場から見れば未整理な話を聞かされてとまどったかもしれない。2年前のテキスト『日本企業の生産システム』のときもそうであったが、自分も参加したプロジェクトの研究成果が、後で読むと当初の研究意図と部分的に違ったものになっていることに気がつくというのは、面白いとも言えるが、問題だともいえるだろう。


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