ミニットペーパーno.1
1.昔のことを知る理由について考えながら講義を聴き、新しい発見がありました。日常の中で何気なく考えるときに、経済の例のように、現在を知るルーツとしてまた、不況の例のように現状を打開する教訓として使っているのだと感心しました。逆に、役立たないと主張している人がなぜそう言っているのか関心があります。講義内では「今は昔と違う」とだけ出ていましたが、詳しくはどうなん?
2.感覚論か実在論かという問題で、感覚論とはおそらく個人やある特定の集団が感覚として物事を捉えることで、それら個人や特定集団が感覚論に基づいて作られた文書などが、歴史学における史料になるのではないでしようか。
3.歴史学の社会的有用性について、役に立つこと、社会的に有用であることとはそもそもどういうことなのか、と思います。どうなれば社会的に役に立っていると言えるのか、いわゆる「実学」ってことか、今日の話でもそこはまだ腑に落ちていません。私自身は、ある社会の人々が共通の理解を持つことができるというだけでも、充分役に立っていると言えると思います。
4.「歴史学を学んで将来役に立つことがあるのか」ということは、私がよく考える問題だったので、きょうのこうぎは私にとってはとても興味深いものでした。現在と過去を結び付け、そこから教訓を得るための媒介として歴史学を用いるということは、なかなかおもしろいことでした。社会に「役立つ」ものというより「役に立ってしまう」ものだということがよくわかりました。
5.「歴史学って何だろう。歴史学って役に立つのか」。この問いに対する答えは、歴史関係の学部に在籍する今も出せないでいます。今回の講義のテーマはとても興味深いもので、聞いていて楽しいです。自分なりにぼんやりしたものでもいいので、答えが少しでも見つかればいいなと思います。あと、総力戦体制論ですが、この前の時代の日本の近代化に伴う資本主義への移行や工場制、労働制度の整備についての考慮を組み込むとすれば、その関連性も必要だと思いました。
6.2限目の授業で「真実を知ることができるか」という問題があったが、真実=史実と考えてよいのでしょうか。また、かなり哲学的な話になってしまいますが、「経験したことはオーケー」と言っていましたが、のちにそのことを人に話す際には「記憶」によって事実がゆがめられてしまう可能性が否定できません。「オーケー」ということが「史実」として証明できるということを示すとすれば、その経験がゆがめられてしまう可能性があるということから、「証明できた」とはいえないと思います。たとえ経験したことであっても、チェックし、批判しあう、というプロセスを経なければ客観的な事実には近づけない、やはり証明は不可能ではないか、と思います。
7.今日の授業で最も興味深かったのは、自分たちが今現在浸っている文化に正当性はないというくだりでした。なぜそういう風に行為するのかという問いに対して答える上で、歴史的な文化の変遷を踏まえるのは意味がある(授業風に言えば「役に立つ」)と思います。
8.私は、歴史をただ学びたいということから歴史文化という学科に入学したので、歴史の有用性についてあまり明確な考えを持てずにいたのですが、この講義を聴いて、私も歴史の有用性がおぼろげではあるが見つけ出せたように感じました。現代の経済にも「総力戦」という歴史的な自称が少なからず絡んでいるというのを知り、歴史は深いなと改めて感じました。この講義を通じて歴史というものに対する認識をさらに深められたらなあと思います。
9.哲学的な面も少しあったが、「歴史をなぜ学ぶのか」という、今まであまり気にしてこなかったことについて考えることが新鮮だった。どうしても教科書等に書かれたこと=「事実」と考えがちであることに気づいた。歴史学は真実に接近するということは、修正を繰り返して最終的真実になることは本当にありうるのだろうか、と感じた。
10.歴史が役に立つかどうかは受け取る人の感じ方いかんだと思った。個人的には歴史は教訓として役に立つ部分があると思うが、歴史研究者たちは役に立つと思っているのか、それならば事象から学び取れる一般論をいかにして抽出するのか、また一般論をどう社会に生かそうとしているのだろうか。自分が経営学を学んでいる立場なので、そう思った。
11.歴史における真理の話については、P.ヴェーヌが事実上の真理を一般的な教訓に変え、そから歴史法則や教訓を再構築できることは、避けるようにしなければならない、といっていたのを思い出し、歴史を研究する人間としては注意しなければならない、と思いました。また、「総力戦体制」論については、中小企業が大企業の傘下に入って下請け企業となっている構造を考えると、非常に分かりやすくて良かったです。
12.歴史に対する一般的な考え方をわかりやすく講義されていておもしろいです。特に歴史と小説の境界については、私の中で曖昧な点が多かったので興味がありました(結局は歴史を書くその時代の人間の主観が入ってしまう為、歴史は創造物、つまり小説ではないのか、など)。歴史が役に立つかどうかは、就職活動における歴史文化学科の先輩方の苦労を見ると、やはり職種的に有用性があるものはかなり限定されると思うし、実生活に役立つものは本当に僅かであると思います。けれど私も有用性はあると思います。
13.歴史を知ることについて、また歴史上の出来事をここまで掘り下げることは、自分なら安易に「教科書に書いている」や「一般常識」などと考えてしまうので、抽象的で大変だと思った。自分は異文化について学ぶのが好きで、歴史を学ぶことはそれほど苦にはならなかったが、(教員免許は取るつもりなので)もし将来自分が歴史を教える上で、歴史の勉強は受験以外に意味がないと考えている生徒がいたら、歴史を人同士の相互理解の材料とできるように、また異文化理解するとともに幅広い視野を持てるようにしたいと思う。
14.歴史の研究には、熱意ある歴史家の手によって、過去から長い時間をかけるうちに、未着手の分野などほとんどなくなっているはずだと思っていました。それゆえ、新たな研究分野がもう残されていないなら自分などが改めて研究に入り込む隙などないのではないか、とすら長い間思っていました。しかし、歴史の研究は、そう簡単に終えられるようなものではないこと、同じ分野に多くの人がいてこそ発達していくことを今回学び、そう悲観したものではないと希望が持てるようになって良かったと思いました。
15.私は歴史なんてどうせ役に立たないもんだと思っていました。しかしこの講義をうけて、歴史に対する考え方が少し変わってきました。歴史を学ぶことによって、漢語などにあるような教訓が得られるし、私たちの社会そして私たち自身を見つめなおす良い機会が生まれるということには非常に納得できます。残りの講義では、新たな視点で歴史と向き合っていきたいと思います。
16.歴史とは何かということを初めて深く考えてみた気がした。私も歴史というものは社会的有用性をもつものだと思うが、高校までに学んだ歴史は知識だけという気がして、今ほど有用性を感じなかった。歴史という現在の背景をより有用性のあるものにするためには、学ぶ本人の意識といった背景も必要なのだと思った。
17.歴史を学ぶことの意義についてですが、先生は社会的有用性とおっしゃったのをなるほどと思いました。私自身は歴史を専門としているわけではないので、歴史を知ることは他国の人々と関係をきづくうえで役に立つもの、また人生を豊かにするものだと思っています。私の考える歴史を勉強する意義は先生のように社会に関係する大きなものではなく、自分に関係する小さなものです。
18.歴史を学ぶことの意味や有用性は、大学に入学した時から何度も問われてきた。その度に自分自身の結論に到達することができず、なんとなく「過去を知ることによって今後起こりうる事態に対する教訓を得ることができる」というありきたりな答えでごまかしてきた。しかし、今日の講義を聞いてその問いに対していくつかの方向から考えるきっかけを与えられたと思う。また、経済を通して歴史学を掘り下げて見るのは私たちが通常学科で学ぶピンポイントの歴史的事象からの講義より、根本的な歴史学の問題がわかり易く、興味深かった。
19.歴史学が真実に接近することができたとしても努力しただけ近づけるかわからないところが難しくて先が見えないものだと思った。社会的有用性について教訓以外に歴史学は利用できないのか。高校でも歴史学の社会的有用性を話したうえで授業を行えば歴史を学ぶこては意味がないと思う学生も減るかもしれないのに…。
20.批判、反論、再反論を繰り返していくうちに真実に接近する、とありますが、歴史に真実はあるのでしょうか?私は、真実は当事者の数だけあると思うのです。
もしそうだとすると、批判と反論が平行線をたどることになりませんか?
21.歴史学において想像はいけないというのはわかりますが、どの学問においても想像力を働かせて仮説を立て、立証する事が必要だと思うので、一言に想像があってはならないと言われると変な感じがしました。
22.歴史小説は、特に歴史学でもわかっていないところを想像で補っているということは知らなかった。
23.歴史を知る意義など考えたことはあまりなかったので、一般的に教訓を得れたり、鏡の役割であったりというのは新鮮な考え方でした。私は歴史を学ぶことがただ面白かったので知識としてまなんでいたように思います。
24.歴史学の有用性については、身近な所でも交わされる内容でした。今を知るために歴史を知るのだと言うのでも、あまりに遠く昔のことになると、途端に説得力を失くしてしまうのです。もう面倒になって、自分の知的好奇心を満たす為だと答えていました。
ハッキリと肯定していただけて嬉しく思いました。
25.第二回より、科学でも完全な真実なんてないと思う。経験則に過ぎない。いくら実験しても次の実験がいつもどうりとは限らないから。 第三回の、男は仕事〜 から一部の社会で通用した考えが全体に浸透して当たり前になってしまうことがよく分かった。
26.昔の事を知ることは「違う文化を知る」と言う点で最も役に立つと思う。同じ国でも過去と現在では違う所が多くあり、昔の事を知ることで、自分では当たり前だと思っていることをアイデンティティとして改めて確認できるということが一番ではないかと感じた。
27.歴史学がどんなものかはよくわかったのですが、私もヨーロッパのことを知りたいと受講した一人だったので、ヨーロッパのことに時間をさいていただきたかった、という思いがあります。
28.今まで歴史を学ぶ意義や、歴史とは何かということを考えることがあった。今日の講義での、「歴史を知ることは役に立たなければならないのか」ではなく、「役に立ってしまう」という考え方は新鮮だった。歴史を学ぶことは一学問として楽しいだけではなく、社会有用性を持ってしまう、という根拠がよく分かり自分もそう思った。
29.歴史の認識の方法や、世界恐慌や総力戦体制を学ぶ事が、現代の教訓になることがよくわかった。しかし、それらの悪用の仕方もあることに気をつけるべきだと強く感じた。たとえば、ヒトラーが掲げたドイツ民族優性の考えは、ドイツで新たな排外主義の拠り所にもなっているし、日本でも同様な事が起こりつつある。一歩間違えれば、過去の過ちを繰り返してしまう羽目になる。そうならないためにも、歴史学を社会に役立てようとするなら、どのような扱い方が本当に社会の役に立つのか考えることがまず大事だと感じた。
30.今日の授業で面白かったのは歴史で本当のことがわかるのかということです。いままであまり考えてみたことがなかったので。大体正しいとは言えても100%真実とは断言できないということが歴史小説を面白くしているゆえんだと思いました。
31.70年代に「不況を脱却する」という目標を掲げ日本は成し遂げたということでしたが、現在の日本に「不況を脱却する」という明確な目標があるにもかかわらずこうも長期間不況が続いているのはなぜでしょうか。産まれた時からある程度の生活を送っているので昔のような差し迫った危機感に乏しいからでしょうか。
32.歴史が役に立つということを論じることは、僕が法律を学ぶ立場から言うと、法律がなぜ人を規律することができるのかといった法の正義論を論ずることに似ていると思う。やはり、ある事柄が普遍的なことかは別として、理由付けというのは大事であると考えるからである。僕個人としては歴史についてロマンというか興味を持っているので、歴史がどんどん明らかにされること自体は僕の興味をみたすことになる。こういう意味で歴史の知的探求自体に意義が見いだすこともできるだろう。
33.本能寺の変などの具体例で説明して下さったのが分かりやすかったです。それから、護送船団の意味がよく分からなかったので、もう少し詳しく説明して下さい。あとキャッチアップ完了後の日本経済の流れについてもお願いします。
34.歴史学が役に立つかどうかという議論で、教訓にしたり鏡にしたりするのは歴史学を有効に利用することができていると思います。個人的には歴史は好きなので、遺跡に行った場合は歴史学の知識はあった方がいいと思います。何も知らずにそんな場所に行ったとしても楽しいわけないと思うからです。
35.歴史を学ぶものとして、さらには社会に出ていく前段階として学ぶものなので、僕の中では歴史を学んだことから何らかの有用性を得たいといい思いは強いです。しかし、そのなかで歴史が有用性を持ってしまうことがあり、それが誤った方向に行き危険性を持ったことは驚きでした。僕は歴史はなかなか社会にすぐ適用出きるような有用性がないのでは、と思っていたのですが、それどころか極端な影響力があることは、歴史を学ぶものが忘れてはいけないところだと思いました。
36.歴史学を学ぶことの有用性について、高校生の時から何度か論文を書く機会がありました。私は歴史学を学ぶことには好奇心を持っていたので、当然有用性はあるものと考えていましたが、別の見方もあるんだなと気づかされました。自分がこれからしようとすることが役に立つかどうかばかりを考えると、学ぶ楽しみが減ることにもなるのかな、と思います。「自分」とは何かについて考えることは、不思議な感覚になりました。自分て誰なんだろうかとか、遡って物事を考えるのは大変な作業だと思います。
37.今回と前回の講義のテーマは「歴史を知ることは役に立つか?」ということであった。主に本能寺の変の例が印象深かった。そこから得られる教訓は私は単純に考えても二通り考えられると思う。つまり織田信長からの視点と明智光秀からの視点によって得られる教訓である。このように歴史的事実の当てはめの際に、違う観点から歴史を見るコトによって様々な考え方ができるのではないかと思った。
38.皇国史観の問題はきちんとしたチェック体制と関係があると思う。チェック体制の整備は数年前の発掘の偽装とも関係がある気がする。
39.「cf」が多用されていますが、どういう意味でしょうか?私は以前「参考までに」というような意味と教わったのでそう思っているのですが、先生が板書に「cf」と書かれた部分は参考程度に留めておいてよいのでしょうか?また、具体的な話が多くて大変分かりやすいのですが、反面結局、その@だったら@の範囲内で先生が何をおっしゃりたいのかが分からないことがあります。そのまま次の番号に流れ込むのなら、番号分けする必要がないと思うので、次の番号に移る前にその番号のまとめをしていただけるとありがたいです。
40.歴史を勉強することは知的好奇心を満たすためだけではないことがわかった。現在の問題を解決するための策を過去の成功事例から引き出すことができるのだ。さらに、過去の失敗事例から学んで同じ失敗を繰り返さないようにできるだろう。疑問…いくら資料があってもそれは人の手により作られたもので実験、観察によって証明されたものとは意味合いが違うと思う。数学のように絶対的証明はできないものは科学とは呼べないのではないか。
41.鏡とまず最初に言われてあの事件は人生の鏡とかあの人物のあの行動は人間の鏡だというようなことかと思いました。けれど本当にうつしだすミラーの方であり、それは自分を映すものだということに歴史の有用性を感じるというとわかりませんが自分を知ることができることはすごいことだと思いました。 あと個人的な質問ですが差し支えなければ血液型を教えて下さい。
42.歴史学を学ぶ者として非常に有意義な授業であると思いました。またわかりやすい授業で大変ありがたいです。質問ですが、総力戦体制論は日本経済以外の他の分野や他の国に対して使われることがあるのでしょうか?また総力戦体制が続いていたことにいわゆる日本の国民性は関係あるのでしょうか?
43.教訓としての歴史や鏡としての歴史の例として挙げられた、世界恐慌後の歴史や総力戦体制論の考え方が今日の経済につながってきた流れなどの説明が興味深かった。
44.歴史学が何の役に立つのかということを、きちんとまとめてくれていてよかった。過去の出来事をおおまかに証明する方法として考古学の観点から発掘調査をして遺物を調べるという方法もありますよ。
45.歴史を学ぶことに意味はあるのか、というのは今の学部に存在意義があるのか、という問題なので個々の歴史事実の授業より大切な問題だと思いました。「男は仕事、女は家庭」の考え方が実は日本の中でもごく限られた家庭の図式であるという指摘は面白く感じました。なぜこのような価値観が広く知られるようになったのか疑問でした。