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ステュアートの草稿研究

ジェームズ・ステュアート(1713年生、1780年歿)は、アダム・スミスが『国富論』を出す9年前に、経済理論の包括的な体系を『経済学原理』として刊行した。スミスも『国富論』を書く際に、ステュアートの議論を強く意識していた。

しかしステュアートは、スコットランドとイングランドの歴史の激流に翻弄され、若くして国事犯となり、その後生涯、日陰の身だった。イギリスの政権転覆の軍事蜂起に深く関与したかどで、歿する9年前まで市民権を剥奪されていたのだ。

遺族は関係書類を近年まで公にせず、ステュアートの草稿研究は漸く現在、その緒に就いたところである。

ステュアートの経済理論体系の重要性については、早くはカール・マルクスが強調した。そして今日では、ケインズ等の理論にもつながっていく、「最初の貨幣的経済理論」として評価されている。

『国富論』執筆の背後にステュアートの『経済学原理』があったことは、経済学の成立を理解する上でとても重要だ。『国富論』の理論は貨幣的経済理論への対抗関係のなかで生まれたのであり、『国富論』の体系は重要主義の体系への対抗関係のなかで生まれたのである。この対抗関係の図式から『国富論』を切り離して、対抗図式に目をつぶって「経済学の成立」を捉えることは、とりもなおさず、経済学の成立を片面的に捉えることに他ならない。「経済学の成立」を捉えるためには、『国富論』が置かれていた対抗関係の図式を鮮明に炙り出す作業が必要なのである。

この点こそが、ステュアートの草稿研究の進展がまたれる最大の理由に他ならない。

マーク 経緯1 遺族による取り組み

ステュアートの草稿類の整理と活字化・出版に向けての取り組みは、ステュアートの歿後、まず遺族により進められた。

1780年
ステュアート、エディンバラにて歿する。
1780年代
ステュアート夫人のLady Francis Steuartが、作家のアンドリュー・キッピスに書簡類を渡して、ステュアート伝の作成を依頼した。しかしながら、できあがった原稿をフランシスは好まず、活字にはならなかった。
1805年
息子のステュアート将軍、ジョージ・チャーマーズとともにステュアート著作集を編む。
1818年
息子のステュアート将軍、ダンロップとともに Original Letters from the Right Honourable Lady Mary Wortley Montague, to Sir James & Lady Frances Steuart; also, Memoirs and Anecdotes of Those Distinguished Persons を編む。
1842年
血縁の一人、James Dennistoun が Coltness Collections を編纂。キッピスの原稿もこのなかで活字になる。

マーク 経緯2 シャムレーとスキナー、セン

研究者がステュアートの草稿を研究対象とするようになったのは戦後のことである。1960年代にはシャムレーによるきわめて大きな貢献があった。スキナーもまた草稿に広くあたって、その成果を活かしてステュアートの伝記をまとめる。

1957年
The Economics of Sir James Steuart の巻末 Appendix A にて、セン(S. R. Sen)はLSEが蔵する『経済学原理』初版に、著作集版への修正が書き込まれていることを指摘してその主要な修正点を記録した。
1965年
シャムレー(Paul Chamley, 1912-92)、ステュアートの草稿についての最初の学術研究書である Documents relatifs a Sir James Steuart を出す。
1966年
スキナー(Andrew A. Skinner, 1935-2011)、ステュアート『経済学原理』復刻版を編纂し、巻頭に草稿資料を活用して書かれた伝記的スケッチ Biographical Sketch: The Life of Sir James Steuart-Denham 1713-1780 を収める。

マーク 経緯3 渡辺邦博

ステュアート研究では日本は小林昇をはじめ多くの蓄積がある。それらを受けて渡辺邦博は地道にステュアートの足跡を辿り、1998年復刻版の『経済学原理』のステュアート文献目録や2007年の単著に結実させる。

1998年
スキナー、小林昇、水田洋が編者となって『経済学原理』の復刻版が出される。
2007年
『ジェイムズ・ステュアートとスコットランド もうひとつの古典派経済学』が出される。

マーク 経緯4 奥山忠信、古谷豊

草稿資料の中核部分を補蔵していた遺族が、エジンバラ大学CRCに寄贈。その後、奥山と古谷が研究を進める。

2005年
『ジェームズ・ステュアートの貨幣論草稿』
2007年
『ジェームズ・ステュアート『経済学原理』草稿』