東北大学 大学院経済学研究科 |
高浦康有 |
『経営倫理用語辞典』(白桃書房、近刊) 執筆項目 高浦康有 ハーバマス, J. 批 判理論 批判的経営研究(クリティカル・マネジメント・スタディーズ) 方法論的個人主義 NPO NGO インターミディアリー 登録チャリティ 内国歳入法第501条(c)(3)項 認定NPO法人制度 社会起 業家(ソーシャル・アントレプレナー) サラモン, L. M.
|
|
|
ハーバマス, J.(Habermas,
Jürgen[1929- ]) 哲学者・思想家、フランクフルト大学名誉教授。現代を代表するドイツの哲学者であり思想家であるハーバマスは、『公共性の構造転換』(1962)のなか で、ヨーロッパ近代市民社会で成立した市民の言論の場(公共圏)が、やがて国家によるテクノクラート体制とメディア支配によって変質し、現代において形式 的な大衆民主主義に堕していると鋭く批判した。この公共圏の衰退という考え方は『コミュニケーション行為の理論』(1981)において、強制や支配のない 人々の理性的なコミュニケーションによって織りなされる生活世界が、貨幣と政治的権力を制御メディアとする後期資本主義システムによって浸食されるという 「システムによる生活世界の植民地化」モデルとして一般化された。ハーバマスはその問題解決の鍵を、市民グループなど自発的な結社 (association)によって生み出される多層的で水平的なコミュニケーション・ネットワークの批判力に求める。こうした考え方は、90 年代後半からの多国籍企業に対するNGOの反グローバリゼーション運動などを理解する上で有効な視点を提供しているといえよう。 1930年代からドイツ・フランクフルト大学社会研究所で活躍したホルクハイマーやアドルノ、及びその弟子たち(いわゆるフランクフルト学派)に よって形成された西欧マルクス主義の社会理論、哲学の総称をさす。彼らが方法論的な支柱としたヘーゲル哲学においては、人間の歴史を、現実の社会的束縛を 弁証法的に克服して乗り越えようとする人間の自己意識の進展としてとらえるが、ここにおいて批判とは、否定的な判断以上のものであり、真理の現存形態の正 体を見抜き暴露するという肯定的な働きを意味した(アバークロンビー他『社会学中辞典』)。マルクスはこのヘーゲルのイデオロギー批判の考えをさらに推 し進め、社会構造を形づくるブルジョワ的思考形態の本質を暴こうとする哲学的かつ実践的な運動へと展開した。こうした知的文脈を受け継ぐホルクハイマー は、マルクスの歴史認識に内在する批判的モーメントを、デカルト以降の伝統的な認識論に対峙させる形で「批判理論」として定式化した。初期のフランクフ ルト学派の思考方法は、ホルクハイマーとアドルノの代表作『啓蒙の弁証法』(1947)に典型的に見られる。ここでは第二次世界大戦のナチズムへの省察を ふまえて、 近代の人間理性が、目的合理性のみを追求する「道具的理性」に変貌し、野蛮な状態へと自己崩壊するあり様が示された。こうした道具的理性批判は、資本主義 社会 における管理的な統制の進展と自己疎外という洞察へ導き、一方で、現代科学の没価値的で技術的な認識関心を基礎づける実証主義との対決をもたらした。近代 産業の徹底した合理化、官僚制化がもたらす人間疎外というモチーフは、ウェーバーの「鉄の檻(iron cage)」論にも見られるが、フランクフルト第二世代のハーバマスは、単に道具的理性批判に留まらず、コミュニケーション的理性の可能性にかけ、「未完 のプロジェクト」としての近代啓蒙の復権へと批判理論を展開していく。 批判的経営研究(クリティカル・マネジメント・スタディーズ) [英: critical management studies (略: CMS)] 1980年代から90年代にかけて、イギリス・マンチェスター大学の労務管理論の研究者であったH・ウィルモットを嚆矢として、英米圏の経営学者を中心に 形成された経営研究の方法論をさす。この分析アプローチでは、伝統的な経営理論が依拠する客観的、技術的、価値中立的な思考様式が抽出され、現実のマネジ メントが及ぼす権力作用や抑圧性を隠蔽するものとして批判される。批判的研究が目指すのは、そうした政治的な性格をもつマネジメントの本質を解明し、かつ 内在的な言説批判により権力関係を変質させることで、秩序や体制を民主的に変革するというものである。ここでは、諸力のイデオロギー的支配によって抑圧さ れ た人々に対して、その構造や制度を自明なものとしてではなく、疑われるべきものとして提示し、個人の自律性や責任の回復と発展を導くような実践的、解放的 な志向性 がうかがえる(Alvesson & Willmott, Making Sense of Management)。批判的経営研究は、マルクス主義的な労働過程分析、ポスト構造主義(フーコーなど)に基づく権 力分析を包摂しつつ、主としてフラ ンクフルト学派の批判理論を方法論的基礎として、テクノクラシーの進展に見られる道具的合理主義への批判、利害関係の偏向によるコミュニケーション関係の 歪 みの析出といった研究プログラムを積極的に展開している。 (明治大学・西本直人氏のCMS概説も参照) 方法論的個人主義 [英: methodological individualism] 社会や組織の諸現象にアプローチする際の研究立場の一つ。マクロな社会実体を想定し、各統計量を変数として扱うことで、社会現象を客観的に明らかにしよう とする方法 論的集団主義(methodological collectivism)とは対照的に、ミクロな個人の行為に注目し、その動機を解釈的に再構成しつつ、行為の帰結として制度やパターンの生成を因果的 に説明しようとする立場をさす。この(ウェーバー社会学にもとづく)方法論的個人主義と、先の(デュルケーム社会学から派生する)方法論的集団主義は、そ れぞれ個人か制度か、あるいは行為か構造かといったように分析的視 座のレベルを異にするが、一方でその折衷を図る理論的努力がなされてきた。たとえばパーソンズは、個 人に内面化された社会規範を、行為の準拠枠としてとらえるシステム論的な発想を社会学に取り入れたが、ギデンズはさらにこの考え方を推し進め、社会的な構 造(文化制度など)は、行為の産物であると同時に、行為の媒介手段でもあるという「構造の二重性」の議論を展開した。このギデンズの理論をふまえ、現代の マネジメント研究では、管理者の行為を戦略的な次元で記述すると同時に、資本主義的な制度の所産としてもとらえる批判的なパースペクティブが示されてい る。 NPO [英: non-profit organization] 非営利組織と訳されるが、同じ非営利である政府機関と区別して「民間非営利組織」と表現されることが多い。一般的にNPOとして位置付けられるには、営利 を目的としないこと(利潤の非分配)、自律的な組織運営がなされていること、とりわけ公益を目的とした活動であることといった条件を満たす必要があると考 えられている。広くは特定非営利活動法人(NPO法人)を含む民間のボランティア団体や市民活動団体を含めてNPOと呼ぶ。近年、その活動は災害救援や環 境保護、福祉、まちづくり、NPO支援などさまざまな分野に及んでいる。 「非政府組織」と訳される。もともとこの用語は国連憲章の中で使用され、国連理事会との協議資格を有する民間の国際協力団体のことを指していたが、今日で はその資格の有無に関わりなく、開発や人権、環境など地球規模の問題に取り組む民間非営利団体一般を意味するようになった。実質的にはNPOと同じと考え られるが、非政府という特徴をより重視しているといえる。日本では、海外援助・交流など国際協力の活動を行なうNPOをとくにNGOと呼ぶ場合が多い。 インターミディアリー [英:intermediary] 「中間支援組織」と訳される。インターミディアリーとは一般に「仲介」や「媒介」を意味する。ここでは主に、資金や人材、情報などの資源の提供者とNPO の仲介を専門に行なうNPOのことをいう。具体的には財団とNPOの間で助成コンサルティングを行なったり、ボランティア希望者とNPOの間でボランティ アの紹介や組織化を行なったり、NPO間あるいはNPOと企業間のネットワークを促進したりするNPOのことを指す。近年では、NPOに対するマネジメン ト支援などNPOのインフラづくりを行なうNPOも広くインターミディアリーと呼ぶことがある。 イギリスでは、法人格の有無、会社か信託であるかを問わず公益目的で設立された団体は、チャリティ法にしたがい政府機関であるチャリティ委員会の認定を受 けてチャリティ(公益団体)として登録される。日本のいわゆるNPO法人に相当するが、近年では会社形態をとるものが増加しているとされる。認定における 公益性の基準としては、貧困救済、教育・宗教の振興、その他の地域貢献があげられる。登録チャリティはその資格を得た時点で、税制上の優遇措置を受けられ る。 米国の連邦税について規定した内国歳入法の第501条(c)(3)項では、宗教、教育、医療、福祉、芸術、文化、環境、動物愛護、国際問題などの分野で活 動する公益性の高いNPOについて団体の登録要件を定め、これらのNPOへの寄付について一定の課税所得の控除を認めている。この規定により、個人や企業 がNPOに寄付を行う際の実質負担が軽減され、米国のコミュニティを支えるNPOへの寄付をうながすインセンティブが与えられることになる。 NPO法人とは、非営利活動を行なう団体が、いわゆるNPO法(特定非営利活動促進法、1998年12月施行)に基づき各都道府県知事(または内閣総理大 臣)によって認証を受け、法人格を取得した団体をいう。中でも一定の基準を満たし、国税庁長官の認定を受けた特定非営利活動法人への寄付に対しては、 2001年10月から税制上の優遇措置が受けられるようになった。これを認定NPO法人制度という。認定を受けたNPO法人は寄付金を集めやすく、また収 益事業についての法人税が軽減されるなど財務面でのメリットを享受できる。ただし、NPOの収入に占める寄付の割合が過去2年にわたって5分の1以上であ ること、特定の人や親族に寄付が偏っていないことなど審査基準が厳しく、その緩和を求める声もある。 社会起業家(ソーシャル・アントレプレナー) [英:social entrepreneur] 社会起業家に関する定義は様々であるが、多くの場合、以下の3点を共通の要素とする(ETIC. Social Venture Center)。(1) 起業家精神:自律的に行動し社会的なイノベーションを起こす、(2) 社会的ミッション:特定の社会的課題の解決にむけたミッションをもつ、(3) ビジネス・ツール:ビジネスの持つ効率性や問題解決能力をツールとして利用する。そしてソーシャル・ベンチャー(social venture)とは、こうした社会起業家たちが、特定の社会的な課題の解決を視野にいれて立ち上げた組織やプロジェクトをさす。その形態は、事業性・自 立性を強く意識したNPOであるか、社会的ミッションを強く意識した営利企業のどちらか、もしくはその組み合わせが一般的である。 サラモン, L. M. (Salamon, Lester M.) アメリカ・非営利セクターの実証研究の第一人者。ジョンズ・ホプキンス大学教授、同大学政策研究所市民社会研究センター長。プリンストン大学で経済学・政 策研究の学士号を得た後、ハーバード大学で公共政策の博士号を取得。1994年、国際比較調査において世界的な非営利セクターの台頭を見いだしたサラモン は、その状況をグローバルな連帯革命(associational revolution)と呼んだ。また 「市場の失敗」や「政府の失敗」として分権的で自由なボランタリー・セクターが誕生したのではなく、資金徴収の不十分さ、特定の社会問題への偏重、アマ チュア性といった非営利セクターの弱点ゆえに補完的に政府が必要とされるという「ボランタリーの失敗」論を唱えた。 |