東北大学
  大学院経済学研究科
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 高浦康有

               『応用倫理学辞典』(丸善、近刊) 執筆項目 高浦康有

倫理的調達



倫理的調達(ethical sourcing)


はじめに

1990年代、アパレル・ブランドのナイキは、ベトナムやインドネシアの現地下請工場における長時間・低賃金などの劣悪な労働環境を放置していると人権擁 護団体などのNGOから激しい非難を受け、全米でのボイコット運動に直面することとなった[1]。 また2001年にはオランダにおいて、日本の家電メーカー、ソニーが中国に製造委託していた家庭用ゲーム機のコードの絶縁材料から同国の規制値を超えるカ ドミウムが税関で検出されたとして販売中止となり、これによりソニーは、欧州向けの製品の回収と部品交換を余儀なくされ、100億円以上の損失を受けたと される[2]

これらの事例が示すように、多国籍企業はそのサプライチェーン(資材の調達から生産、消費者への販売に至る一連の製品供給プロセスのこと)の管理におい て、とくに資材の調達の際、それが生産される過程での社会的・環境的影響について注意を払う必要が求められている。企業が購買活動の意思決定を行うにあ たって、このように何らかの倫理的配慮を行うことを「倫理的調達(ethical sourcing)」という。Crane & Matten (2004) の定義 によれば、「倫理的調達とは、明示的な社会的、倫理的、環境的基準をサプライチェーンマネジメントの方針・手続き・プログラムに導入することをさす」 (329)。

倫理的調達には、サプライヤー(供給業者)の現地国において法規制が不十分な場合あるいは法規制が存在してもその執行力が弱い場合に、サプライチェーンの 内部メンバーを規制する役割を果たす「ビジネスの内的規制(intra-business regulation)」としての倫理的調達と、資金力の弱いサプライヤーの経済的自立を公正な価格取引を通じて支援する仕組みの「フェアトレード (fair trade)」としての倫理的調達の2種類があるとされる(Crane & Matten, 328)。

ビジネスの内的規制としての倫理的調達

欧米においては1990年代初めに英国の小売企業B&Qなどが、サプライヤーの環境問題対応についてチェックを行ったことを嚆矢として、90年代 終わりには、ナイキやリーボックなどアパレル企業が下請工場における労働、人権侵害を防ぐための運営規約(code of conduct)を導入し始め、サプライヤーを規制する倫理的調達の対象領域は拡大してきた(Crane & Matten, 329-331)。

これらの基準には、第三者機関による認証制度も含まれる。たとえば環境マネジメントの基準であるISO14001について、1999年からトヨタは自社独 自の環境ガイドラインともに、部品納入業者に本規格の認証を受けるべきことを求めてきた。2006年からは「TOYOTAグリーン調達ガイドライン」を定 め、物流業者などに対してもこれらの基準の遵守を求めるようになっている。また環境以外の面では1997年に途上国の労働条件に関して米国の評価機関 CEPが策定したSA8000(Social Accountability 8000)があげられる。SA8000では児童労働、強制労働、差別の撤廃、労働者の健康や安全など9つの分野について、自社の生産拠点や委託先工場の労 働環境が守られているかどうか第三者機関の認証を受けることになる[3]
 
サプライチェーンマネジメントに組み込まれる、こうした倫理的な基準は、政府による規制のような強制力はもたないものの、強力な買い手である多国籍企業に よる圧力であるだけに、サプライヤーとしてはそのガイドラインに従わざるを得ない、という効果を及ぼす。とくにひとつの産業内で互いに競争相手である複数 の多国籍企業が協調し、調達上の倫理基準を導入するような場合には、サプライヤーとしてはその遵守を避けることは難しい。
 
倫理的調達のガイドラインの運用にあたっては、児童労働に関するリーボックの「一切許容しない(zero tolerance)」方針のように、短・中期的にサプライヤーが倫理的基準を満たさない場合には、契約を打ち切るという非関与 (disengagement)のレベルから、オランダの衣服小売C&Aのように独自の監査組織を設けて、倫理的コードに反するサプライヤーの労 働条件の改善を漸進的に図るという関与(engagement)のレベルまで多岐にわたっている。
 
フェアトレードとしての倫理的調達
 
倫理的調達には、以上で見たような、サプライヤーを規制するアプローチのみならず、貧困状態にあるサプライヤーを保護し状況を改善するアプローチが存在す る(Crane & Matten, 331-334)。英国の化粧品チェーン、ボディ・ショップが数年来行っている「援助ではなく取引を(Trade Not Aid)」のプログラムは、途上国の生産業者とのフェアな取引関係を通じて、現地の小規模コミュニティの生活水準の改善をめざすものである。
 
このように、貧困状態に据え置かれ、また労働安全・環境上の保護を十分に受けていないサプライヤーの自立を支援し、持続可能な発展をめざす倫理的調達のア プローチを、フェアトレードという。フェアトレードでは、国際的な取引価格の下落によって生活賃金さえ得られないことの多い、コーヒー、紅茶、ココアなど の生産者に対して、最低限の買い上げ価格を保証することで彼らの利益を守り、コミュニティの発展を支援することが目標とされる。一般的に、これらの商品は 英国のフェアトレード財団やオランダのマックス・ハベラーなどの認証団体による審査を受けた後、消費者にとって識別されやすいように、フェアトレードの正 規のルートで生産されたことを示すラベルが貼付されて先進国で流通することになる。

従来、チョコレートやバナナなどフェアトレードの商品はNGOなどが担い手となって、ごく限られた範囲でしか流通していなかったが、近年、欧米においては 営利企業の参入も進み、主要なスーパーマーケットやコヒーショップチェーンで取り扱われるなど、フェアトレードのメインストリーム化が生じている。
 
[参考文献]
Crane, A., and Matten, D. (2004) Business Ethics: A European Perspective. OxfordUniversity Press, Oxford.



[1] ナイキは、下請工場に対して強制・児童労働の廃止、最低賃金の確保、労働者の健康管理などを定めた運営規約を定め、また自ら創設したNGO、グローバルア ライアンスによる工場監査の仕組みを導入した(www.nike.jp/nikebiz/global/manufact.html)。

[2] この事件以降、ソニーは化学物質の管理について世界で最も厳しい基準とされるEUの基準に合わせて独自のガイドラインを定め、部品納入業者にその基準を 守っているか環境品質監査を行い、その基準をクリアした業者とのみ取引を行うというグリーン調達の方針を徹底させていった (www.sony.co.jp/SonyInfo/procurementinfo/green.html)。 中谷巖「21世紀における環境経営の新方向」(環境賢人会議、大阪環境産業振興センター、2003年10月10日)のセミナー・レポートを参照 (www.ecoplaza.gr.jp/s_event/report/report/15-17/032_eco_bus.html)。

[3] カルフールやドール、エイボン、トイザラスなどの多国籍企業が調達基準として用いているほか、イタリアやインド、中国の現地企業を中心に2006年3月現 在、約1000の事業所が認証を受けている(www.sa-intl.org)。

 

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